2話「いつかまた」
01
春を象徴したような少女と出会ってから一ヶ月、俺が抱いていたキャンパスライフは粉々に壊れていった。世界全体で発生した未知のウイルスのせいで、大学は感染を防ぐためにオンライン授業を導入した。
オンライン授業はその名前の通り、大学に行かずにパソコンやスマートフォンで講義を受けれるらしい。とても簡単になったことは大変素晴らしいが、俺たち一年はまず勝手がわからない。どの授業が単位が取りやすくて、誰先生が厳しいのかなんて知らない。そもそも一年生同士顔合わせすらしてないから、友達は全く出来ない。
(寂しさを埋めようと地元の友達に電話したけどみんな忙しそうだ。そりゃあこんな時期じゃなぁ……)
Twitterやインスタグラムなどを利用して友達作りに励みつつ、大学の講義を受けたが心は満たされなかった。講義を受けて一人で食事をしてテレビを見て後は寝る、そんな生活を繰り返しているうちに俺は自分がなにをしたかったのかわからなくなってきていた。精神的にも限界が迎えそうだったある日、たまたま息抜きで遊んだ「wappex」で面白いプレイヤーと遭遇した。
「wappex」はプレイステーション4で無料で遊べる対戦ゲームだ。三人一組で部隊を組み、最後の一部隊になるまで戦い続ける今大人気のゲーム。俺は偶然組んだドラグーンというプレイヤーと共に他プレイヤーと戦っていたが、何故だか彼とは初めて出会ったような感じはしなかった。息の合ったコンビネーションプレイで敵部隊をしらみ潰しに倒していく、ストレスしか感じられないゲームだと思っていたのにドラグーンと組んだだけで脳内の血が滾っていくのが感じられた。
(コイツ面白いな……フレンド登録送ってみるか)
サマーツリー、自分自身の名前である「夏樹」をもじったものだ。まさか本名を使ったユーザーネームだとは思うまい、最後の一部隊になったあと俺はフレンド登録をした。一週間、二週間ぐらい時間はかかると思っていたがたった一時間で申請が許可された。
それからというものの、俺は単位に支障が出ないようにしながら「wappex」をプレイし続けた。もちろんドラグーンと共にコンビを組んで敵部隊を蹂躙していった。
『今日もランクマッチでポイント沢山取れたな』
自分と同じ実力があるプレイヤーと戦うランクマッチで俺たちは百ポイント以上も荒稼ぎした。今日もお互いの戦績を称えるためにドラグーンに個人チャットを送る。
『この調子だと短期間で高ランクに行けるかもね』
『俺たちなら絶対できるよ!』
(余りにもドラグーンと息が合うな……あまり乗り気はしないけどリアルについて聞いてみようかな)
本来ならオンラインゲームでリアルのことを聞き出すのはご法度だ。だが、今は政府から緊急事態宣言が発令されたせいで誰とも会話をしていない。禁忌なのを理解しながらも俺はドラグーンに聞いてみることにした。
『ドラグーンってさ普段なにをしている人なの?』
チャットを送るとすぐに返信を返してくれていたドラグーンだったが、今回は五分も時間がかかった。
『……千草大学に通ってる大学生だよ』
『え、同じ大学じゃん! 学部は?』
つい学部まで聞いてしまったが、彼は普通に自己紹介をしてくれた。学年や本名までは言わなかったものの、俺は初めて出来た友達に喜んだ。ドラグーンの正体を知ってから彼の印象が大きく変化した、最初は力強いプレイから男らしい人かと考えていたのに自己紹介をされてからどうも俺に対する対応の仕方が女性にしか見えなかった。
(女性疑惑があるからって安易にリアルで繋がろうと考えるのはダメだ、警戒されてしまう。あくまで俺は話せる友達が欲しいだけ)
彼か彼女か、まだ確定的ではないがドラグーンは俺に千草大学について教えてくれた。千草大学の特徴的なサークル、単位が取りやすい講義までも教えてくれたことから上級生だと断定する。毎週同じゲームをプレイしてるおかげかいつの間にか、毎日チャットを送り合う仲になっていた。大学の講義でわからないところは彼から教わり、他愛のない話をして「wappex」を楽しんだ。
『オンライン授業になってから中々友達に会えなくてね〜困るよ』
『早く大学で友達作りたい、羨ましい』
『サマーくんなら直ぐに友達できるんじゃない? チャットから見ても凄く優しい子に見えるもん』
『優しいなんて言われたことないから嬉しいな、ありがとう!』
『その気持ちのまま大人になってほしいな。この街はみんな汚い人間ばかりだから、サマーくんは優しい人のままでいてほしい』
ドラグーンから何か違和感があるチャットが返ってきた。ドラグーンはリアルの生活で苦労しているのかと考えてしまった。
(彼もまた俺と同じように心に寂しさを抱えている人なんだろうか)
『何があったのかはわからないけど、ドラグーンもきっと良いことがあるよ』
今まで人を励ましたことがない俺は顔を真っ赤にしてしまった。恥ずかしいことを送ってしまったのかと思い、恋する少女のように彼からの返答を今か今かと待ち構えた。数分経ってからありがとうと当たり前のような言葉を貰えた時、俺は人として誰かの為になれたと思った。講義も終盤に差し掛かった七月、ドラグーンから衝撃の報告を受けた。
『実はね、私。サマーくんとは一度出会ったことあるんだよ』
(全く覚えがなかった。食料買い出し、銀行から親からの資金を引き出す以外誰とも会っていないのに)
『覚えてなくても仕方ないよね。四月、東京駅で変な男に絡まれてたのサマーくんが助けてくれたんだよ』
奥深くに眠っている春頃の記憶を叩き起こし、俺は思い出した。
『あの時笑っちゃったけど本当は感謝してたよ。だからねもし、この前代未聞な出来事が終わったらお礼させて』
衝撃的な事実に俺は戸惑った。ずっと男だと思った人が実は女の子で、自分が助けた子だと誰が思うのだろう。
(リアルでインターネットの人間と会うのは気が引ける、でも彼女は……今まで会った人の中で印象的な人だ。どことなく寂しそうな雰囲気があるのに笑う表情はとても優しかったのを覚えている)
『俺も貴方と会いたいです……!』
02
あれから一年、何事もなく大学に通えるようになった俺は一年前に彼女に言われた待ち合わせ場所に来ていた。まるで子供を抱擁する母のような存在である大きな桜の木の下に一人の女性がいることに気づく。風で桜が舞い散る中、長い髪を抑えながら彼女は俺に話しかける。
「初めまして、私は佐久間梨花。君に興味深々な人だよ」
春は出会いと別れの季節、ドラグーン改め佐久間さんとは長い付き合いになりそうな気がしてならなかった。