マスティフ
なんでご飯食べながらこの内容を書いているのだろうか。
シンプソンはその少女達を見てつい頬を緩めそうになる。確かに妙な圧は感じるが軍隊レベルの数で攻めてきた訳でも能力者達のグループで襲撃してきた訳では無かったからだ。一体何が来るかと思えば来たのは可憐な少女に気弱そうな美女の組み合わせ。廊下に待機させていた私兵の8人を相手にここまで無傷で来たという事など忘れてしまう。それほどの美しさを秘めている日本人の少女…
(欲しい。なんとしても自分の物にしたい…)
「日本人で、私を狙う者というと…“組織”の者か?」
「正解。」
やはりか…。能力者の所属数・施設数・支部数のどれもトップクラスの勢力であり、ミューファミウムとは敵対関係だった筈だ。私を始末しに来たのは彼女達がデータを回収したからだな。
「データは役に立ったかね。」
「さあ?そこら辺は上が決めるから、私はただ任務をこなして小銭を稼いでる悪者だし。」
ふん…。幼い割には話せるようだ。ますます気に入ったよ。
「それなら私の下につかないか?君の望む額を支払おう。どうだ?悪くない話だろう?」
話せる相手ならいくらでもやりようはある。能力者であろうと所詮子供…、丸め込んでしまえばどうとでもなる。その後にあの身体を味わせてもらおうか…。
「う〜んお金は今の支給額でも十分だし…私の欲しいものは決まっているから。」
これは良い流れだ。明確に欲しい物があるのならそれを交渉のテーブルに挙げられる。
「ほお…、その欲しいものとは?私なら必ず手に入れられるぞ?」
「お前の命。簡単に手が入るから手伝ってもらわなくても大丈夫。」
こ、この女…!初めから話し合う気など無かったな!私をコケにする為だけに話しかけて来たのか!
「エフレム、アーラ、殺さず捕まえろ。顔は傷付けるな。腕と足は1〜2本駄目にしてもいい。」
(何を言ってんだこのスケベおやじが…っ!あいつのヤバさが分からないのかよ!?)
エフレムは心の中でシンプソンに罵声を浴びせる。この男には“アレ”が可憐な少女に見えるらしいが俺とアーラは違う。化け物が人間の皮を着こんでいるように感じる。
「なあ、オレたちも…、対象なのか?」
「私兵として雇われた能力者でしょ?殺すけど?」
そうか…だったらやるしかないか。
「アーラ…やるぞ。」
「…もっと真面目に生きていれば長生き出来たのかな。」
ソファーから立ち上がった2人は美世と対面する。
「ふぅ…先ずはその銃とナイフは回収な。子供にはまだはえーよ。」
エフレムは能力を行使した。彼の手から音波のようなベルガー粒子の波長が生まれた。美世はそれをただ観察し敵の手の内を明らかにしようと考えて、構えすら取らなかった。そして彼女が持っている銃とナイフに向かってベルガー粒子の波がぶつけられる。
「おっ、こういう感じね。」
手に持っていた銃とナイフが凄まじい力に引き寄せられ取り上げられてしまった。…サイコキネシスとは違う。今までに見たことのない能力だ。取り上げられた銃とナイフは空中に浮かんだままこちらに銃口と刃先を向けて停滞している。
「…他にも引っ張れる?」
「ああ、その靴とかな。」
エフレムは美世の靴を引っ張ろうと能力を行使するが…全くびくともしない。まるでその場に固定されたかのようで動かすことが出来ないのだ。
「…何やってんのエフレム。早くしなさい。」
「うるせえッ動かせねえんだよ!」
顔を真っ赤にしながらエフレムは能力を行使し続けるがその成果は以前現れない。靴が壊れてもおかしくない程の力が食わっているのに、これはおかしいと気付いたが原因は分からない。敵が何かしらの能力で妨害していると思われる。
「…なるほどね。“金属”…磁力を操る能力でしょ?あの波長は金属を索敵してどこに金属があるか探っていた。…って所かな。」
この靴のヒール部分には金属が使われているし拳銃もナイフも鉄が含まれている。組織の拳銃はプラスチックが多く使われているから軽いのに、敵から奪った拳銃とナイフはかなり重い。だから私はここでカマをかける。反応を見れば正解かどうか能力で観察して分かるし。
「この短時間でオレの能力を見抜いた…?」
(信じられない…。1度もバレた事は無いのに見ただけで理解出来るのか?それにオレの飛ばした波長を視認された…?なんだコイツは…!?)
「あ、やっぱりね。じゃあもう良いかな。途中で奪ったものだけど返してもらうよ。」
磁力で固定した銃とナイフが美世の元へ戻っていく。
「なっ!?ありえねぇ!オレがパワー負けしている!?」
抗う事も出来ず銃とナイフが女の手の中に戻る。そしてオレに向けて銃口を向け引き金を引いた。
(バカが!お前の持っている拳銃の銃弾には鉄が含まれているから磁力で止められる!)
私兵に持たしている銃弾は全て特別製でエフレムが操作出来るように鉄が芯の部分に含まれている。よって彼の効果範囲にあるという事になる。しかし、エフレムは肝心な事を忘れてしまっていた。自身の能力より強力な能力を美世が行使していた事を…。
「う、嘘だ…」
銃弾は磁力で止まる事はなくエフレムの心臓を貫き、そして後ろの壁をも貫通した。胸と背中の傷穴から血を流しつつエフレムはソファーへ座り込む。心臓は動かなくなり急激な酸欠に襲われて脳の機能が著しく低下し、もはや立ち上がることも呼吸する為の横隔膜すら動かせなくなりエフレムの意識は蝕まれるように無くなっていき…死亡した。
「え、エフレム?」
その声は誰が出したものだったか、アーラかもしれなかったかもしれないしシンプソンだったかもしれない。もしかした部屋の隅で今にも気絶してしまいそうなミシェルだったのかもしれない…だが、そんな事はどうでもいい。気になるのはエフレムが能力で銃弾を止められなかった事だ。
アーラもシンプソンも銃弾が特殊なのは知っている。しかし結果的に彼は銃弾を止められず死亡した。
「ワインもう1杯飲んでいたら?その間、先にこのオッサンを殺してるからさ。」
「え?」
この声も誰が出したものか、アーラだったかシンプソンだったものか、もしくは2人が同じタイミングで声に出したか。しかしもう悩む事はない。美世が投げたナイフがシンプソンの開いた口の中に侵入し喉の奥にある脊髄を貫通した。その衝撃でシンプソンの身体はバク転のように頭から後ろへ回って頭頂部から床へ激突し床を転がる。
「きゃあああああッ!!!」
ミシェルは少しでも後ろへ逃げようと身体を動かし藻掻くが部屋の隅に居るのでこれ以上後ろへは行けない。それでも彼女は壁に向かって行く。もうまともな判断は出来ていない。
「は、はは…。」
アーラは異形能力者だ。だから人より視力が良い。しかし美世が放ったナイフの軌道は目では追えなかった。気が付いたらシンプソンが床に転がっていた。
「どうしたの?ワイン…飲まないの?」
美世はアーラに近付き空いたワイングラスにワインを注ぐ。その途中で彼女が「わ、良い匂い〜。」と言った事に流石のハーパーも背筋が寒くなる。人が殺される場面は幾度か見てきた彼女であっても美世の仕事風景には恐怖を覚える。なにしろ自分と話している時と変わらない雰囲気のまま2人も殺してしまったからだ。…常軌を逸しているとハーパーは思ってしまった。
「ハーパーもワイン飲む?高そうなワインだよ。」
ハーパーは硬直した。美世は自分が言っている言葉の意味を理解しているのか?…と問い詰めたくなる気持ちをグッと抑えつける。ワインを飲ませてから彼女を殺そうとしているのに自分にもワインを飲ませるなんて、まるで自分も殺そうとしているみたいではないか。
((わ、私…ここで殺されるの?))
アーラとハーパーは同じことを考えた。だがハーパーは首をブンブンと振って拒絶したがアーラには拒絶する事も出来ない。拒絶した瞬間、彼女に殺されてしまうからだ。
「…飲まないの?」
「うぅ…っ!おええぇ…」
緊張がピークになったアーラは胃の中にあるもの全てを床に撒き散らした。床はワインの紅い染みでいっぱいになり美世の右足の靴にも少しだけ付着する。
アーラはそれを見た瞬間、美世の足元へ這い寄り靴に付いた自分の嘔吐物を一生懸命拭い始める。
「ごべんなざいごべんなざいごべんなざいごべんなざい!き、綺麗にしますから、どうか…どうか…命だげばだずげでぐだざい!う、うわぁあああ、ああぁ…!」
泣きながらも必死に命乞いをする嘔吐物に塗れた彼女を見て美世は心底…萎えた。殺意も何もかも引っ込んでしまい拳銃を床に捨てる。
「ア、アイ!…?見逃してあげるんですか?」
美世の態度を見てハーパーは恐る恐る問いかける。流石のアイもこれを見たら…
「いや、それは無い。」
美世は右足を上げてアーラの頭部を踏みつけた。美世の履いているピンヒールの踵がその様子を目で追っていたアーラの左眼球に突き刺さり脳にまで達した。
「が、ガガッ…」
アーラは左目の辺りから感じる激痛に身体を強張らせて喉から嗚咽のような金切り声を上げる。異形能力者である彼女では即死出来なかったのだ。
「あ、ごめんなさい。痛いよね。」
床に踏み付けたアーラの頭を蹴り抜く。ヒールが突き刺さった為に美世の蹴りの動きに引っ張られアーラの首がねじ折れる。そして眼球に刺さっていたヒールが抜けてアーラの身体は空中へと躍り出る。
彼女の服に付いた吐瀉物を辺りに撒き散らしつつ壁に飾られた絵画にまで蹴り飛ばされた彼女の身体は、床に落ちる時には灰色の肉塊にへと化していた。
アーラの能力は異形型骨格変化系という能力でしたが1度も能力を使えず殺されました。一応骨が頑丈なんですけど眼球から攻撃されては意味ないですよね。この設定も。




