本気の殺し合い
あいの風VS天狼の好カードの戦いです。
「待ってよ〜っ!」
「急げよ!あいの風さんと天狼さんの戦い見逃しちまうぞ!」
今日は天狼さんがあいの風さんと模擬戦をすると聞いて、急いで道場に向かっているけど間に合うかな。いつも理華さんと天狼さんが模擬戦する時は大体もう決着がついている。理華さんの話によると天狼さんが強過ぎるて1分も立っていられないと前に聞かされた。
でもあいの風さんならもしかしたらまだ決着はついていないかもしれない。だってあの理華さんとの模擬戦で全勝しているぐらいだもん!
「もう道場開いてるよ!」
いつも理華さんが一番早く来て電気を付けてくれてるからもう始まっていてもおかしくない。
(あと数メートル…!)
「遅くなりましたっ!」
「「「遅くなりました!」」」
道場に入って最初に見えた光景はあいの風さんが道場の真ん中で倒れている姿だった。
「まさか…この程度か?この程度の実力で私を誘ったの?」
「ハァー ハァー ハァー…手加減しろって言ったのに…。」
「あいの風…。」
あのあいの風でもやっぱり天狼さんには勝てなかった。だけど…確信した。あいの風は何かを隠して立ち回っている。
「あ、あの…天狼さん、あいの風さんとの模擬戦は…?」
おずおずと角栄が天狼に尋ねる。
「今終わった。期待ハズレの結果で終わって残念だ。」
「あいの風、立てるか?」
私が手を貸すといつもみたいに手を掴んで起き上がる。…あいの風がすぐに起き上がれるという事は天狼さんも手を抜いていた。やっぱり天狼さんも気付いている。あいの風が実力を隠している事を。
しかしそれでは1つ疑問が生じる。
(それならこの二人は何を考えてさっきの模擬戦をしたんだろう…。)
外から見てた私だから分かる。あいの風は凄く動きづらそうだった。本当はもっと動けるのに自分で縛りを付けたような動きで立ち回っていたと思う。
「ありがとう…。やっぱり強いな天狼さん。」
「お前は予想以上に弱かったけどな。」
何で天狼さん、さっきからあいの風を挑発するような言い方するんだろう。
「…だから手を抜いてって言ったじゃん。」
小声で反論したあいの風の言葉を天狼は聞き逃さなかった。
「これでも手を抜いたんだ。1分も持たないとはお前を教えた死神の底も知れる。」
あ…あいの風の地雷を踏んだ。私はゆっくりとあいの風と天狼さんから距離を取った。
「…先生は関係無くない?」
「いや関係あるだろう。死神に鍛えられてその程度ならな。」
あいの風の雰囲気がガラリと変わった。言うなればスイッチが入ったみたいな…まるで別人のような表情が抜け落ちて怖い。
「本気出すなって先生から言われてるの。本気出せば負けないよ?やる?」
(まさかここまで簡単に挑発に乗ってくるとは。)
天狼は模擬戦を初めてすぐにあいの風が本気を出さず自身に制限をかけて立ち回っている事に気付いた。だから死神を引き合いに出して挑発してみたが…結果は見ての通り。…煽り耐性が無さすぎるなあいの風は。
「良いぞ…殺ろう。」
「あ、あいの風。」
「年下組連れて道場の外に行ってくれない?見せられないから。」
左手がウズウズして気持ち悪い。最近は命のやり取りをしていなかったからなのか、禁断症状みたいに震え出してる。もう自分でも止められないし止める気も無い。
私の事は別にどう思われたって良い。でも私のせいで先生が軽く見られるのは我慢出来ないっ!死神は最強で最高の私の先生なんだから!
「あ、あいの風さん!ここに居ては駄目でしょうか!?」
「駄目。…あ、居ても良いけど死神にマークされちゃうよ?良いの?私知らないから。」
私の脅しで年下組が全員道場から出て行った。…だけど理華は道場の中に残った。
「理華も出て行って。脅しじゃないから…本当に死神に目をつけられて処理されるよ。」
「そんなのは脅しにもならない。私は生まれた時から組織にマークされている。情報を漏らせば私の家族もろとも処理される事を小学生の時から知っている。私の両親も組織に所属しているからな。そのぐらいの覚悟はとうに出来ている。」
「…やっぱりやべー組織じゃんここ。」
「だから決して情報を漏らさない。拷問されたって絶対に漏らさん。それにここに居るのは私の意志だ。私の自己責任の上で見届けさせてもらう。」
理華はここから動かないと意志を見せた。最早テコでも動かないだろう。…本当にもう知らないからね。
「見るなら端っこで見てて、巻き込まれたら十中八九死ぬよ。」
「分かったっ!」
「…理華は良いライバルになってくれたな。」
天狼は横目で理華を見つめている。優しい眼つきだ。
「私に1回でも勝てたらライバルに認定してあげますよ。」
「あれはしつこいぞ?勝つまでやるからな。」
「知ってます…天狼さん、他人よりも自分の心配したほうが良いですよ?私まえの仕事から久々の本気なので手加減出来るか分かりません。」
獰猛な眼つきで天狼を睨みつけるあいの風。脳のリソースを【探求】と【再現】に割いて準備を整える。
「あいの風…お前は今から手加減無しで挑んでも勝てない相手と戦う。天狼というコードネームの重さを教えてやる。」
道場の空気が重くなり呼吸をするのも苦しくなるほどの重圧感がこの空間を支配していた。
死神の能力を行使する事にしたあいの風とまだ底が見えない天狼。先程は児戯にも等しく模擬戦とも言えない戦いだったが…今回は命のやり取りをする戦い。両者とも一切の手加減をしない真剣勝負。
死神がこの事に気付いていたら絶対に止めていただろう。だが最早この戦いは誰かが止めるという段階を過ぎ去っていた。
「本気を出せあいの風。もしお前が私に勝てれば…」
「撤回しろ。」
「何?」
「さっき言った先生への言葉を撤回しろ。私が負けたら殺してくれて構わない。好きにしていい。」
「…お前、今自分が言った意味分かっているのか?ここで死にたいのか?」
「分かってる。だからもしお前を殺してしまっても恨むなよ。」
私はどんな人間だって殺せるイカれた人間だ。もうそれで良いよ。私が良い人間とか悪い人間とかもうどうだっていい。私はどんな奴だって殺せる社会の屑で良い。
ここ最近、フラストレーションが溜まりイライラしてしょうがなかった。私はあれこれ考えて立ち回るのは向いていない。苦手では無いし寧ろ得意なんだけど全部ぶっ壊したくなる衝動に狩られて手が出てしまう。
(それが例え仲間に引き込まないといけない相手だったとしてもッ…!!)
ベルガー粒子を全身に纏わすように操作して【再現】で軌道を確定させる。私は天狼に向かって自身の最高速度で踏み込み本気で殺すつもりの攻撃を放った。
その攻撃は左腕の軌道を確定させて殴るだけ。この単純な攻撃だからこそ相手に考える暇も避ける隙も与える事もなく天狼に一撃を与える事が出来た。
それは生き物と生き物から発せられるような生易しい衝撃音では無く、まるで地面に数トンの重りを落としたような衝撃音。肉や骨から鳴り響いた音から両者の強度が生き物のレベルを超えている事が伺える。
(避けられなかったっ…!?)
天狼はそれを避ける事が出来なかった。もちろんあいの風の速度が想像以上の速さだった事も起因しているが、それ以上にあいの風から発せられるその殺気の影響だ。天狼はその殺気を感じてほんの一瞬だけ身体が硬直した。
長年続けてきた殺しの仕事の中でもここまでの殺気を向けられた経験が無い。
生物としての本能が働き彼女に恐れを感じてしまった。この初めての経験に襲われた天狼の頭の中には驚きと混乱で埋め尽くされていたが、長年の稽古と経験から天狼は咄嗟に両腕を前に出す事で、守りの構えを取る事に成功する。
しかし成功したのはガードの構えだけであいの風の攻撃は防ぐ事は出来なかった。長身を誇る天狼の身体が浮きそのまま後方へと吹き飛ぶ。
(嘘だろっ!?私の身体が吹き飛ばされるのか!?)
天狼の長身の身体は空気を引裂きながら10m後ろの壁まで目にも止まらない速さで吹き飛んだ。
木で出来た道場の壁に天狼の身体がめり込んで木片が床へと散らばった。体重80kg以上の生き物が10mも吹き飛び、しかも衝突した壁が破壊される程の破壊力。その光景を目にした理華は目を丸くし開いた口が塞がらない状態だった。
理華は初めて能力者同士の殺し合いを目にした。技術や型とかそんな次元では無い。あの攻撃の前ではそんなものは児戯に等しいだろう。
(私がやってきた事は…意味が無かったの?)
たった一瞬の攻防で理華のアイデンティティは破壊された。これが能力者トップ同士の戦い、ただ殴っただけで壊される道場。稽古中でも良く壊れる道場だったがこれは本当の意味で道場が壊れると理華は感じた。
(さっき言ったあいの風の言葉、「巻き込まれたら十中八九死ぬよ。」…あれは事実だった。ここに居続けたら死んでしまう。)
だが理華は動かなかった。恐怖で動けなかったのではない。目を離す事が出来ずその場から動く事を止めた。それは彼女の意志だった。
この戦いを見届けるまで私は動かん!…あいの風、見せてくれお前の本領を…!
何度も言いますが美世はテスト勉強の期間です。フラストレーションの殆どはテスト前の星野先生からのマークです。




