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迷える魂に、ひとときの夢を  作者: 猫乃たま子
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6話 山田羊子⑥


「妹を救えなかった分君を救わなきゃと思った。医者になったきっかけは妹だからね。あのときの俺は子供でどうやったって救う事は出来なかったけど、大人になって勉強して医者になって自分がようやく救える立場になれたと思った。けど…………」


「五郎先生……」


「本当にごめん。羊子ちゃんを救ってあげられなかった」


 五郎先生の目から雫がこぼれ落ちた。


「謝らないで下さい。正直に言えばもっと生きたかったし、もっと普通の生活してみたかった。でもそれは五郎先生のせいとか誰のせいとかでもなく、今の段階ではしょうがないことだったのかなって思います。まあそれも死んでからしばらくたった今だからこそ言えることなんですけど……」


「ああ。本当にすまなかった」


「私も五郎先生に謝らなきゃいけないことがあります。約束破ってごめんなさい。私あきらめてしまいました。もうどうでもいいやって思って、五郎先生とのあきらめないって約束守れませんでした。それにあの日、最後の入院の時にプレゼントくれましたよね。それを突っ返したりしてごめんなさい。美希さんにも悪いことをしました。謝っといて下さい」


「羊子ちゃんは約束破ってなんかない!俺が力及ばず助けてあげられなかったんだ。それにプレゼントのことはこっちが勝手にしたことだったし美希も勝手なことして申し訳なかったと言っていた。俺が妹のように羊子ちゃんの話しをしていたから自分も姉のように思ったのかもしれない。美希は兄弟とかいなかったし俺の妹もなくなってるしな」


「ありがとうございます。改めて、五郎先生、美希さん、ご結婚おめでとうございます」


「おめでとうって前にも言ってもらったよ?」


「ごめんなさい。あの時のおめでとうは全然心が込もってなかったんです。でも今のは本当に二人に幸せになって欲しいと心を込めた言葉です」


「そっか、嬉しいよ……。ありがとう」


 二人の結婚を心の底から祝福したいと初めて思えた。自分でもびっくりだがおめでとうと言えたことで、心が軽くなった気がした。


 ちょうどその時、チリーン……チリーン……チリーン……と鈴の音が聞こえてきた。


「鈴……?」


「五郎先生、そろそろ本当にお別れです」


「えっ!どういうこと!?」


「もうすぐ夢から覚める時間なんです。本当に今までありがとうございました」


「まだ話したりないしそんな事言わないでくれ……」


「だめですよ五郎先生……だって私たちはただの医師と患者ですから」


 最後は泣かないと決めていた。どんなに下手な笑顔でも最後だけは笑ってお別れしたかった。死んでるのに目がジンジンとするような気がするなんて本当におかしいな。


「これから先も五郎先生が医師である限り、助けられる人とそうでない人がいるはずです。きっと亡くなった患者は私以外にもいましたよね?その人達と私は同じで、妹さんと私は違います。これから出会う妹さんと同じ病気だったり、亡くなった頃と同じ年だったり共通点のある患者はたくさん来ますよ。だからその時は妹ではなく患者として接して下さい」


 五郎先生のハッと見開いた目と目が合った。


「すまない……今度からは気をつけるよ」


「はい。そうしてください」


 自然と笑いが込み上げてくる。それにつられて五郎先生も声をあげて笑った。

 最後が笑顔で良かった。もう本当に思い残す事はないと思ったその時辺りがどんどん明るくなってきた。


「では五郎先生、元気でね」


「ありがとう……。本当に今までありがとう!」


「ありがとう!五郎先生」


 周りが真っ白に見えなくなるまで手を振った。頬を伝う何かに気がつかないふりをしながら。





「お帰りなさいませ。いかがでしたか」


「ありがとうございました。会えて良かったです」


「五郎先生には言いたいことを言えましたか?」


「はい。二人を祝福する気なんてなかったけど、本心からのおめでとうが言えました」


「それは良かったです。お顔も最初より明るくなって素敵ですよ」


「ありがとうございます……。死んでから、いや死ぬ前からもこんな晴れやかな気持ちになったことはありません。言いたいことを言うって気持ちいいですね。ずっと燻っていた気持ちが完全に消えました。でも改めて五郎先生は先生としても特別だったなってわかりました」


「特別ですか?」


「はい。私がここまで治療を頑張れたのは五郎先生のおかげです。つらい治療もあったけど全力でサポートしてくれました。本当に良い先生に出会えて良かったです。もう思い残すことはありません」


「では、最後の決断は決まりましたか?」


「はい。転生します」


「かしこまりました。ではこちらの前へどうぞ」


 金の襖の前に立つとゆっくりと襖が開いて、中に襖の幅よりも大きな階段が見えてきた。


「大きいですね」


「そうですね。皆さま同じような感想を言います。では最後の確認です。あなたはこの階段を上り転生しますか」


「はい、上ります」


「かしこまりました。では山田羊子様の次の人生の幸せを心より願っております。いってらっしゃいませ」


「ありがとう」


 一段一段ゆっくりと上る。


 今までの人生を振り返りながら一歩、また一歩と登って行く。


 後ろなんか振り返らず上だけを見つめて。


 10段ほど先からもやがかかったように先の見えない階段だけど不思議と怖くはない。


 その階段を私はゆっくりと一歩、また一歩と上って行くのだ。


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