絵井と微居の過去話(前編)
腹が減っては戦はできぬ。
絵井はリュックから黄色くて小さい箱を2個取り出し、中の袋を開けて並べる。
カロリーメ◯トの、フルーツ味とチョコレート味である。
「2本ずつで全部で4本あるから、好きな味を1本選んでいいよ」
そんじゃあと微居はフルーツ味に手を伸ばすが、絵井にペシッとはたかれる。
「ジュエルちゃんに言ってんの。レディファーストだろ」
「……ちっ」
「わーいです。ありがとうございます」
ジュエルは迷わずフルーツ味を手にする。
やれやれ、と微居は残り1本の黄色いスティックに手を出そうとするが、ガシッと絵井に腕を掴まれる。
「待った、俺もフルーツ味がいい」
「……だったら、それの4本入りを買ってくれば良かったじゃねーか」
「しょうがないだろ、フルーツ味は2本入りの1箱しか残って無かったんだから」
絵井と微居はフルーツ味のカロリ◯メイトを賭けて、ここにじゃんけんで雌雄を決する。
『最初はグーッ! じゃんけんポイッッ!!』
ポイッ……、ポイッ……と洞窟内にこだまする。
絵井がパー、微居がグーで、絵井の勝ち。
微居は自らの拳を見つめて顔をしかめる。
「……なんか、じゃんけんでお前に勝ったためしが無いんだが?」
「そうか? 気のせいじゃない?」
絵井はさっさとフルーツ味を取り、微居はしぶしぶチョコレート味をつかむ。
ジュエルはそんな微居を見かねてか、自分のスティックをポキッと折って。
「あの、微居さん? そんなにフルーツの方がお好きでしたら、半分さしあげましょうか?」
「……いいのか?」
「はいです。カップラーメンのお礼です。あーん」
ジュエルは、フルーツ味を片手に微居に迫る。
微居は思わず親友の顔を見るが、彼は我関せずとばかりにそっぽを向いている。
気恥ずかしさを感じつつも、微居は差し出されたそれをパクっとくわえる。
「美味しいです?」
「…………うまい」
「それは良かったです。では、わたしにも微居さんのを半分ください。あーん」
あろうことか今度はジュエルが目をつぶり、口を開いてあーんをねだる。
その無防備な姿に微居は戸惑うが、茶色いスティックを彼女の口に近づけると、ジュエルはそれをサクッとほおばり。
「んふふー。おいひいれす」
頬に手を当てて、嬉しそうにニコニコと微笑む。
まるで、恋人同士のようなやりとり。
図らずも自らが忌み嫌うリア充行動をしてしまい、慣れない感情に微居は激しいめまいを覚えた。
「……悪い、ちょっと外の風に当たってくる」
「ここは洞窟の中だぞ?」
「微居さん、どうかされました?」
天使か小悪魔か、それとも天然か? ジュエルはきょとんとした顔で、ふらふらと場を離れる微居を見送る。
シーンと、静まりかえる洞窟内。
「ジュエルちゃん、1本残ったから食べる?」
「わーいです。いただきます」
ジュエルは残ったチョコレート味のカロリーメイトを受けとると、サクサクッと食べてしまう。
この娘は本当に良く食べるなあと、絵井は思う。
「微居さんは大丈夫なのでしょうか……」
「まあ、色んな事がありすぎて頭がショートしただけだから、たぶんすぐ戻るよ」
「あの……、微居さんってどんな人です?」
ジュエルの質問に、おや? と絵井は思わず食い気味に聞き返す。
「ジュエルちゃん、もしかして微居に興味あるの?」
「え……? あ、いや、微居さんって面白い方だなって思って」
あわてたようにパタパタと手を振るジュエルを、絵井は不思議に思い。
「あいつは初対面の人には無愛想とか冷たそうとか、怒ってる? って言われる方が多いんだけどね」
「えっ、そうなんです? 微居さんはツンデレなだけで、とっても優しい方なのに」
ジュエルは疑う事を知らないような瞳でそう答える。
「へえ……? あいつは口も悪いから誤解されがちだけど、良く分かったね」
「いえ、わたしは地質学者である父から、『学者たるもの表面だけをなぞらず、本質を見抜く目を持ちなさい』と言われてますので」
出会って間も無いのに微居の事を良く理解している、ジュエルに絵井は深く感じ入る。
「うーん、微居がどんな奴か……、一言で言うと『キョウケン』かな?」
「えっ、『狂犬』!? 微居さんって、危ない人です?」
「あ、いやいや、肩が強い方の『強肩』」
「あー、そっちの」
「それから、リア充カップルがいたら岩を投げようとする」
「やっばり、危ない人です?」
「あと、初めてあいつに会った時、あいつは岩に話しかけてたな」
「それは理解できます」
「そこは『危ない人です?』じゃないんだ」
絵井は、昔を懐かしむように目を細め。
「微居は見た目あんな感じだけど、一本気で本当に良い奴だよ。俺は昔あいつに助けられた事があってね……」
*
僕は昔から、人より良く聞こえる耳を持っていた。
いや、聞こえすぎると言った方が良いかもしれない。
遠くで聞こえる小さな音だけではなく、心臓の音、動作の音、人が音として発する感情を、僕はなんとなくそれを聞き分ける事ができてしまう。
たとえば、喜び、怒り、悲しみ、焦り。そして、嘘か本音かどうかなど。
一聞すると便利な能力のように思えるけど、逆の立場からすると、自分の心を読むことが出来る人間が近くにいると考えたらどうだろうか?
ひょんな事から、その能力の事をクラスメイトに知られてしまった僕は、気味悪がられて周りから人が離れ、さらには僕を露骨に迫害する者も現れる。
こうして僕は一人ぼっちになり、小学4年生の時期は地獄のような毎日を過ごしていた。
そんな時だった、僕があいつと出会ったのは。
「お前は白くて美しい肌をしているな、磨けば光る逸材だ。どうだ? 悪いようにしないから俺と一緒に来ないか? ……そうか! 俺について来るというのか。ならば、お前の魅力は俺が全て引き出してやるぞ!」
「君……、何やってんの?」
そいつは、公園に転がっていたバレーボールぐらいの白い岩を担ぎ上げ、アイドルのスカウトマンが言いそうな事をつぶやいていた。
「……なんだ、お前は?」
「それはこっちのセリフだよ」
普通なら頭を疑うようなシチュエーション。
でも、僕にはすぐに分かった。こいつは僕と一緒で特異な奴なのだと。
「僕は絵井。君は?」
「俺は『岩を呼ぶ男』の微居。岩を愛し、岩に愛され、岩と会話が出来るんだ。よろしくな!」
「よ、よろしく……?」
瞳をキラキラ輝かせた黒髪の少年は、快活に僕に語る。
前言撤回。こいつは僕と違ってだいぶヤバいやつだ。
それにしても、『岩を呼ぶ男』って(笑)。しかも、岩と話が出来るって?
話せば、微居は最近肘川に引っ越して来たらしい。
話せば話すほど、変な奴だったけど。
「お前、近所の奴か? 今から一緒に遊ぼうぜ!」
「えっ? う、うん。いいよ……」
微居に押される形で、僕たちは『かくれんぼ』をして遊ぶ。
「お前、すげーな! 俺がどこに隠れてもすぐに見つけるんだもんな。なんか、最初から俺の居場所が分かってるみてーだな?」
「い、いや、そんな事はないよ……」
本当は彼が息を潜めている時の心音や衣擦れの音なんかで、隠れてる場所が分かってしまうんだけど。
「もう、こんな時間か。今日は楽しかったぞ。また、明日も俺と遊んでくれないか?」
「う、うん……」
「本当か? じゃあ、今日と同じくらいの時間で、また明日な!」
「……うん、またね」
微居は白い岩を肩にかついで、夕日に向かって去って行く。
岩と話をする、変なやつ。
だけど、『ラノベやマンガに出てくる主人公みたいな奴』というのが、僕が微居に持った最初の印象だった。