非接触型探知系の能力者
先生の視点です。
人波が揺れる。ここ東京では夜になっても人の通りには人々が溢れ、様々な事情、思想を抱えながら歩いている。
街はネオンの光、スマホや車のライトで照らし飾られ建物が色めき立ち。それと同じくらいに人影を強く地面に映し出す。
そんな人々が行き交う街並みを建物の屋上から見下ろす人ならざる者が居た。
《能力者1人探し出すのにここまで面倒事になるとは 目まぐるしく変化し続けている世界に翻弄されているのだろうか》
“死神”…そう呼ばれて世界中の能力者達から恐れられている殺し屋。
素性は不明。能力も不明。所在も不明。ーUnknownとも言う存在で、ただ1つ分かるのは能力者を専門とした殺し屋で今まで殺せなかった能力者が居ないということだけだ。
そんな世界最強の能力者とされてる死神であっても苦手とする分野がある。
ーーー能力者の探知だ。
《人々の脳から発されるベルガー粒子がダダ漏れだ しかもα波β波が不安定過ぎる》
能力の根源であるベルガー粒子。これを脳が知覚しコントロールする事が出来る者は総じて能力者と呼ばれる存在となる。
能力者全員がベルガー粒子の存在を知っているわけでも意識的に知覚しているものでもない。ほとんどの能力者は無自覚にベルガー粒子を扱っている。
死神はこのベルガー粒子を意識的に知覚する事が出来る稀有な存在だ。能力者を探し出すには2通りの方法がある。探知能力で探すか、ベルガー粒子を知覚して粒子量と周波数で見極めるかの2つだけだ。後者である死神でも今の状況に歯痒い思いを抱いてる。
《昔に比べて人が多過ぎる…ベルガー粒子が溜まって能力者と無能力者の判別が出来ない》
能力者の持つベルガー粒子の量は無能力者に比べて多い傾向がある。これはベルガー粒子を制御する為に脳が発達し、使われていない脳の一部が開拓されるおかげで扱えるベルガー粒子の量が増える為だと言われている。
しかし、能力者の中でもベルガー粒子がそこまで多くない者は居る。能力が目覚めたばかりの者、能力を上手く制御出来ない者。それ以外だと脳に問題があり開拓される余地が無い事が挙げられる。
そしてこの状況。無能力者同士のベルガー粒子が溜まる事により、能力者と同等のベルガー粒子が出来上がり、その溜まりが街全体に広がっている。
《対象が能力を使えば突出したベルガー粒子を発生する その時を見逃さない為に街全体を見渡せる建物の屋上で待機してはいるが 口惜しいな》
探知系の能力者は組織の中にも居る。ベルガー粒子を色彩で捉えて見える者も居れば、匂いで能力者を判別出来る者。しかしこれらの能力は1人に対象を絞った効果範囲の能力で、実際にその人物と接触しなければならないという制約がある。
その為、能力者と疑わしい人物を選定してから接触に図るという非効率的な方法を取り続けている。今回のターゲットにも同じ方法で接触を図ったが、途中で逃げれてしまった。これは良くある事でその後始末で駆り出される事も良くある事だ。
世界中が血眼で探している未確認の能力。接触を行わなくても能力者を識別する事が出来る非接触型探知系の能力者…つまりは完全なる探知系の能力者は世界中の国、機関、団体。勿論私達が所属している組織も探し続けているが未だに発見、報告はされていない。
《私達は探知系の能力はタブーだったからな やはり探知系の能力者を見つけないとコチラが後手に回るばかりだ》
もしそんな完全な能力者が居たなら【ユニゾン】を使っても良いと考える。【再現】を私達以外が使用する事は私達の能力を知られる事になり、私達の正体が世界中に知られるリスクに繋がる。
私達の能力と正体を知っているのはこの世で二人しか居ない。彼女が誰かに話したりするような人間では無い事を長年の付き合いで分かっているので心配はしていないが、出来るだけリスクを負いたくない。
それでも危険は承知で新しい能力を得る必要性がある。私達はこれ以上成長は出来ない。この制約がある限り変化し続けるこの世界に適応し切れない。
今の世界のあり方は私達の想定を超えている。このままでは平穏な世界を実現するという私達の目的が果たせない。
《ーーーどうしたものか》
世界の変化に翻弄されていると能力者の反応を探知する。
《下種め 動いたか》
能力者が能力を使用すると脳が活発に活動する影響でベルガー粒子も著しく反応を示し突出した粒子量を見せる。
ここから東に10km離れた場所で粒子が膨れる事を知覚する。
目的地を見極め、膝を曲げる。前傾姿勢のまま足全体を弛緩させて瞬間的に力を漲らせ足を開放した。それに比例してベルガー粒子が爆発的に膨れ上がる。
凄まじいエネルギーを生み出した跳躍は高層ビルの屋上の床面を砕き、死神は夜の空を跳ぶ。
初速で時速100kmの速度を出した跳躍は、遠く離れた建物の屋根まで死神を運ぶ。
着地の衝撃で建物が揺れる。窓ガラスは撓み再び屋根を砕く。
ここからは低い建物が続く為、跳躍は止めて走って向かう。
人のシルエットをした人影が闇に溶けるように揺らぐ。
風を切り裂く音に鳥たちが反応し空を埋めた。
人は何事かと空を見上げるが、何がが通った軌道しか見えない。
《奴め 勘付いたか》
ものの数分で目的地で辿り着いたが標的の姿は無く、有るのは被害者の死体のみ。
衣服は破られ首には扼殺の痕が見える。
《私達に気付いて持ち帰らなかったか》
今回の標的…ワタナベヨウジは夜な夜な女性を攫っては犯し、その様子を動画に収め人に売買する下種だ。
売買する相手は能力者の存在を知っている団体。富裕層の顧客に非合法の動画を売り飛ばしてる世界のゴミだ。
コイツらは平穏な世界には不必要な存在。必ず見つけ出し排除する。
被害に遭った女性に近づきその体に触れる。
そうする事で女性の数分前までの軌道を知覚しそこから標的の情報を捜し出す。
《大した情報は無かったな》
異形系の能力者は厄介だ。他の能力者に比べて五感が鋭く勘が良いとも言える。ベルガー粒子に対しての知覚も他の能力者より優れている。
私達の存在を知覚して逃亡を図った…という所か。
恐らくは無意識で反射的に行動したのだろうが、その判断は正しい。
被害女性を見る。
《能力の射程圏内だが この能力を使うと私達の能力を第三者に知られる可能性が生まれる》
揺らぐ人影は完全な形の人のシルエットに変わる。そしてスマホを取り出し組織に連絡した。
女性をこのまま放置するのは忍びないがこれ以上被害を出さない為、ここは組織の人間に任せる。死神はそのまま立ち去り人混みに消えた。
朝、組織から連絡が入る。対象が根城にしているビルの位置が判明したとの事。
早速そのビルに向かう。人混みを避け建物の上を跳びながら移動する。
ビルの周辺に到着するが、昨日知覚したベルガー粒子の形、周波数と色を確認出来ない。まだ戻って来ていないのだろうか。
私達はまた気付かれると面倒だと考え潜伏する事にした。
《昼間から人攫いはしないだろう 恐らく動画の売買で外に出てるか私達を警戒して遠回りで帰宅しているかどちらかだな》
太陽は真上まで昇り午後になるが対象は現れない。
《まさか私達に勘付いたか? もしそうならここに張ったのは間違いだったかもしれない》
世界最強と謳われる私達でも張り込み一つ出来ないとは時代に取り残されたのかも知れない。
様々な問題、アクシデントに対して決まった行動しか取れない私達では目的を果たせない?
《…認めざるを得ない 今の私達では平穏な世界を実現する目的に対して能力が不足している》
新しい能力、新しい知性、新しい価値観、新しい人格。
《私達も後継者を考えねばならない時が来たのかもしれない》
ここ最近考えたことを纏める。私達が更に能力を開拓するか後継者に託すかだ。能力を開拓するにも後継者を作るにも探知系の能力者の存在が不可欠だ。
《私達では探す事もままならない》
夕方まで考えに沈んでると対象を知覚する。
《ーーー来たか》
男はこちらに気付いていない様子で根城としている廃ビルに入っていく。
死神の右手には回転式拳銃が握られ、直ぐにでも撃てる状態のまま待機しつつ対象を知覚する。
《廃ビルなら人は対象だけしか居ない ここなら射程圏内だ》
銃口を対象に合わせる。軌道線は対象のベルガー粒子が1番濃い部分。即ち脳に合わせる。後は軌道を確定させるだけ。
死神は引き金を引こうとした。ーーーそこに新しい能力者のベルガー粒子を知覚する。
《組織の者か? いやこのベルガー粒子の波の色と形は知らない それに何だこの粒子量は》
明らかに突出した粒子量を持った能力者が近づいてくる。
《他国の刺客か?》
死神を殺そうと様々な能力者が挑んできたが全てが徒労と化して、最近では中々見る事が叶わない。
こちらの思惑とは裏腹に能力者は死神が居るビルを通り過ぎる。
《何者だ?この廃ビルに用があるのか 対象の仲間?》
観察を続けて分かった事はまだ幼さが残る女性で制服を着てることから学生か。そして動きから訓練を受けていない一般人だと判断する。
明らかにこの廃ビルを目指している。立ち止まってカバンを漁っている。
カッターを取り出した?彼女のα波β波が揺らぐ。
《まさか対象の殺害が目的か?対象がここに居ることは組織がやっとの思いで見つけたのだ 一般人がここの場所を知っているわけがない…まさか!》
私達は彼女と【ユニゾン】を行う事にした。【ユニゾン】は極々一部の限られた人にしか知られていない。その為、彼女が気付くという事はありえない。何故なら【ユニゾン】の経験も概念すら知らないからだ。
彼女と私達との間にパスが繋がる。
彼女から能力を引き出す。これは…正に私達が欲していた能力!
このベルガー粒子量と能力。私達は“後継者”というワードが浮かび上がる。
私達が長年探し求めていた非接触型探知系の能力者。
『見つけた』
ここまで読んでいただきありがとうございました。これで第一部?第一章?が終わります。
難産でした。ストーリーは頭の中にあるのですが文章に起こすのが大変な話でした。
前の話も難産で休日のストックは全部使い果たしました。助けて。
次から新しい章?部?が始まります。よろしこ。




