ズレていく2人
2人の関係性に進展がありました。(ゲス顔)
私は理華が何かに気付いたようだったので聞くことにした。このままここに居ても埒が明かない。
「今のは能力だと思うけど、どんな能力か分かった?」
所感だけでも良い。少しでも情報が欲しい。
「…どういう能力までかは分からないけど、多分私と似た感じの能力だと思う。…光を飛ばしてきた。」
光…それはマズい。私でも防げないよそれ。バリアを張っても光って貫通するんだよね。バリア自体が透明だし遮光性は無い。
他に防ぐ能力と言えば…軌道を固定したり影の中に入ったりだけど、これらも光を防げないし寧ろ弱点だったりする。これを防げるとしたら理華しか居ない。
「あ、でもね。私とは方向性が違う能力だと思う。私は光量とか熱で攻撃するけどアレは違うんじゃないかな。」
攻撃手段は同じだけど違う結果を生み出すって事かな。だったら尚更あの光を食らってはいけないね。どうなるか分かったものではない。
「理華、その光って防げる?」
本人は確証が無さそうに悩んでいたけど、やらなくてはいけないと思ったのだろう。真っ直ぐ私を見つめる。
「…多分だけど大丈夫。私一人で行ってみる。」
一人だけで行くのはこの場合正しい判断だと思うけど、私は反対して一緒に行くことにした。もし何かあった場合は…私が【再生】で無理やり無かったことにするつもりだ。
「私も行くよ。ハーパーは私が良いって言うまで待機ね。」
「分かりました。お気をつけて。」
ハーパーは心配ないと笑顔で答えてくれた。彼女のこういう空気には助けられる。
「…私一人で良いのに。」
この状況であいの風と理華の意見が割れた。しかしあいの風は特にこの事について気にはしなかった。だが、その考えはこの先の関係性に不和を生じかねない危険性を孕んでいる。
広間での出来事を遡ってみよう。あいの風がダメージを受けた時、理華は凄まじいストレスを受けて能力を行使した。その事について伊藤美世は気にせずに流してしまった。ここの時点でもうおかしい。
更に無人島での出来事まで遡ろう。調整体との戦いで三船理華は伊藤美世が死ぬかもしれないと思い、彼女の右腕の肘から下が無くなった時に覚醒した。
つまり美世が傷付く事自体が理華にとってストレスになるのだ。その事自体、美世は認識してはいるが大したことでは無いと考えている。
それは本人が言っているように“地獄に落ちても構わない”“死刑や無期懲役になっても文句は言わない”という言葉から分かる通り美世は自身を軽視している。言ってしまえばぞんざいに扱っているのだ。だから自分に対しての心配を推し量れない。
だが、今回の事は仕方ないと言えば仕方がない。何故なら美世にはその時の記憶が無い。今の状況と結びつかないからだ。
その理由は明白。無人島で美世が自身に行使した能力。
【再生】
この能力のせいで美世は右腕の怪我と一緒に記憶も消えた。だから気付けない。理華が美世の怪我に相当なトラウマを抱えている事に。美世はその記憶はなく一緒に過ごした時間そのものが消えた。例え理華だけが覚えていても当事者同士で記憶の共有が出来ていなければ一方的な思いにしかならない。
そしてそこで更に遡ってみよう。死神が美世に教えた数々の教えは全て今回のような出来事に通ずる。
この能力は人に知られてはいけない。無闇に使ってはいけない。それは自身の正体知られない為に言った訳ではない。勿論それもあるのだが、一番は美世を心配しての発言。経験則から生まれる優しさであった。
しかし美世は勘違いをし続けている。この能力を人に見られてはいけないのは死神の正体を隠す為だと。
本当は人にこの能力を見られてはいけない…のではない。人と一緒に居る時に使ってはいけないという事だ。死神は知っている。成長する機会を無くしてしまうという事を。
一度放たれた能力はキャンセル出来ない。一度失った記憶は戻らない。彼女が理華に対して思った思いは消え、ただ理華の成長だけが残った。美世が切り捨ててしまったのは記憶だけではない。時間も切り捨ててしまったのだ。共に過ごし思い合った時間を。それが今回の顛末と言えよう。
つまり美世は間違ったのだ。その間違いに気付くことは出来ない。彼女が無かったことに出来る射程は24時間。理華のトラウマはもう射程圏外にある。この2人の関係性は決定的にズレてしまった。
まあ、当たり前な話である。この2人は同じ時間を歩んでいないのだから。有り得ない時間のズレが生まれた。
例えば伊藤美世と全く同じ時間に生まれ同じ時間を過ごした人間が居たとしよう。同じ誕生日に同じ年齢の人間。
そしてそこに時間の巻き戻しが加わるとどうなるだろう?2人同時にではない。片方だけにだ。つまり今回でいうと伊藤美世だけが巻き戻る。巻き戻る時間はたった数分から数十分。
大した事なさそうに思えるかもしれないが巻き戻る事自体が大事だ。絶対に有り得ない事象である。差が生まれる事がもうおかしい。
もしその差が生まれたとしてもほんの少しの時間だけしか発生しない。地球の表面上の重力はどこもそこまでの差はない。つまり重力の影響で数億分の1秒ぐらいは差が生まれるかもしれない。だが今回は数分から数十分なのだ。規模が違う。
同じ時間に生まれ同じ日に歳を重ねても伊藤美世だけ数分遅れて歳を重ねる。それがこの先どんどん積み重なっていけば無視できない程の差が生じていく。
その差は別に時間だけではない。もっと重要な事がある。そしてそれは決して軽視出来ないデメリット。【再生】の制約にある能力者本人であっても記憶が消し去られ持ち越せない…という点だ。
例え物凄く仲のいい2人であってもその仲が良かったという記憶が消えれば赤の他人になるように、記憶とは人間関係の中で最も重要な要素であり本質だ。
伊藤美世はそれを失っており軽視している。これが後の2人の関係にどう影響するかは、今の2人にはまだ分かっていない。
「相棒なんでしょ?頼りにしているからさ。」
今のところ理華の調子は大変よろしい。この調子で行けば問題無いと思うけど念の為に私が付いていた方が良いよね。
「…絶対に私より前に出ない事。あと無茶はしない事。その2つは守ってね。」
渋々といった具合になんとか了承を得れた。提示された制約なんて私にとってはなんの支障にもならない。
「了解。」
私達2人は階段を降りて行き廊下に出る。ここの廊下は凄く長くて奥の方は私の視力では見通せない。能力でも廊下の突き当たりまでマッピング出来ない程だ。廊下の右側に丸い窓が等間隔に続いてたまにドアがある。ドアの先は広い空間が広がっているけど特に何も見当たらない。ここの階層は他の階層とは違うようだ。
そして降りてからすぐにまたあの嫌な感じがしてその場から離れたくなる。…もしかしてそういう能力?“嫌な感じ”を感じさせる能力…。
もしそうなら番犬代わりの役割しか無いだろう。
「あいの風に変な視線を飛ばすな。」
理華が手を前に出し光を屈折させた。そうすると彼女の前側に歪んだ景色が広がる。まるで蜃気楼のように揺らいでいるように見えた。
「視線?敵の能力が分かったの?」
ちょっと怖いよ。理華の反応が過剰な気がする。
「いや、アイツがあいの風に視線を飛ばしていたから遮ったの。」
うん、えっと…ありがとう…?なのかなこういう場合は。だけどあまり触れずに本題に入ろうっと。
「…何か居るの?」
私には見えない。蜃気楼のせいではないよ。眼鏡をつけていても視力が1.0しか無いから本当に見えないの。
「間違いなく居る。距離を詰めて殺す。」
手を前に出し蜃気楼を維持したまま理華が猛ダッシュで突っ込んで行くので私は慌てて理華に追従した。
廊下は走ってはいけません!ていうか理華の足速い!
(【堕ちた影】!)
理華の背中に影を作りそれに入り込むことで油汚れのようにへばり付く。これなら理華の提示した条件を守れるし私は走らなくても良い。
…通学の時ワンチャンこれで良くない?同じ制服来たやつの服の中に潜り込めばバレないし、影の中を移動し続ければ誰も気付かない。後は適当にトイレとかの個室で影の中から出れば良い感じじゃん。あるな…。
私が世紀の大発見をしていると理華が私の妙な気配に気付いたのか、不安そうに声を掛けてくる。
「あいの風?居るよね?」
「居るよ?」
(ん?声が近い気がする。まるですぐ背後から声を掛けてきたみたいに聞こえたけど…)
「なら良い。」
しかし私の足音しかしない。振り返って後ろを見たいけど、この奥には能力者が潜んでいるし目を逸らすわけにはいかない。
「あ、能力者居た。女性で茶髪。年齢は30代かな?こっちを凝視しているみたい。」
やっぱり背中辺りから声が聞こえる気がする。…もしかして文字通り背中に居る?
「カチカチ山じゃないんだけどさ、私の背中に何かした?」
「ブフッ!」
例えが秀逸で私は影の中で吹いてしまった。カチカチ山が最初に出てくる奴と友達なのはすごく嬉しいよ。
「やっぱり何かしてる…さっきみたいに背中にくっついているの?」
走りながら澱みなく話せるの冷静に考えて凄い。私はちょっと関心しながら答える。
「正解。サポートは任せて。」
「ナビは任せた。」
相棒からグーグルマ○プに昇格した私はナビゲーションを開始した。するとタイミング悪く色んな反応を拾ってしまう。フラグかな?
「右側から能力者多数。銃弾の雨が降ります。回避してください。」
ところで話は変わるけど、曲がらないといけないところで直前に曲がってくださいって言うナビってクソだよね。あと走っていて区間が変わる度に天気予報ばかり言うナビとかもクソ。つまり私はナビ失格です。
「はぁ〜っ!?」
私と理華は窓から突然降って来た銃弾の横雨に曝されるのだった。
理華は少しづつヤンデレ化していっていますが、作者的に大好物な展開なのでこのまま直進です。
目的地としてはこのままヤンデレ百合展開に行くことです。私…頑張ります。




