部隊壊滅
サブタイトルでネタバレです。
「馬鹿かよコイツら…。」
管理室にデス・ハウンドの声が聞こえた。自分達の仲間が侮辱され酷い死に方をした事に怒りを感じる者達は少なからず存在した。しかしそれ以上に恐怖を感じる者達も多く存在するのが現状だった。それは司令であるビリー・マッケンも例外ではない。
「多能力者……。」
男は気付いた。前から考えられていた可能性、デス・ハウンドが複数の能力を持ち合わせているという最悪のシナリオ。それが目の前で実証された。彼女は見た所最低でも3つの能力を持っている。
「ガンマ部隊……敵は最低でも3つの能力を持っている。探知能力は確定。他の2つは憶測だがサイコキネシスに影を操る能力。」
デスクの上に置かれたマイクをオンにしガンマ部隊へ情報を送った。送ったからといって何か変わるとは思えない。しかし、何も知らなければさっきと同じ事が繰り返される。
「りょ、了解。ガンマ部隊、私に続け。」
ビリー・マッケンは軍人だ。軍人は国民を守り国を守る。だから研究者の命を優先に考え避難させた。彼は研究者ではない。中には命より重い研究資料があったとしても破棄を選択しこの国の国益を守る。
彼がここの司令に選出されたのはこういう所を買われたからだ。能力者に頭の中を探られ彼の性格、人格、記憶まで見られて選考された。だからこそ彼は最高責任者として指令を出して誰もが聞き入れる。疑いようがない人物であるからだ。
例え敵が何者であっても冷静に判断をし、人命を優先に考え、時には苛烈さを見せて敵を排除する。その2面性を兼ね備えているからこそ国がこの男をミューファミウムの最後の砦として抜擢したのだ。
「影の能力についてデータはあるか?」
「今調べております。…………組織に影を操るエージェントが居た記録があります。」
ミューファミウムは様々な能力についてデータを纏めていた。キーワードを打ち込めばいつでも検索し表示出来る。
「能力について詳細はあるか?」
「……エージェントについてばかりで能力については無いようです。」
「理由は?」
「……このエージェントに狙われた者、相対した者は皆死亡し情報を残せなかった模様です。」
このエージェントとは魔女の集会の元リーダーであるルイスの事である。エージェントの時代は正に黄金期、一部からは死神の次に恐れられていた能力者であったが、現在は魔女のコスプレをして宗教家にジョブチェンジし組織に追われているという転落人生を送っている。
「能力者達を直ちに急行させて時間を稼げ。避難の状況は?」
「地下1階と2階のエリアは終わりました。この階である3階は管理室以外のフロアは完了。4階5階はBブロックCブロックがまだ避難完了しておりません。」
「急がせろ。この管理室以外が避難完了したらお前達も避難するんだ。」
「司令は?」
オペレーターの女性は聞かずにはいられなかった。この司令は逃げ出したりするような性格はしていない。必ず残ると確信していたからだ。
「避難が完了したら司令としての仕事は果たした事になる。ならば兵士としての役目をこなすまでの事。“ハーケン”を動かせるよう準備だけを済ませておけ。」
女性は自分も残ると宣言しようとしたが、自分が残ったところで邪魔になると分かっていた。
「は!……先に行って司令をお待ちしております。」
オペレーターの女性はこう言うことでしか自分の気持ちを伝えられなかった。
そして場所は美世の居る広場まで戻り、美世の言葉を聞いた理華が呆然と立ち尽くしていた。
「馬鹿かよコイツら……。」
美世の口から出た言葉は単純な感想……。ほんとうにそう思ってポロッと口に出したような、そんな言葉。それを聞いて私は少しショックだった。美世が美世じゃないみたいで嫌だった。
そう思っていたら突然、美世が自分の着けていたマスクを外して自分の頬をパチンッと叩いた。……何で?
「やっば……あいつが混じった。」
堕ちた影を使ったせいでルイスに憑依した際の記憶が呼び起こされてあいつみたいな言動をしてしまった。理華とハーパーなんてドン引きだしやってしまったよ全く。
「……これも後で話すから今は任務に集中して。副作用みたいなもんだから。」
「……分かったよ。」
「……分かりました。」
取り敢えず納得はしてくれたかな。……少し気を付けないとまた出てきちゃうな。今度ルイスに会ったらシバいておこう。
「敵がまた来るよ。ハーパーは私の後ろに居てね。」
「え?は、はい。」
「数は?そろそろ能力者が出てきた?」
この広間にはいくつかの通路が繋がっており、あいの風の見ている方向の通路から敵が来るのは明白だったが敵が何者かは分からない。
「また兵士達かな。数も似た感じ。」
再びガスマスクをつけていると、通路の曲がり角から催涙弾が飛ばされて足元に落ちガスが放出された。このガスは肺から侵入しないと効果がないのでこうやってマスク一つで防げてしまう。
「次は私がやるからあいの風はハーパーを守ってて。」
「了解。任せたよ相棒。」
美世の様子がおかしいからあまり無理はさせたくない。なんだろう……美世は能力を使えば使うほどにいつもの彼女とはかけ離れてしまう気がする。
そういえばこの任務を受けた時に天狼さんとこういう話をしたっけか。
「あいつには何かが憑いている。能力を使い過ぎると人格が豹変して凶暴さが増す。あまり無茶はさせないように。」
「……前の道場での事ですか?」
「そうだ。本人も良く分かっていないようだったし周りがフォローしないといつか潰れると思う。お前がフォローをしてあげなさい。彼女にはそういう存在が必要だ。」
「私が……必要?」
「それは理華にも言える。今の理華が成長するには彼女が必要なんだ。美世を良く見て学び、彼女が間違った方向へ進んだら手を引いて叱ってあげなさい。良いね?」
「はい。その時は横っ腹に一発入れて叱責します。」
……懐かしい。まだ一週間も過ぎていないのにもっと前の事みたいに感じる。
「理華!来るよ!」
あいの風の声に反応して私は能力を行使する。私は彼女と違って一つしか能力は使えない。だけどこの能力には色々な使い方があるとあの時に学んだ。
光とは光量や色だけじゃない。光は熱と密接な関係にある。光の波長は物質を加熱させる作用があり、光が分子を刺激し分子間運動を激しくさせるから熱を発生させる。
これを利用すれば金属だって高温にし溶かす事だって可能。それを人間に置き換えて考えると……金属より容易い。人は50℃に熱せれば細胞が死滅する。50℃なんて温度は私にとっては簡単に上げられるっ!
「【熱光量】!」
夕日の光を溜め込んだベルガー粒子を操作し光球を生み出した。その光球が手の中から現れた瞬間、この広間全体が私の射程圏内になる。なんせ光だから光速だ。光球が生まれた瞬間、光速の速さで光が広間を埋めた。白い壁は光を良く反射し隙間無く光が溢れる。
敵が来た通路にも私の生み出した光が突き進み兵士達を光で包む。そうすると兵士達の装備が高温になり兵士達が全員銃を手放す。
「あ、熱い!!」「銃がッ!」「カメラを外せ!」
自分達の着けていた装備が高温になりを全て外そうとする兵士が続出したが、なんの根本的解決には至らなかった。光は銃を真っ赤に染めてマガジンに入ってた弾丸も高温になる。すると薬莢の中に入っていた火薬が温められて300℃を超えた辺りで……発火した。
マガジンから弾丸が撃ち出されて辺りに散らばる。兵士達は突然マガジンから弾丸が飛んできてパニック状態になるが彼等はそれどころではなかった。彼等の皮膚が異常なまでに真っ赤に染まり髪の毛からは焦げた臭いが漂ってくる。目は乾いて開くことが出来ず眼球そのものが水分を失って萎んだ。喉も声が出せなくなり脳が茹だり上がる。
そして全員がその場に倒れ込み2度と目を覚ます事は無かった。
「司令……異常な温度を観測。そのフロアは……現在デス・ハウンドと接敵している所です。」
広間は空調が効いているので過ごしやすい温度に保ってあったが現在の室温は40℃近くまで急上昇していた。
「分かっている。カメラが全てダメになった……他にもセンサーに異常はないか?」
「はい。サーモグラフィーに反応があります。ガンマ部隊が所持していた銃が800℃を超えています。その近くに倒れている兵士達も……似たような温度を発しています。」
管理室に沈黙が訪れる。誰もが絶望しきっていた。フル装備の兵士達が何も出来ず殺されたのだ。仕方がないと言えるだろう。
「……ここは破棄する。君達は避難したまえ。ここまで一緒に戦えた事を誇りに思う。」
ビリー・マッケンはそう言い管理室が出ようとする。すると沈黙が流れていた管理室に声が響き渡る。
「私達こそ司令と戦えて光栄でした!地上でまた会いましょう!」
「ご武運を司令!」
「避難する前に逃げ遅れた者が居ないか探してから避難します!司令も遅れずに避難してください!」
皆が敬礼をしながら檄を飛ばした。そこで初めてビリー・マッケンは自分が慕われていた事に気付く。
(無駄死にする訳にはいけなくなったな……初めから死ぬ気など無いが。)
「再び君達とデスクを突き合わせて仕事を出来る事を楽しみにしている。最後の命令だ。全員生き残ってここを脱出するぞ。」
「「「「「「ハイッ!」」」」」」
オペレーターの一人の女性は涙を流しながらビリー・マッケンを見送った。
次は能力者同士の戦いになります。お楽しみに!




