私が憑いているのはどちら?
夏なのでホラー回です。
…………嘘です。
私は両腕を前に構えて戦う意志を天狼に見せる。まだ終わっていない。例え激痛で今にも気を失いそうでも、能力が使える間は戦い続けてやる!
天狼も私を見て構えた。しかし先程までの闘志は見られない。
(もう勝ったつもりか…?)
怒りが沸々と湧いてきて自然と身体に力が入りまた激痛が走る。それでも関係ない。この怒りをぶつけなければ気がおさまらないッ!
私は能力で天狼の懐まで踏み込み一発、二発と拳を振るう。
「お前っ、まだそんなに動けるのか!?」
天狼が驚愕して私の攻撃をギリギリの所で避け切る。想定していた動きより速かったのだろう。それでもちゃんと避ける辺りまだ天狼はこの戦いに集中している。
すかさずに回し蹴りを放つが天狼を捉える事が出来ず空振る。天狼が居た位置には黒く焦げたような跡が残り彼女自身は遠く離れた場所で私をじっと見ていた。
(速すぎる…。全然当たる気がしない。)
天狼の能力が分からないと対策も立てられない。理華も知らないらしく聞いた話だと秘匿されている情報だとか。組織No.2の能力を外部に漏らす訳にはいかないんだと思う。…だけど分かっていることもある。
この床に出来た焦げ跡と触れれば相手の身体のコントロールを奪える事。そして圧倒的加速から繰り出される攻撃と回避行動。
私としては特にこの回避行動が能力を暴くヒントに繋がるのではないかと睨んでいる。天狼は私に触れた…つまり私の射程圏内に入ったという事。今現在この道場には天狼の軌道が創り出されている。
その軌道を読み取って分かった事は彼女はちゃんと走って避けているという事だ。私みたいに軌道を操作して動いているんじゃない。純粋な運動能力であの速度を出している…信じられないけど軌道を見ればそうだと物語っている。
あの頑丈さは自身の動きにも耐えられるようになのかもしれない。私があの動きを再現したら間違いなく筋肉やら神経を破壊することになりそう。良く身体がついて来るよね…あ!あと一番個人的に気になっているのはあの運動量で何で息切れをしていないのか。…まさかまだ全力では無い…?そんな事ある?
でも、今も普通に立ってるし肩で息をしている訳でもないからやっぱりまだ平気なんだ。あんな速度で動いても疲れない身体。もしかしてそれが一番凄い事なのでは…?
これが異形能力者最強と云われている天狼の基礎スペック。勝てる気がしない…現状では。
私にはまだまだ多種多様の能力があるけど使えば間違いなく天狼にバレる。私が時間操作出来て因果を変化させられる事を。私の中の冷静な部分がこれらの能力の使用を躊躇させている。
天狼をぶっ殺したいと思う気持ちと天狼を仲間に入れたい気持ちが同時にあって私自身どちらを優先にしたら良いのか分かっていない。ただ、天狼に勝ちたいという共通の目的で何とかここに立っていられる。
能力を隠すべきなんだ…それぐらい分かっている。でも天狼に勝つには“怪腕”みたいな信用出来る絶対的能力が必要。
本当の所もう天狼は私の射程圏内に入っているから実は軌道を固定したり逆行させたりする事が出来たりする。つまりもう勝とうと思えば勝てる。
先生の能力は初見殺しとして超一級品。どれだけ速く動いても軌道を固定されれば動けなくなる。
しかしそれは天狼を殺さないといけないという意味だ。能力を知られれば処理しないといけない。それに天狼だけではなく理華も居る。この二人を殺したくない。
…でも多分殺さないといけなくなったら簡単に殺しちゃうんだろうな私。そういう所あるしな私…。
どうしよう…天狼を殺した場合のデメリットが多過ぎて殺す必要性を全く感じないのに左手がさっきから殺気を放っている。殺気だけに…あ〜もう駄目だ。殺意に飲まれて頭がおかしくなってる。このまま衝動的に二人を殺してしまいそう。能力へリソース割きすぎて思考力というかIQが極端に落ちたみたい。
「天狼さんってまだまだ本気出していないですか?」
突然あいの風が質問を投げて来た。…なんだ?またあいの風の雰囲気が変わった?なんか…もっと異様な印象を受ける。
「…全力の10%ぐらいといった所だ。お前はどうだ?」
「私も全力の10%ぐらいで本気出せばあなたを殺せそうなんですけど続けたほうが良いんですかね?もう…ちょっと自分では判断出来なくて。」
…ハッタリではないな。確信を持った言い方だ。だがそんな事よりあいの風の様子がおかしい。
妙に左腕を気にしている?…ベルガー粒子が右腕より左腕の方が多い。あと目の辺りが特にベルガー粒子が濃い。それと…この距離だと正確に判断出来ないがあいの風の目が青く見える?…気のせいか?
もしかしたら眼鏡の反射や髪の色が映り込んでそう見えただけなのかもしれないが……。
しかしあの青い目に気付いてから背筋に嫌な感覚を覚える。それに鳥肌が止まらない。まるで得体のしれない何かに見られているような…。
(まさか何かが潜んでいるのか?)
天狼の異形能力としての直感がそう告げ、今まで直感が外れた事の無い彼女は確信した。あいの風の中に彼女とは別の何かが潜んでいる事を。
見定めなければならない。彼女の目の奥に居るあの邪悪な気配を。そしてもっと早く気付くべきだった。今のあいの風はまるで別人のような言動と行動を取っていることに。気配もそうだが立ち振る舞いがもうさっきと違う。
今の彼女は首を斜めに構えながらこっちをじーと見ているがさっきまでの彼女は身体の軸が真っ直ぐにして立っていた。ほんの少しの違いだが今まで色んな能力者を鍛え相手にして来たから分かる。外見はさっきから同じだが中身がまるで別物に豹変したみたいな。
そう…まるで豹変したみたいだ。そうだ豹変だ。この表現が一番彼女に適している。
「お前は誰だ?あいの風か?」
「…多分そうです。やっぱり異形能力者の勘というものは厄介だな。…殺るしかないか?」
途中ボソボソとして内容を聞き取れなかったが今のあいの風を放置する訳にはいかない。模擬戦はここで終了だ。
「理華!念の為に道場を出ろッ!あいの風の中に何かが憑いているッ!」
「え?」
突然の発言に理華は上手く内容を飲み込む事が出来ない。
「早くしろッ!!そして誰も道場に近づけるなッ!!」
「はいっ!!」
天狼の本気の怒号に理科の身体が反射的に動き道場の外に出ようと走り出した。
「あいの風聞こえているか?今からお前に近付くが私に敵対の意思はない。だから能力の行使を止めろ。」
「…どこまで分かっているの?それによっては殺さないといけないんだけど。」
天狼はキラーミヨの事を言っているのかそれとも私でも分かっていない事を言っているのかで私の対応は決まる。もし先生に繋がる事を言っているのならここで処理しなきゃいけない。
「私はベルガー粒子を視認する事が出来る。お前のベルガー粒子はおかしい。まるでお前を操っているみたいだ。」
あいの風のベルガー粒子があいの風の身体を覆っている。最初はそういう能力かと思ったがこれをしてからあいの風の雰囲気が豹変した。早くこれを止めさせないと本気で殺し合いをしなければなくなる。今のあいの風はいつ爆発するか分からない爆弾のような物だ。いつ私に牙を向いてくるか分かったものではない。
「あーそこも分かってるのか。でも勘違いです。私が私を操作しているんですよ。」
「“私”って誰だ?お前の言う私というのはあいの風…お前自身の事か?」
「私は、今の私は……どっちだ?」
あいの風の雰囲気が一瞬だけ私の知っている彼女に変わる。
「そこを動くなよッ!」
私はここを勝機と見て自身の出せる最高速度であいの風の元に向かった。
次回は少しだけ美世の能力の核心、秘密に迫ります。なのでミステリー回です。多分。




