絵井と微居の過去話(後編)
次の日。
ドカッ! ズザーッ!
激しい痛みが背中に走る。
いきなり背後から蹴られた僕は、訳も分からず地面に這いつくばる。
「なんでお前が、公園にいるんだっつうの!」
振り返って見ると、そこには僕を目の敵にしている3人のクラスメイトの姿が。
昨日、微居と約束したとおり、僕が公園のブランコに座って待っていたところ、いつも僕をいじめている奴らに見つかってしまった。
「ここは俺たちの縄張りだ! お前みたいな『妖怪野郎』がいて良い場所じゃねえっつうの!」
『そうだ! そうだー!』
ボス格のゴリラ顔に追随するように、キツネ顔と帽子をかぶった平凡な顔のクラスメイトが腰巾着のように囃し立てる。
ゴリラ顔は僕の顔に唾を吐きかけると。
「俺は、人様のデリケートな秘密を暴露すような卑怯者は目障りだっつうの! 消えろっつうの!」
まるで自分こそが正義と言わんばかりの口ぶり。僕はかけられた唾を袖でぬぐって立ち上がり。
「なにが、デリケートな秘密だよ……。女の子の笛をペロペロ舐めるために盗むなんて最低の行為じゃないか! そんなのバラされて当然だよ!」
「ああぁ!?」
数ヶ月前、僕のクラスの女の子の縦笛が盗まれる事件が起こった。
泣きじゃくる女の子を助けようと思った僕は、人の感情を聞く能力でこの嘘つきゴリラとその一味が犯人だと突き止めた。
だけど、その代償として僕の能力を知られてしまい、さらには逆恨みした奴らから『妖怪』呼ばわりされて、報復を受けるようになった。
そして、奴らを恐れるクラスメイトたちは僕を避けるようになり、僕は孤立無援となってしまったんだ。
「んだとおっ! もう、ガマンならねえ! お前ら、こいつを押さえつけろっつうの!」
「へい!」
僕は逃げようとしたが取り囲まれて、子分たちから羽交い締めにされてしまう。
「へっへっへっ、ここは学校じゃねえからな、思う存分ギッタギタのメッタメタにしてやるっつうの!」
僕をサンドバックにするべく、ゴリラ少年は拳を握ってにじり寄って来た。
すると。
ドゴドゴドゴォッ!
『ぎゃあああああっ!』
悲鳴と共に倒れる、いじめっ子たち。
「1人相手に3人がかりか? きったねー奴らだな……」
ぽーん、ぽーんと片手で岩を放り上げながら、颯爽と現れたのは黒髪の少年。
「うぐぐぐ……。お前は、誰だっつうの!?」
「お前らに名乗る名前など無い」
「何だとお! スカしやがって!」
「名字は微居だ」
別にスカしてる訳ではなく、本当に名乗る名前が無いらしい。僕もそうだけど。
「くそっ! こいつをギッタギタにしちまえっつうの!」
「へいっ!」
一斉に微居に襲いかかるいじめっ子たち。だが、彼は抜く手も見えぬスピードで、早打ちガンマンのように岩を投げつける。
ドカドカドカッ!
『ぎゃあああああっ!』
「ジャイ◯ンみたいなモブと、ス◯夫みたいなモブと、例えようのないモブのくせに俺に勝てると思ったか」
「い……、岩を投げるなんて卑怯だっつうの!」
「それをお前らが言うのか?」
子分たちはすでにノビてしまい、ゴリラ顔の少年は腰を抜かしながら非難の声を上げる。
「ま、待ってくれ! 俺たちがこいつをいじめていたのは訳があって……」
「! 言うなっ!」
「こいつは、人の心の中を覗きやがる『妖怪』みたいな奴なんだっつうの!」
それを聞いて、驚いた顔を見せる微居。おそらく、僕の事を気持ち悪いと思っているに違いない。
せっかく仲良くなったのに……。絶対に知られたくなかったのに……。
「そうか……。だから、かくれんぼで俺がどこに隠れててもすぐに見つかってたのか……?」
「ち、違うっ!」
「だろっ? 気味が悪いだろっ? だから、俺たちは全然悪くないっつうの!」
微居は肩をぷるぷる震わせて、オーバースローのフォームで大きく岩を振りかぶる。きっと、僕に投げつけようとしているのだろう。
僕は次に来るだろう衝撃に備えて、ぎゅっと固く目をつぶる。
ドゴォッ!
だけど、微居の岩が直撃したのは、ゴリラ顔のクラスメイトの方だった。
「ぎゃあああああっ!?」
「いじめる方が悪いに決まってんだろうが! いじめを正当化すんじゃねえ!」
微居はパーカーの裾を広げると、『ゴトッ!』と大きな岩を取り出して、頭の上に抱え上げる。
「もういい……。お前みたいな悪者は生かしちゃおけねえ。今すぐここで死ね」
「うわあああああ!」
「ダメだよ、微居くん!」
大岩をいじめっ子に叩き付けようとする微居を、僕は思わず引き止める。
「何でだ? お前、こいつらにいじめられてたんだろ。なぜかばう?」
「いや、それにしたって殺すのはさすがに……」
「俺は『カッコいいヒーロー』になる事を目指しているんだ」
「へえ、そうなんだね」
「だから、悪い奴はぶっ殺す!」
「だから、殺しちゃダメだって!」
僕は、人殺しをしたら警察に捕まる事などをとくと説明し、ヒーローが刑務所に行くのはカッコ良くないと納得した微居は岩を下ろす。
『助けてくれえええええっ!』
いじめっ子たちは涙と鼻水とおもらしをしながら、ほうほうの体で逃げ出した。
「ふん、たわいもねえ」
居丈高に言い放つ微居を、僕はむちゃくちゃな奴だなと思いつつ。
「助けてくれて、ありがとう……」
「気にすんな、困った奴を助けるのはヒーローの務めだ。ところでお前、本当に人の心が読めるのか?」
「いや、正確には僕は人より耳が良くって、心音とかで嘘か本当かがなんとなく分かるだけで……」
「そうか。じゃあ、お前の前でウソはつけねーな」
そう言って、微居はニカッと笑う。
「あの……、微居くんは僕の事が気持ち悪くないの……?」
「逆に聞くが、俺が岩としゃべってるのを見てどう思った?」
「えっ……? 変わってるなあとは思ったけど、僕と似たような奴なのかなと」
「俺も一緒さ。実は俺が岩と喋ってると、周りが気味悪がって誰も寄り付いて来ねーんだ。だから、俺と友達になってくれるとありがたいんだが……」
「……うん!」
僕は、久しぶりに聞いた『友達』という呼び名に感激しながら、微居が差し出す手を握り返す。
「でも、いきなり人に岩を投げるのは良くないよ?」
「分かった。今度からはちゃんと『必殺技名』を叫んでからにする」
「だから、投げるなって言ってんの」
こうして、僕たちは友達になった。
微居は僕が通う学校に転入して来たので、いつも2人でつるむようになり、当然いじめもなくなった。
2人でいると周りの見方も変わるのか、近付いて来る人もだんだんと増えていった。
僕は、微居にとても感謝している。
でも、こいつは危なっかしい奴だから、暴走しないようにいつも見守ってないといけない。
だから、僕は音を聞く能力で、『ゴトッ』という音だけは絶対に聞き逃さないようにしているって訳。
*
「うううううー、とっても良いお話ですー!」
ジュエルは絵井と微居のエピソードを聞いて、涙を流す。
「とってもエモいですー、これだけでご飯6杯はいけそうです」
「そこまで?」
ジュエルはぐしぐしと涙をぬぐって、ティッシュで鼻をちーんとかむと。
「絵井さんと微居さんの関係性って素敵です。やっぱり幼なじみって、素晴らしいです……」
「いや、俺たちは幼なじみじゃないよ? そんな付き合いが長い訳でもないし」
「いいえ、今はそうでも大人になったら、小学校からの付き合いなら幼なじみと言って差し支えなくなると思います」
そういうもんなの? と、絵井は首をひねりながら呟く。
「まあ、今でこそあいつはあんな感じだけど、微居は元来ヒーロー気質の奴なんだ。戦闘能力も高いし、個性も濃いからモブキャラにしとくにはもったいないくらいの」
しかし、絵井は沈んだ表情でうつむきながら。
「だから正直、俺みたいなモブの中のモブじゃ、あいつの『相棒』は務まらないんじゃないかって思う時がある。俺が足を引っ張ってるせいで、あいつは主人公キャラになれないんじゃないかって……」
すると、ジュエルは絵井とおでこがくっつきそうなくらいに、ずいっと顔を近づける。
「えっ……? ジュエルちゃん? 何?」
「絵井さん、自分のことをそんなモブキャラとか言っちゃダメです。自分の人生は自分が主人公なんですから」
「……ごめん。ジュエルちゃん、顔が近い」
「あ、ごめんなさいです」
ジュエルは、ぴょんと飛びのきつつ話を続ける。
「たとえば、何のへんてつもない石ころだって、見る人が見ればとっても価値があるものだったりするのです。そして、わたしから見たら絵井さんはとっても価値がある人だと思うのです」
これはある人からの受け売りですけどね。と、ジュエルはクスッと笑う。
「ですから、絵井さんはもっと自信を持ってくださいね」
「……ありがとう、ジュエルちゃん。元気が出たよ」
「えへへ、どういたしましてです」
かわいいだけでなく、落ち込んだ人に寄り添った優しい言葉をかける事ができる。しかも石になぞらえて。
絵井はジュエルの事を、本当に良い娘だと思う。
「……ジュエルちゃんに、お願いしたい事があるんだけど」
「えっ? 急にどうしたんです?」
「微居の側にいることができるのは俺しかいないと思ってたけど、俺は岩の事は全く詳しくないから、ジュエルちゃんの方がふさわしいと思うんだ。だから、あいつの事を頼まれてくれないか?」
「? えっと、それはどういう……」
『おーい、これを見てくれ。すげー良い岩が3つも見つかったぞ』
そこへ微居がひょっこりと、大ぶりの岩3個をお手玉しながらご機嫌に帰って来た。
「……どうした、お前ら? そんな変な物を見るような顔して」
「ね? こういう奴なんだよ」
「さすが、微居さんです」
「どういう意味だよ」
生ぬるい笑顔を見せる絵井とジュエルに、微居は怪訝な顔をする。
微居が戻って来たところで、ジュエルはすっと立ち上がり。
「では、わたしも『お花つみ』に行ってきます」
「……ウ◯コか?」
「オシッコです!」
「デリカシーないなあ」
そそくさと場を離れるジュエルを、前髪で隠れて分かりにくいが微居は優しい目で見送り、そしてぐっと表情を引き締める。
いつもとは違う微居の様子に。
「どうした、微居?」
「……絵井、俺は決めたぞ」
「何を?」
絵井の問いに微居は、彼が今まで見せた事の無いような真剣な顔で答えた。
「……シャンカラ・ストーンを無事に手に入れる事ができたら、俺はあいつに告白する」