私達親子の形
書いていて案外、美世はお父さんの事を良く見ているんだなと思いました。基本的にキャラを勝手に走らせて書いているので、書いてから分かる事とか気付けた事とかあります。
カラオケとは到底呼べない代物を経験した私は帰宅して玄関に入った。出来るだけ冷静に、冷静に相手の出方を伺わないと…
「ただいま。」
「おかえり、話がある。」
「分かった。」
父が玄関先で待っていたことは分かっていた。親方自ら出迎えをしてくれるとは小結の私は泣いちゃいそうだよ。
私は父の後をついて行き和室に入っていく。もう何度も繰り返してきたこのぶつかり稽古は私達にとって特別な時間と言える。
「まず俺から言わせてもらう。」
父が俺と呼称する時はとても機嫌が悪く、キレる一歩手前の時だ。私はリュックを隣に置いて正座をし、父の話を聞く姿勢を取った。
「どうぞ。」
「また最近帰りが遅いが…そんなにバイトが忙しいのか?」
「ううん。最近はジム通っていたり友達と勉強とかしてたりして遅かったかな。今日も初めてみんなとカラオケに行ってたし。」
ここは正直に話そうと思ったけど流石に京都に行ってましたとは言えない。言っても信じてもらえないだろうし。
「ジム?」
予想外の回答だったのか父がオウム返しで聞き返してくる。
「うん。モデル仲間と一緒に身体鍛えているの。見てよこれ。…ふんっ。」
左腕に力こぶが出来るように腕を曲げて父に見せた。ほんの少し前では考えられないぐらい筋肉がついた。
「そ、そうだったのか…。」
私の鍛えた腕を見て本当の事だと信じてくれた。理華と模擬戦をしていたおかげで筋肉付いたし、異形能力に目覚めたせいか毎日ほんのちょっとずつ体格が良くなってきてる。
「うん。すごく楽しいしこれからも通い続けるよ。」
「お金は大丈夫なのか?通うのにもお金がかかるだろう?」
「それは大丈夫。事務所系列のジムだからタダだよ。」
「そうか…。」
父の勢いが弱まってしゅんとしてしまった。結構真っ当な理由だったからかな。
「もうそっちの話終わり?私の話をしても良いかな?」
「お前が私に話…?別に構わないが…。」
面を食らったような父に海外の話をする。
「夏休みに仕事で海外に行こうと思っているんだけど未成年の私が海外に行くには保護者の同意書がいるの。それで…その許可が欲しいです。」
私の話を聞いて更に面を食らう父を私は静かに見続ける。長期戦を覚悟している…とにかく絶対にサインさせる事が優先事項。日付が変わったって私は食らい付くつもりだ。
「お前がそんなに真摯にお願いするなんて…そこまで仕事に対して前向きだとは思わなかったよ。遊びで行く訳ではないんだろう?」
あの父が、怒らずに私の話を聞いてくれた…?こんな事は生まれて初めてで逆にこっちがたじろいでしまう。
「う、うん。旅費も向こう持ちだしちゃんと大人の人と行くから。それに日程も全部決まっているから私はその通りに仕事をこなしてくるだけ。」
嘘ではない。ちゃんと予定が決まってるしどういう仕事かも分かっている。でも父には全てを話す事も出来ないし話すつもりも無い。
「そうか。」
「そうだよ。」
珍しい。私は父を見ながら話して父はテーブルを見ながら話している。いつもは逆なのに。
「…お前は変わったな。」
「変わるでしょ。成長期なんだから。」
「前はなんでも反抗したような言い方しかしなかったのに、今はちゃんと考えて話してくれている。ちゃんとお願いする立場でな。前だったら私にお願いする事なんて絶対に無かったからな。」
…確かに私は父にお願いをした事がなかったかも。前までは借りを作る気がしてどうしてもお願いをする気が起こらなかったから。
「私ね、最近楽しいの。楽しい事もいっぱいあったし嫌な事もいっぱいあった…それでも今は楽しいって言える。」
父が顔を上げて私と目線を合わせる。
「仕事もね、上手くいかない事もあるし辛いことも大変な事もいっぱいあるけど、でも私がその仕事に関わることで誰かの助けになったり誰かの為になる事を知れてね…嬉しかったの。だからちゃんと仕事をこなしたい。それが私の望み。」
殺意に飲まれる私でも…誰かを…誰かの役に立ててる事が嬉しいと感じる。私が仕事をこなす事で罪の無い人達の命や尊厳を守れるなら、私は罪を背負って罰せられる事になったとしても別にそれで良いと思う。天国に行くつもりは無い。私は地獄に落ちるべき人間だ。
「知っていると思うけどさ…私、この家が大嫌い。あなた達の事も大嫌いだし、あなたの事はこれから先もずっと許せないし許さない。」
昔から言っている…あなた達の事が嫌いだと。でも今の私の心には前みたいな嫌悪感や憎しみの気持ちは薄れてしまっている。
「だけど最近はこの家の事を考えなくて済むようになってきたの。今日なんてさ、家の事なんか一回も考えなかった。」
能力の事、先生の事、学校の事、蘇芳の事…上げたらきりがない。
「前はこの家を出たくて出たくて仕方がなかった…でもさ、気が付いたらね…、そんな事も考えなくなったの。」
多分…私の心はもうこの家から離れてしまっている。前まで私にとっての世界ってこの人達とお母さんの思い出とかたきを討つことしかなかった。
「色んな所に行って色んな人達を見てさ、私ってとても狭い世界しか見てこなかったんだなって気付けたし、だけどそのせいで帰りが遅くなって心配させてしまっている事は分かってるの。」
父は口を挟まず私の話を聞いてくれている。いつもは言い争いをしてお互いに言いたい事をぶつけるだけだったのに。
「それでも私…色んな所に行ってこれからも色んな人達と出会って誰かの為に仕事をしたい。…お母さんも、本当はそういう事を望んでいると思う。」
お母さんが私にかたきを討って欲しいなんて、そんな事を願っていない事ぐらい分かっている。お母さんなら人の為、自分の為に生きて欲しいと言うはずだから。
「私さ高校を卒業したらこの家を出る…もうここには帰って来ないと思うし、それからはずっと疎遠になると思う。…あなた達の死に目にも私は会えないと思うし、私の死に目にもあなた達は会えないと思う。」
私が死ぬ時は誰かに殺された時だろう。誰に殺されるかは分からないけど…ろくな死に方はしないだろうな。
「そんな親不孝者だけど…!誰かに自慢出来たり何処に出しても恥ずかしくないような子じゃなかったけどさ!」
テーブルに手をついて膝立ちの姿勢のまま上半身を上げて自身の気持ちを父にぶつける。
「あなたの娘はね…ちゃんと、自立…出来たよ…?」
涙が少しだけ出てしまったけど最後まで言い切った。上手く言葉に出来ていない部分が多くてちゃんと伝えられなかったかもしれない。でも、それを聞いた父は…目元を手で隠しながら聞いてくれていた。
泣いているのかは分からないけど、もし泣いているのなら初めて父の泣いた姿を見た気がする。
そしてそれから暫くして父は眼鏡を外し裾で目元を擦り目を真っ赤にしながら私に話しかけた。
「…同意書は持ってきてるのか。」
「うん。ちょっと待ってて。」
リュックから同意書の紙とペンを取り出して父に渡す。
「行く国は…」
「アメリカ、イギリス、ロシア…だったかな?」
「そんなにか!?」
私も同意見だったよ。夏休みで足りるかなって思ったぐい。
「…あとは私の名前を書くだけか?」
「そうだね。他の所はもう書いてもらったし。」
組織から渡された書類はほとんど記入が済んでおり私と父の名前を書くだけの状態だったからその記入が終わればもう大丈夫。
「…そうか。」
父が何かを書く所を見るのも初めての事かもしれない。これまで書類とかは父に渡したら私は部屋に戻って翌日にはリビングのテーブルの上にあるのを回収する感じだったから。
「ありがとう。これで大丈夫。」
父から保護者の欄に父の名前が書かれた同意書とペンを受け取ってリュックにしまうと父が立ち上がり先に部屋を出ていった。
私は父の背中に向かってまた「ありがとう」と伝えたが返事は返って来なくて、あんなに父の背中が小さく見えたのは初めての事だった私はそのまま父を見送るしか無かった。
次回からは海外編です。楽しみでもあり作業量がエグそうで不安でもあります。




