1話「運命の出会い」
この春、俺は三年間を過ごした高校を卒業した。入学をした当初、友達ができるか不安だったがたまたま同じ趣味を持った奴と同じクラスになれたことで高校生活を楽しく過ごせた。体育祭、文化祭、修学旅行ともう充分すぎるぐらいに青春を満喫した俺は来月から大学生になる。
春休み最終日、俺は東京に行く身支度を整えたあとに家族に一旦別れを告げて家を出た。家が近いときは足取りは重かったが、段々と駅が見えてくると早歩きに移行していった。
「まさかお前が東京の大学に行くとはなぁ……」
改札前で待ってくれた友達はこの春から社会人だ。
(色々と忙しいのに見送ってくれるのは有難いな)
「今度東京のお土産送ってやるよ」
「お土産より美人な子紹介してくれよ、田舎じゃまともな出会いないんだからさ!」
ガハハと高らかに笑う友人につられて俺も思わず笑ってしまう。もう少し談笑していたいと思っていたが、楽しい時間が終わりだと言わんばかりに電車がやってきてしまった。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
「おう、あっちに着いたら連絡くれよ」
ドラマや映画だったら男女関係なく感動の別れとなるかもしれない。
(でも少し寂しいのは内緒だ)
「おう、またな」
大きな身振りで手を振る友人に別れを告げ、俺は指定席に座った。窓を開けると桜の花びらが鼻につき、春を感じられた。電車から新幹線に乗り継ぎ、およそ三時間超で東京駅へとたどり着く。
「ひょえ〜……」
平日だというのに東京駅は歩くスペースが無いぐらい人で溢れていた。キャリーケースを引いて歩くのが申し訳ないぐらい、俺は四方八方から歩いてくる人を避け続けた。
(新居に向かう路線は確か……西口だったような)
先月の記憶を叩き起こし、駅構内をウロウロしていると男女の揉めている声が聞こえてきた。長身の男が小柄な少女の腕を掴み、無理やりどこかへ連れて行こうとしている最中に見える。
「いいから来いよ! くそ女!」
「……離してっ!」
誰が見ても明らかに放っておいたらいけない場面なのに通行人たちはごく当たり前のように通り過ぎていく。
(東京はこれが日常なのか……? 誰かが止めないとダメだろ!)
とは考えたものの、実際にトラブルに直面したら関わりたくないと考えるのが人間だ。だから見過ごせないのなら警察を呼ぶべきだと理性は叫ぶが、俺は歩くことを辞めなかった。
(……彼女の目に涙が浮かんでいた、それを無視したら人として終わりだ)
「いっってぇ!!」
俺はキャリーケースで男の足を踏み潰し、無理やり女の子の腕を掴んで走っていく。
「だ、大丈夫?」
息を切らしながら、同じように汗をかいている彼女に話しかける。
「……君、勇気があるんだね。あんな図体デカい相手に立ち向かうなんて。名前聞いていい?」
「俺は市川夏樹、この春から東京に上京したんだ。よろしく」
普通に答えただけなのに名前の知らない彼女は優しく微笑んだ。寂しそうな雰囲気があるのに彼女の笑う顔はとても可愛らしかった。
「ありがとう、でもねこんな街で勇気出したら痛い目に合うよ。次は気をつけて」
春は出会いと別れの季節、友人と別れてから数時間も経っていないのに春を象徴したような朗らかな少女に出会うとは思ってもいなかった。