『救国の光』
「こんなに深い穴が……、わたしはこんな所に乗ってたんです……?」
殺戮サイボーグが消えた跡、ジュエルはゾッとしながら底の見えない虚空を見つめる。
しばし、無言で佇む3人。
「うーん……、結局、あいつは何だったんだろう?」
絵井は地面に空いた黒穴を眺めながら、首をひねる。
暴れるだけ暴れただけで退場してしまったので、『メタルマン』が何者かは分からずじまいで終わったが。
「ジュエルちゃん、君はあいつの事を知ってるんじゃないのか?」
絵井の問いかけに、ジュエルは沈んだ表情を見せ、重い口を開いた。
「あいつは……、悪の組織『救国の光』が造り出した改造人間です」
「『救国の光』……だって?」
救国の光――――
絵井の認識では、『日本を救う』を題目として立ち上げられた宗教団体にして、国家転覆を狙うテロ組織。
現政府から政権を奪うべく、ハイジャック事件や爆破未遂事件を起こし、国民を恐怖に陥れた反社会的勢力である。
しかしその後、軒並み全ての幹部が逮捕されたため、その実態はもうほとんど残っていないとニュースなどで報じられていたが……。
「話では、残党の一部と教団が抱えていた科学者が秘密裏に、あの殺戮サイボーグを造り上げたそうです。そして、残党たちは世界を統べる力を得る事ができる、シャンカラ・ストーンを集めて教団を復活させ、世界を征服しようと企んでいます」
「な……、なんだってー!(MMR)」
まるで、ド◯ゴンボールでレッドリボン軍の科学者ドクター・ゲロが人造人間を開発したのと同じシチュエーション。
そして、マンガやアニメなどでしか聞いたことが無いような『世界征服』というパワーワード。
次々と起こる不可思議な事に、一モブキャラの絵井はただただ驚くことしかできない。
「実は、わたしは2週間前、インドでシャンカラ・ストーンを探していた時にあの『メタルマン』と遭遇し、せっかく見つけた秘石を奪われてしまったのです……」
「そうか……。じゃあ、君が隠していたのはあいつの事だったんだね」
「ごめんなさいです!」
ピンクのエビ編みをぷらんと垂らして、ジュエルは頭を下げる。
「あいつに見つかる前に、肘川のシャンカラ・ストーンを探し出せば、お二人を危険な目に合わせる事もないと思ってたのですが、考えが甘かったです……。本当にごめんなさいです……」
「あ、いや、君が俺たちを騙そうとしていた訳じゃなかったのが分かって良かったよ、うん」
ジュエルにうるうる瞳で謝られ、絵井はどぎまぎする。
「ほら、もう乗りかかった船だし、ジュエルちゃんとはすっかり仲良くなったし、俺はこのまま冒険を続けようと思うけど、なあ微居?」
微居も意見を同じくすると思い、絵井は親友に話を振るが。
「うおおおおおーーーんっ!」
いきなり微居が大声で泣き出し、絵井とジュエルはビクッとする。
「鍾乳洞がーっ! 鍾乳洞がぁーーーっ!!」
メタルマンの破壊行為によって氷柱も石筍も崩れ落ち、見るも無惨な姿となった鍾乳洞を前にへたり込む微居。
おんおんとむせび泣く彼に。
「あのな微居、救国の光の事だけど……」
「そんなもん知るかっ! 鍾乳洞ぉぉぉぉぉーっ!」
世界征服を企む悪の組織をそんなもん呼ばわりする岩マニアに、絵井は肩をすくめてジュエルを見るが。
「うううううーーーっ!」
「えっ!?」
なんと、彼女までぼろぼろと大粒の涙を落としてもらい泣きをしている。
ジュエルは微居の前でひざまづくと、彼の頭をぎゅっと胸の中に抱きしめた。
『!!』
「わたしは微居さんのお気持ちは痛いほど分かるのです……。時を経ること幾星霜、ようやくここまで育った鍾乳石がこんな事になるなんて……」
ジュエルはよしよしと、微居の黒髪を撫でながら。
「でも、大丈夫です……。もう、わたしたちが見ることはかないませんが、また一万年の時が経てば鍾乳洞は元の姿に戻りますから……」
モブキャラの微居は、当然女性に抱きしめられた経験など無く、固まったまま動く事ができない。
そんな彼らを驚きの表情で見守る絵井。
そのまま、しばらくの時が過ぎる。
すると。
「えっ……、これは?」
『!!』
ぱあっと洞窟内が白く輝き、まるでジュエルの願いを聞き届けたかのように、つららのような鍾乳石と地面からの石筍が、みるみる内に育っていく。
さらには天井と地面に空けられた大穴もゆっくりと閉じていき、鍾乳洞は3人が訪れた時の姿へと復元した。
「鍾乳洞が『治った』です……」
「……」
その様子を抱き合ったまま見ていた微居とジュエルだったが。
「……悪い、頭を離してくれないか」
「あ……、ごめんなさいです! つい、弟にしているみたいにしちゃって……」
「いや、断崖絶壁なんて言って悪かった。ちょっとはあった」
「え?」
微居は立ち上がって、氷柱のように垂れ下がった鍾乳石を優しく撫でる。
「これも、シャンカラ・ストーンの力なのか?」
「おそらく……、秘石にはケガを癒す力があるので、その一端だと思います」
「そうか……、なら急がないといけねーな」
そう言って、微居は前を向く。
「さっきの、『メタルマン』って言ったか? おそらく、奴はまた来るぞ」
『!』
「まだ奴は全然本気を出した様子じゃねえ。それに、あれでくたばるようなタマとは到底思えねえ。シャンカラ・ストーンはたった1つでもこれだけのパワーを持ってるんだ、あんな奴に渡すわけにはいかないからな」
「微居さん!」
先へ進もうとする微居の背中に、ジュエルは呼び掛ける。
「さっき、初めてわたしの事を『ジュエル』と呼んでくれましたです?」
「……呼び捨ては嫌だったか?」
「いえ! 仲間って認めてもらえたみたいで、嬉しかったです」
「……そうか」
微居とジュエルは仲良く連れだって、鍾乳洞エリアを後にする。
絵井は2人の様子を眺めながら、その後を少し遅れてついていく。
「微居のやつ……、平静をよそおっているけど、心臓の音がバクバクだな」
すました顔をしている微居を相手に、楽しそうに話しかけるジュエルを見て、絵井は少し複雑そうに一人ごちる。
「微居の趣味に付き合える、女の子か……」
*
「……で、なんでお前はすぐスイッチみたいなものを押すんだ?」
「うわーっ、天井に潰されるーっ!!」
「申し訳ないですー!」
いきなり、冒険モノで良くある大ピンチ!
うっかりジュエルが床のスイッチを踏んでしまい、天井の岩壁が降りてくる。
潰されまいと天井を支える3人だったが、長い時間は持ちそうに無い。
「……絵井、ジュエル、一瞬だけ2人で支えていてくれ」
「えーっ! わたしたちだけじゃ、無理ですー!」
「分かった、一瞬だけだぞ!」
「えっ!?」
絵井とジュエルは微居を信じて、ふんがーっ! と天井に力を込める。
そのスキに、微居はゴトゴトッと服から3個の岩を取り出すと、すぐさま積み上げて床と天井の間に挟み込む!
「今だ、走れ!」
微居の合図で、絵井もジュエルもダッシュで脱出を図る。
岩のおかげで天井が沈むスピードが少しだけ落ちたが、それもつかの間、ゴリゴリッ! と激しい音を立てて潰れていく。
天井がガクンと低くなり、3人はスライディングで滑り抜けようとしたが。
「きゃあああああーーーっ!」
ジュエルだけは滑る距離が足りず、その上半身を岩壁が挟み込む!
「「おりゃあああーーーっ!!」」
先に脱出した絵井と微居は、とっさにジュエルの両足を掴んで、グイッと彼女を引きずり出す!
ズズーン……ッ!
ついに天井は地面まで到達したが、3人はギリギリながら吊り天井のような罠から脱出することができた。
「はあ……、はあ……、助けていただいて、ありがとうございます……」
仰向けになったままジュエルは2人にお礼を言うが、絵井も微居もなぜかそっぽを向いている。
「あの……、どうかされました?」
「いや、ジュエルちゃんのが色々見えちゃってるから、その……」
「えっ?」
絵井に言われて見ると、ジュエルの上着は引きずられた時の拍子でぺろんとめくれ上がり、かわいらしいおへそとブラジャーまでが丸見えになっていた。
「きゃあああああーーーっ!!」
ジュエルはぴょこんと飛び起きると、慌てて衣服を元に戻す。
「………………見たです?」
「ごめん……、ばっちり」
「淡いピンクか……、網膜に焼き付いて離れねえ」
「うわあああああーん、もうお嫁に行けないですー!」
「「そこまで!?」」
生乳を見られたわけでもないのにわんわん泣き出すジュエルと、困惑する絵井と微居。
「うーん、ジュエルちゃんに許してもらうにはどうしたらいいかな?」
「まあ、記憶を消す方法ならあるにはあるが」
「…………ぐすっ? そんな超能力みたいに?」
微居は、懐から電話帳のような石板を取り出してジュエルに手渡すと。
「これでさっきの記憶が無くなるまで俺を殴ってくれ」
「あ、じゃあ俺にもよろしく」
「そんな物理的な方法で?」
結局、命を助けてもらったのでラッキースケベは不問という事になり、どっと疲れた3人はその場で休憩することにした。