迎撃反応
終盤っぽい雰囲気です。
地下へ降りる際にハーパーを連れて行くのが一番大変だった。20メートルもある穴へ足を踏み入れるのは女性にとってはかなり勇気のいる事だったらしい。私と理華も女性だけど全くそんな事を思うことも無く足を踏み入れたから私達は女性としてハーパーに負けた気がした。私もあんな恐る恐る足を踏み入れれば良かったな。
……そういえば今回の事とはまるで関係無いけどパンチで掘削しようとした女子高生が居るってマジ?ハーパーを見習ってほしいね。
「手、手を離さないでくださいねっ!」
そう言われると離したくなるのが世の常である。でもここで手を離したら彼女との距離感も離れると思いグッと我慢した。これから敵の本拠地を襲撃するのだからここで信頼関係に綻びが生まれるのは避けたい所だ。
「先生、どこかに居るのかな。」
「死神は、辺りを索敵しながら私達の取り零した敵を殲滅してそのまま別の支部を襲いに行くんでしょ?」
ロッククライミングのように壁に手と足を引っ掛けながら器用に降りる理華の真似をしながら私も降りていき、途中でハーパーの足や手を支える。位置関係としては私と理華が先行で降りてその上にハーパーが居る。私と理華で彼女のサポートをしていた。
「うん。ここの通路は見つけられたけど絶対に別の通路もあると思う。そこから非戦闘員の研究者とかがデータを運び出すと思われるから先生はその人達を見つけ次第処理する形だね。」
先生と共闘といっても隣で戦う訳ではない。取り零しを無くす為のこのフォーメーションなのだ。
「次は足を下ろしたいんですけど…。」
「あ、ごめん。下ろしていいよ!」
話し合いもそこそこで私達は地下の通路に降り立つ。その時と同時にミューファミウム内部は蜂の巣を突いたように騒がしくなっていた。
「非常通路の7番に異常が発生しました!天井部が崩落したようです!」
「来たか……カメラの映像を出せ!」
管理室に設置された大型のモニターにカメラの映像が反映される。その映像には女性らしき姿が3人。黒髪の女性が2人に金髪の女性が1人。その中に一際目立つのが眼鏡をかけた女性……いや、少女。その少女の正体に気付いたオペレーターがその名前を口にする。
「……死神の猟犬!組織の能力者達がこの施設に侵入してきました!」
管理室は恐怖と衝撃に襲われた。なんせ自分達の最高戦力の部隊がたった1人の能力者に壊滅させれてその張本人が襲撃しに来たのだ。しかも隣に居る女性はハーパー・マーティン。一緒に始末されたかと思いきや一緒に攻めてくるとは完全に予想外である。
「動ける者は全て向かわせろ。研究者は直ちに優先順位の高い資料、データを持たせて脱出させるんだ!」
ミューファミウムの研究データは既にある程度外へ運び込んでいる。ここに残されたデータや資料は優先順位の低いものやすぐに移動出来なかったものばかり。しかしその優先的に避難させたデータは現在所在が掴めていない。他の勢力に奪われた可能性が高いというのが上の考えだ。
(……組織が持っているのかもしれない。)
有り得る話だ。出資者達が軒並みに行方不明、あるいは不慮の事故に合っている。連絡が取れない者達は逃げ出したか殺されたかの2択だろう。
……いや、そんな事は私が考える事ではない。考えるべきは目の前の問題である。
だが……これはもしかしたらチャンスなのかもしれない。
「敵は我々のホームグラウンドにわざわざ来てくれたのだ。ここで逃がす訳にはいかない。良いか、これはチャンスだ!デス・ハウンドを殺すチャンスなのだッ!」
ビリー・マッケンの低く通る声が管理室全体に響くとオペレーター達の目つきが変わる。混乱から覚めた彼らは覚悟を決め命令を聞き入れる。
「生かす必要は無い。能力者、兵士達にら対死神用のマニュアル通りに動くように伝えろ。決して嘗めてかかるな。」
「「「「「は!」」」」」
最初にそれを気付いたのはやはりあいの風だった。彼女がそれに気付くのは必然であり、それこそが彼女の仕事。敵を探知した彼女は警戒を強めて彼女達に伝える。
「敵が来たよ。侵入して1分半は優秀だね。」
「ハーパーは私達の後ろへ。」
「……分かりました。」
軽い荷物を持ったハーパーは後ろへ行き、あいの風と理華は前へと出た。
理華は手袋を嵌めて手首までを隠していたが、あいの風は逆に素肌を晒していた。
これは能力の関係と戦闘スタイルの違いによる為だ。あいの風は電気を体内で発生させて身体の外側へ放出する関係上、素肌のままが好ましい。
理華は光を集める際に手の平が火傷しないよう保護する為だ。いくら能力で光の方向を捻じ曲げても温度までは捻じ曲げられない。どうしても光に晒されやすい手の平は高温になる。それを少しでも防ぐ為にグローブのように硬くて厚い手袋を着用していた。
因みにハーパーは今回荷物運びのような役割を担っているので武器やガスマスクといった荷物を背中に背負っている。服装も防弾チョッキや理華のようなグローブもしており完全武装のような出で立ちだ。この装備は結構重く地上でハーパーは2人に遅れてしまった原因でもある。
そして、ハーパーの装備に対してあいの風と理華の装備はかなり軽装だった。全身を包むような黒いボディースーツを着用し動きに支障が無いように装備はこれだけである。武器は持たずに身一つで侵入した彼女達の胆力は相当のものだろう。
「あいの風、その眼鏡は大丈夫なの?」
「かけた時は度がちょっと合ってなかったけど、今は良い感じ。強度あるしフィット感もあるからこれで来て正解だった。」
元々あいの風のしていた眼鏡は度重なる衝撃、温度変化、眼鏡をつけたまま寝落ちして踏むという経験を経て作戦前日にご臨終していたのだ。例え形状記憶合金であっても金属であるので金属疲労が起きてしまう。寧ろここまで良く持った方である。
だが眼鏡が無くてはあいの風であっても支障が起きる。能力で周りを見れたとしても視野そのものが悪くなっては能力に頼りきりになってしまう。なので組織にお願いしボディースーツと一緒に眼鏡も支給してもらっていた。
「なら良いけどね。眼鏡が壊れた時の反応があまりにもショックを受けていたからさ。」
本当はこんな事を話している場合では無いが話せずにはいられない様子だったからだ。
「長年愛用していた眼鏡が壊れた時の気持ちは眼鏡をしている人にしか分からないよ。」
何故なら彼女達は滾っていた。あいの風は前に襲撃された事を少しづつ思い出して怒りが沸々と湧いてきて今にも食って掛かりそうな勢いだった。
そして理華は興奮していた。あいの風の隣で任務を行なえる事に対し尋常ではないぐらい興奮していた。今の自分ならあのあいの風と同等に近い能力を持っていると自信を持って思えるからだ。事実そうだった。彼女の能力は殺す事に関しては極限にまで特化しており、本気で能力を行使したらどうなるかは無人島でもう証明している。
この2人が殺す事に全能力を割いたらどうなるか……それは当人にも分からない。
だが、ミューファミウムも何の対策も立てずに時間を過ごしていた訳ではない。彼らもデス・ハウンドに対しての対策は立てていた。
先ず先手を取ったのはミューファミウム。あいの風が歩いていた通路の床が突然爆発し、彼女達が火に包まれることになる。
次回から戦闘パートです。
 




