止める能力と止められない能力
前回あいの風の能力が判明するといったが、アレは嘘だ。
「そこを動くなよッ!」
能力にリソースを割いて足、腰、背中、胸、腕、首と動作に必要な部位に能力を流す。
そして床を踏み抜いてあいの風の元に行こうとした……だが私の身体はその場に固定されていた。
「っうぐッ!?何だこれは!?」
身体は動かせる。だが着ている道着が全く動かない!
私はすぐに自分の道着を見てベルガー粒子が道着に纏っていた事に気付いた。
(これは!まさかあいの風の能力か!?)
昔サイコキネシスに似たような事をされたがこれはあの時以上の拘束力!私の筋力であっても動かす事が出来ないなんて!
「何で能力を使ったんだ……天狼さん逃げて。多分私、天狼さんの事を殺しちゃう。」
やはりこの現象はあいの風の能力。……それとあいの風の言動と行動がちぐはぐで自分でもコントロール出来ていない様子。でも彼女は私に逃げろと言った。お前も抗っているのか…。
「心配するな。こういう場合の対処法は心得ている。」
ベルガー粒子で道着を固定しているのなら話は簡単だ。このベルガー粒子に介入してしまえばいい。能力者とはベルガー粒子を操作することが出来る者を指す。私の脳はこのベルガー粒子を視認し認識している。だからいつも通り能力を使うようにすれば…!
「ハァアアアアッ!!!」
バチッ!
天狼の身体が一瞬光り何かが弾けた音がした。聞き覚えのある音であったが思い出す前に私の腕を掴む感触を覚えそちらに意識が向いた。
「なっ!?どうやって動けたの!?」
天狼の道着を空間に固定したのに彼女は私の元まで近付いた。信じられない…先生の能力が破られたの?
ーーー『触れて認識すればいい ベルガー粒子は物理的干渉は出来ないが能力者はベルガー粒子を認識出来る 認識してしまえば脳で干渉すればいい』ーーー
先生の事を考えていたらこの言葉を思い出した。先生が前に私に教えてくれた裏ワザ。天狼はこれを使って能力を無効させたに違いない。
「これが終わったら教えてやる。」
あいの風の見開かれた目を至近距離で確認したら充血して真っ赤になっていた。恐らく私の張り手を食らった際に目の周りの細い血管が衝撃に耐えらずに出血したのだろう。
(彼女の能力の効果範囲は身体の表面のみと見た。)
身体の内部までは硬く出来ないと仮定して……彼女の能力はある程度理解出来た。
そして見間違いでは無かった。あいの風の目の奥が微かに青く光っている。彼女に巣食うこの光を何とかしなければ。
「少し痛むが我慢しろ。」
「いづッ!?」
天狼の手から何かが流れてきたと感じた瞬間、全身に鋭い痛みが走る。ただでさえ鈍痛がさっきから動く度に酷くなり、涙が出そうなくらいに痛いのに更に刺すような鋭い痛みが追加されて気を失いそうになる。
しかも自分の意志で指一本動く事さえ出来ない。前にされた腕のコントロールを奪われた時と同じ。今回は身体全体のコントロールを奪われた。
(少しどころじゃない!めちゃくちゃ痛いよ!)
あまりの痛みに私は軌道を操作して天狼の腕を振り払う。天狼もそれを読んでいたのかあっさりと腕を離した。
「……やはり。あいの風、お前の能力が分かってきたぞ。」
全身の動きを封じたのにあいの風は動いた。つまり今のあいの風は筋力で動いていない。
「そうだな……見えない防弾チョッキと言ったらいいのか、それともパワードスーツがこの場合適しているか?お前は誰にも見えないし触れないパワードスーツを全身に纏わせている。」
皮膚の上からではない。服の上から纏わせている。
「だが実際にパワードスーツのような物を纏わせている訳ではない。そういった概念のような物を纏わせている。違うか?」
「……ほぼ正解に近いですね。この戦いの中でそこまで分かるのは凄いです。」
「今回の場合とても分かりやすかった。特にあいの風の場合はな。」
「私?」
私は目の横を指してあいの風に教えた。
「眼鏡だよ。道場の壁を破壊する程の勢いで吹き飛ばされたのにお前の眼鏡は傷1つ付いていない。それに外傷も無ければ髪も乱れていない。でも目の血管は負傷している。身体の内側は生身なんだろう?」
驚いた。そこまで観察されていたとは……脳筋キャラかと思っていたけど実際はかなりの頭脳派だった。
「もう諦めて能力の行使を止めろ。私はもう手荒な真似はしたくない。これ以上私に能力を使わせるな。」
確かにこの状況はもう半分負けみたいなものだ。身体も痛みが酷くて自力では立っていられないし意識も曖昧。今の私はどっちなのかも判断出来ない。
でも、でもだ……私にはここから勝てる方法が残っている。天狼は私の射程圏外に逃げ出し時間操作を行えないが……私自身は射程圏内に居る。【再生】を使えば最悪私自身はふりだしに戻れる。
それに私には最強の択の【削除】がある。怪腕を使えば天狼ですら回避不可能であろう。なんせ私ですら認識不可の速度で天狼には見えないと思うし、ベルガー粒子は視認出来るだろうが軌道は見えない。怪腕の軌道を削除して放たれる一撃を回避出来るのならしてみろよッ!
「……逃げてください。絶対に回避出来ない攻撃を今から天狼さんに行ないます。」
「それはまた……大きく出たな。」
天狼は余裕の笑みを浮かべたが、あいの風との間合いを空けた。天狼でも自身の行動に疑問を感じたがそれは本能的に動いた結果だった。
ーーー近づいたら死ぬ…
天狼の能力者としての勘があいの風から距離を取れと警告し、脳内でベルガー粒子のリソースが振り分けられる。無自覚ではあるがいつでも能力を行使出来るように態勢が整えられていた。
(この感覚は覚えがある。昔、格上の相手と見合った時と同じ……選択を誤れば私は死ぬ。)
「出来るだけ殺さないようにします。だから……死ぬ気で避けて!」
言動と行動が全く合っていないと評したが、これは言葉では言い表せない整合性の無さだ。矛盾とも違う。2つの思考が存在しあいの風の中で同居しているのに行動として現れるのはどちらか1つだけ……今のあいの風からはそういう印象を受ける。
(何をするかは分からないが放置する事は絶対に出来ない。)
今すぐ死神にこれまでのあいの風の育て方を問いただして説教をしてやりたい気分だ。こんな状態の彼女を放置しておくとは何事だっ!そのせいで私は彼女に殺されそうになっている……まあ、殺されはしないがなっ!
あいの風が10m空いている間合いを1秒もかからずに詰めて拳を振り上げる。だがあまりにも見え見えの大振りでこれは罠だと判断した。
本命はどれだ?足技か?それとも掴み技?それかまた道着を止めるか?あいの風は何を狙っているか見定めないと………っ!?
あいの風と目線が合ったその瞬間、天狼の背中に氷の塊が入れられたと感じる程の寒気を背筋に感じる。
あの目の奥、青く光るアレ……アレは殺意だ。殺意だけで人を殺しかねない程の殺気。この背筋が凍りつくような存在は……能力者の死を望んでいる。
あいの風の胴体から天狼の脇腹を掠る軌道で怪腕が出現されていた。生き物の反射速度を超えたその一撃があとコンマ1の所まで迫っている。
天狼は怪腕が出現する前にあいの風の目の奥に居る何かを感じ取り、全力で能力を開放した時と同じタイミングで怪腕が天狼の横腹を貫通した。この状況でダメージを負ったのは……あいの風だった。
「あッガア!?」
バジッ!と鋭い音と共にあいの風は弾き飛ばされ道場の床を転がる。身体からは白い煙とシューーと焦げたような音を出して痙攣していた……そう、彼女は感電していた。
怪腕の一撃を食らった筈の天狼の横腹は電気に変化されていて怪腕によるダメージ一切無かった。あいの風が痙攣を起こしたのはこの電気に感電したからだ。
これが天狼の能力。“異形型電気系能力”……怪腕の攻撃ですら避ける必要性を無くす最強の異形能力。組織No.2の能力を前にあいの風はただ床を転がるしか無かった。
判明したのは天狼の能力でした。
でも天狼にはあいの風の能力を少しだけ判明されたからあながち嘘ではない…?
土日のどちらか1日で2話投稿しようと思うので要チェック!




