臨戦態勢に入る
眠いオブ眠いです。
私が飛ばした“視界”は私と先生から数km離れても限界を感じさせずに凄まじい勢いでタイヤ痕を追跡していた。
『二手に分かれる…というのは無さそうですね。タイヤ痕は重なるように続いているので。』
『逃走先が決まっているのだろう 船も用意してるかもな』
もしそうなら早く車を追跡しないと。もうすこしで見つけられると思うんだけど…。
美世が飛ばしている視界は音速に近い速度で障害物に対しても気にせずに進められるので、車とは段違いの速度で大地を駆けられる。だから1時間程の時間が過ぎていても追いつけられない理由はない。
(この丘だらけの道をそんなに早く走れる訳無いからそんな遠くまで行けている訳がないんだよ。)
美世が夢中になって視界を飛ばしている時、それは突然に現れた。ひたすら視界を飛ばしている美世と死神の脳に3台の車の情報が流れてくる。そして視界は車を追い抜きその遥か先まで突き進んで美世は慌てて能力を停止させた。
『ミヨ!』
『飛びます!…【再発】act.テレポート!』
私と先生の身体はその空間から掻き消え、私達が居た空間に周りの空気が押し寄せて足元にあった土が少しだけ旋風のように舞い上がった。
美世達がワープする少し前、理華に憑依していた能力が突然解除され美世の周りに創り出した異空間も壊された魔女達一同は何が起きているかを車の中で話し合っていた。
「サラどういう事?予言とは違う進行に入っている。」
サラと呼ばれた魔女は車の中に設置された簡易的なベッドから身体を起こしてリーダーである元“組織”のベルギー支部に所属していたルイスに答える。
「分からないわ。というかそもそもこの計画には私は反対だったのよ。特異点相手に予言通りに進行出来る訳ないじゃない。」
サラは理華を通じて最後にあいの風から感じ取った違和感に対してとても嫌な予感を感じ取り、今回の計画自体に不満を述べる。
「なっ!?みんなの賛同あったからこの計画を進行したのに自分が失敗した途端手のひらを返すのねっ!」
ルイスは長く美しい黒髪を振り乱しながらサラを睨みつける。
「私は失敗はしていない!私の憑依がバレるのは計算の内だったの!失敗の原因はメリッサの異空間が壊されたからでしょ!」
サラから指を指されたメリッサは突然自分に矛先を向けられて慌てて弁解を口にする。ここで自分のせいになったらペナルティを受けるからだ。
「私!?知らないわよ!外部からも侵入は無かったし壊されたのは特異点が絡んでいるからでしょ!全部私の責任にしないでよ!」
そう、この彼女こそ美世に対して異空間を創り出し閉じ込めていた能力者でありこの計画の要でもあった人物である。しかし性格と普段の行いから魔女の集会の中ではそれ程高い地位を獲得していない。能力だけ見ればかなり高位の能力者ではあるのだが…。
「ていうか私達しか今回の作戦に関与していなくない?後続の車に乗っている奴らなんてやられたフリしていただけだし。」
[聞こえているぞ。無線をオープン状態で陰口とは…殺されたいの?あなた達の後ろを取っているんだけど?]
車に設置された無線機から音質の劣化した女性の声が聞こえてくる。しかし劣化しているとはいえ、本気でこの車を攻撃する意志をその声から感じ取る事が出来た。
「出来もしない事を言わないの。あなたが“一軍”に勝てた事無いでしょう?」
先頭車の運転をしながら先導役も担っているラァミィは運転席に座りながら無線機に声を乗せる。魔女の集会は車に搭乗させるメンバーを実力で別けている。先頭車両は一軍、真ん中の車両は二軍、後続車両には三軍。
先頭車両に乗っている一軍の能力者は能力が強力なメンバーで構成され二軍はその控えみたいな扱いを受けている。なのでこの両者は結構折り合いが悪い。女性が上下関係をハッキリさせるのはどの国でも同じ。特に能力者は目に見えて実力差が出るから顕著として現れる。
因みに三軍は新人一人が荷物などを積めて一人で運転しており無線機から先輩達の声が流れて来た瞬間に無線を切っていた。触らぬ神に祟りなしも万国共通の認識である。
[ラァミィ…ならここで殺るか?私はここで決着をつけても良いけど?]
「決着がついているのにどう決着をつけるの小さな中国人?」
[その名前で呼ぶんじゃねぇ!!!]
無線機に殴りかかったのだろう。機械が壊れた音がなったと思ったら何も聞こえなくなり通信が途絶えた。…空気感は最悪、事実あいの風とは敵対関係になるだけの結果に終わったのだから収穫として最悪だろう。
「無線機壊さないでよ。」
「壊したのはアイツ。」
「無線機無ければ連携が取れなくなるだろう。」
「もう止めて、頭痛くなってきたわ…。連絡が取れなくても問題無いでしょう。もう射程距離からとうに脱している。追跡は…キャッ!!」
その時だった。突然車が急停止しベッドに乗っていたサラは汚い床に落ち他のメンバーはGに引かれてドアに激突した。
「ぺっ!ぺっ!汚い!もう〜何で急ハンドルして急停止してんの!」
「ラァ〜ミィ〜ちゃんと前見て運転しなさいよ!」
「…ちゃんと前見て運転してから急停止したの。見てみてよ。」
彼女が指を指した方向を魔女達が見る…そうすると居ないはずの彼女の姿がそこにはあった。
「…特異点、予想以上の結果ね。これは喜ぶべきかしら?それとも…逃げるべきかしら。」
リーダーである彼女はあくまで強気の姿勢を崩さない。ここで舐められたら魔女の集会は瓦解する事を理解しているからだ。
「私達7人が本気で迎撃すれば勝ち目はあると思いますけどね。」
本気半分自身に発破をかける半分で意見を述べるラァミィ。
「二軍はヤル気満々そうですし…ほら車から出て来た。」
メリッサは周りを見渡して後続車から彼女達が降りてくるのを見つけ報告する。
「チッ…殺すんじゃないわよ。」
サラは3人にやり過ぎないように注意し自身は後衛に回ろうとしていた。これから戦いが起こる事は誰にも止められないと分かっているからである。
そしてそれはサラだけではない。魔女の集会の全員がそれぞれで自身の立ち回りを考えていた。それはこの戦いに対してでもあり特異点との立ち回りも含めてである。なにしろこの戦いに勝っても負けても得など無いのだから。
『敵はヤル気ですよ。』
仁王立ちで彼女達の車を待ち構えていたら魔女達がぞろぞろと降りてきた。ここ辺りの空間は私が支配しているから絶対に逃さないし、あんな手はもう通じない。ガチンコバトルと行こうじゃない。
『好都合だ ここで散り散りに逃げられたら時間がかかるからな まあほんの少し…伸びる程度だが』
先生も剣呑な雰囲気を纏わせてこれが先生の仕事する時のモードなんだと分かって身震いする。近くに居るだけでも背筋が伸びる気持ちだ。
『でも一人飛行出来る能力者と影に潜って組織の追手を振り切った能力者が居るんです。まずはその二人を優先的に殺りたいですね。』
『その心配はない 時間の操作はこういう事にも使える』
先生はそう言って右手を空に向けて掲げると先生を中心に1つの波のような波紋が球状に拡がり視界から消えて行った。
『一種の結界みたいなものだ ワタシのベルガー粒子を球状に拡散してそのエリアの因果律を弄った やつらがこのエリアから出るという事象は発生しない つまりもう逃げられない』
『そ、そんな事も出来るんですね先生は…。』
『覚えれば簡単だ 範囲を絞ればそれ程脳への負担も無いからな』
しれっと先生は行なったけど、これはとんでもない能力の使い方なんだと理解した。私はこれから起きるであろう惨劇の中でどのように立ち回るべきか、良く考えないとだね…。
古戦場から逃げ出して執筆していたのでまた古戦場に戻ります。




