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迷える魂に、ひとときの夢を  作者: 猫乃たま子
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1話 山田羊子①

 気がつけば戻ってきてしまうあの場所に、今日もいる。

 もうそこにいる必要もないのに。

 何度自分の人生を振り返ったかわからない――――――



 私の名前は、山田羊子やまだようこ。享年21歳でこの世を去った。

  小さい頃から心臓を患っていて入退院を繰り返していた。


 小学校の頃は病状もだいぶ落ち着いていたから学校に通える期間も長かったけれど、激しい運動はもちろんちょっと走ることすら出来ない。そのためみんなのやっていることについていけず、さらに引っ込み思案な性格もあってなかなか馴染めなかった。


 そんな私の唯一の楽しみが読書で文字を覚えてからは本さえあれば大丈夫な子供だったから、図書室が充実していた学校には行ける日は休まずに通うことができた。卒業する頃には図書室にある本を制覇するくらいになるほどの読書家となっていた。

 中学でも図書室通いは止めず、高校に上がっても体調は相変わらずで、通信制の学校に通うことにして図書室通いは無くなったが相変わらず読書はしていた。他の人より1年遅れてなんとか卒業出来たが、そんな学生生活で友人ができる訳もなく、私の死を悲しんでくれる人は家族だけ。


 でも1人だけ悲しんで欲しいと思う人がいた。

 それは私の、世界で一番好きな人……。





 五郎先生と初めて会ったのは私が高校に上がったばかりの頃だった。

 新人医師として紹介された彼の名前は森五郎もりごろう。身長が180㎝以上ありがっちりした体型で威圧感があるが、天然パーマのくりくりとした髪に笑顔がとても可愛い男の人だった。


「初めまして!森五郎です。熊みたいな見た目だろう?だから、森の熊五郎もりのくまごろうって覚えてね」


「よろしく……お願いします……」


 五郎先生はとても気さくな人で、病状が少し悪くなったため入院となった期間中に、色々と楽しい話を聞かせてくれた。最初はあまり続かなかった会話もだんだんと続くようになり、五郎先生も読書家らしくとても気があった。

 今まで家族や女性の看護師さんとしかちゃんとした会話をしたことが無かったので、五郎先生と話す時間は私にとって特別で、だんだんと恋心を持つようになっていた。


 体調を気遣いながらだが叔母がやっているカフェでアルバイトとして働かせてもらうようになり、その話をしたら退院してから本当にお店に来てくれた。五郎先生は本当に優しい人で、その後もお店にちょくちょく来てくれるようになり、今思えばその頃が一番幸せだったように思う。

 私が20歳になりお酒が飲めるようになって、初めてご飯に誘われた。嬉しくて駆け回りたくなるくらい心も体もふわふわとして、その日は待ち合わせの時間が気になり何度も時計を確認してしまった。

 待ち合わせたお店に入ると、彼の隣に一人の女の人が座っていた。


「羊子ちゃん、20歳のお誕生日おめでとう!」


「ありがとうございます……」


「こちら佐藤美希さとうみき。俺の婚約者なんだけど、羊子ちゃんの話をしてたら会ってみたいって言うから今日は連れてきたんだ」


「初めまして。いつも彼から話を聞いてます。今日は突然ごめんなさいね」


「初めまして……。いつも五郎先生にはお世話になっています。……っもう!五郎先生も言ってくれればいいのに……!こんな綺麗な婚約者さんがいたなんて、先生にはもったいないですね!」


 あのときの私はちゃんと笑えてただろうか。

 今でもあの日のことは忘れない。


  五郎先生には私と同い年の妹がいたらしい。その子を小さいときに病気で亡くして、医者になって初めて診た患者が私だったから妹と重ねて見ていたとその日初めて聞いた。

 先生の恋愛対象じゃなかったのはわかりきっていたから驚きと少しのショックはあったけれど、それ以上に私を私として見ていなかった事がとても悲しかった。


 あの日以来病院やカフェでなるべく五郎先生と会話をしないようにして、この恋心の灯火を消そうと頑張っていた。

 半年後二人は結婚式挙げた。式に誘われたが、今の二人を見てもつらいだけなので適当な理由をつけて欠席した。

 それから3ヶ月後、私は大きな発作を起こした。次に発作が起きたらどうなるかわからないと先生に言われ、心臓移植をしないとだめだと告げられてから、最後の入院生活の始まり。結局ドナーが間に合わず発作を起こして亡くなってしまったのだ。


 私には兄弟はいなかったけれど、両親や祖父母、それに叔母もみんながよくしてくれてこの家族の一員になれて良かったと本当に思う。

 五郎先生はとても優しくしてくれて、私に最初で最後の恋心を教えてくれて、本当に感謝している。

 だから私はこのままあの世に行くと思っていた。


 なのにどうしてか戻ってきてしまう。

 あの日の、最後の病室に……。


 毎回家族のところや他のところにに行っていたはずなのに、いつの間にかこの部屋にいる。

 一人部屋でベッドの脇には窓がある。そこから見える景色は木々ばかりで、当時は冬だったために葉も花もついてないただの木だけだった。調子のいい時はベッドを起こして外を見たり、本を読んだりしたがほとんど横になっていただけ。そんな病室になぜ来てしまうのだろう。

 そんなことを考えながら部屋を見渡すが、今この部屋には高齢の女性が入院している。寝ている彼女のベッド脇に置いてある鏡がなぜか光って見えた。夜中なので太陽が反射しているとかでもなく光るそれが、妙に気になり鏡へと近づいてみた。

 すると一瞬強い光に変わり、目の前が真っ白になり目をつぶった。


  光が収まりゆっくりと目を開けたとき、見たこともない部屋に私はいた。




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