殺戮機人メタルマン
ツタの罠をくぐり抜け、次に3人を待ち受けていたのは洞窟探索につきものの、分岐点。
少し広めの空間に、黒い口を開けた5つの穴が並んでいる。
さすがに全ての道を試すような余裕は無いため、彼らは頭を悩ませる。
「うーん……、どの道を進めば良いのです?」
「微居、さっきの『岩の声』で分かったりしない?」
「俺もそう思ったが、どいつもこいつも『こっちこっち』と言って誘い込もうとしてるな」
「では、いちかばちか、わたしが選んでみましょうか?」
「……それは止めとけ。お前が選ぶ道は、ぜんぶ罠だ」
「ひどいです!」
「待って。確実かどうかは分からないけど、俺に任せてくれないか?」
絵井は5つの洞穴の前に進み出ると、耳の裏に手を当てて神経を研ぎ澄ませる。
「絵井さんは何を……?」
「しっ、静かにしてろ」
「微居、穴に1つずつ小石を投げてみてくれ」
微居は、つまめるような大きさの小石を左から順番に投げ込んで行く。
カツーン……、カツーン……、カツーン……、カツーン……、カツーン……。
「……うん。右から2番目が一番音が響いてたから、たぶん正しい道だと思う」
「えっ? 全部、同じように聞こえましたが……?」
「あと水の音もする。飲み水を補給できるかもしれない」
「そんな音まで……」
「絵井は特別に耳がいいんでな」
表情こそ変わらないが、微居は少々得意気に言う。
「絵井さんすごいです! わたし、尊敬します!」
「え……? いや、そんな、大したことないよ……?」
女の子から誉められる事に慣れていないので、絵井は大いに顔を赤くする。
「絵井が本気を出せば、3キロ先の針の落ちる音も聞き取れるらしいぞ」
「またまた、そんなご冗談を」
「あはは、実際にそれをやったら鼓膜が破れちゃったけどね」
「え、本当の話です?」
その後、何回か分岐点があったが、その度に絵井の判断で道を選び、3人は特にトラブルに遭遇することなく先に進んで行った。
ピチョン……、ピチョン……と辺りに水滴の音が響き、冷たく湿った空気を肌で感じ始める。
そして、幻想的な光景を目の当たりにする。
「これは……、鍾乳洞?」
絵井の口から、思わずため息が漏れる。
天井から氷柱のような岩が無数に吊り下がり、地面からも『石筍』と呼ばれる牙のようなトゲが、これまた無数に突き出ている。
目の前に広がる造形を例えるなら、巨大な竜の顎。
「……ああ、見事なもんだな」
「わたしもあちこちで見てますけど、こんな立派なものは初めてかもしれません……」
さらに3人の来訪を歓迎するかのように、鍾乳石が赤、黄、緑、青と7色に色を変えていく。
「おそらく、むかし肘川市は海だったんでしょうね」
「ん? どういう事?」
『?』マークを浮かべる絵井に、ジュエルは解説する。
「鍾乳洞はサンゴや貝殻とかが積もって出来た石灰質の地層を、地下水が侵食することで出来るものです。つまり、海水面が今より高かった大昔、肘川市は海の底にあったという仮定ができるのです」
「……ほう、流石だな」
「なるほど、とても分かりやすかったよ。ジュエルちゃんは先生とか向いてるんじゃないかな?」
「わたしは地質学の『博士』を目指しているので、これくらいは知っていて当然なのです。えっへんぷりぷりです」
と、得意気に薄い胸を張るジュエル。
「……ぷりぷりはいいが、そこは足元に『ヒビ』が入ってるから、早く退かないと落ちるぞ」
ジュエルは「ひあっ!?」と驚きながら、ぴょんっと飛びのく。
そして3人は太古のロマンを感じつつ、自然が造りたまいし芸術品に時間を忘れて酔いしれた。
ところが。
ドガガガガガ……。
「…………?」
「どうした、絵井?」
「なんだ、この音……。地面をドリルで掘るような音が……?」
「えっ、ドリル……?」
ドガガガガガガガガガガッ!
「来た! 上だ!」
『!!』
ドッゴオオオオオーーーーーォンッ!!
*
ガラガラガラ……。
けたたましい轟音を上げて、大穴が穿たれる天井。
目の前で崩落する岩と共に、人型の何かが降って来た。
『やーっと、見つけたぜェ、お嬢ちゃん……』
粘りつくような声を発して、人型がゆっくりと3人の方を向く。
一見すると、ハリモグラのように逆立った金髪の若い男。
しかし、その腕と肩には工業用の掘削ドリルが禍々しい光を放っている。
「ここまで来るのは苦労したぜェ……、何しろ急に入口が無くなっちまったからよォ」
「あ、あなたは……!」
「てめェにゃ、インドじゃだいぶ世話になったからなァ、また会いに来てやったぜェ。テーツテツテツ(笑い声)!」
男はガシャガシャと大げさな身振りと金属音を鳴らしながら、高笑いを上げる。
「ジュエルちゃん、あいつを知ってるの?」
「あいつは……」
「テーツテツテツ、俺様の名前は『メタルマン』! 殺戮サイボーグたァ、俺様の」
ドゴオッ!
『!?』
意気揚々と名乗りを上げる男の顔面に岩が直撃する。
「いきなり出て来て、何をごちゃごちゃ言っている……」
岩を放ったのは、まぎれもなく微居!
微居は怒りの炎を背負い、明王のごとき形相で前に出る。
「微居! いくら敵っぽい奴だといっても、すぐに岩をぶつけるのは良くないぞ」
「ああ? 『あやしい子には岩を投げろ』と言うだろが」
「言わないよ?」
「……んだ、てめェはァ?」
メタルマンと名乗るサイボーグは、のけ反っていた首を起こすと、赤い眼で微居を睨め付ける。
しかし、微居はその眼光をものともしない。
「おい、そこのお前……、今お前が何をやったか分かってんのか?」
「はァ? 何の事だ?」
「ふざけんな……、お前は鍾乳洞をなんだと思ってる!」
『!』
見ると、天井に垂れ下がっていた鍾乳石は、穴を空けられた部分が大きく崩れてしまっていた。
「一万年の時をかけて、形作られた自然の遺産をお前は……」
「ああァ? 鍾乳洞ってのはこれの事かァ?」
ガリガリガリガリッ!
男は左腕に装着されたドリルで、床から突き立っていた鍾乳石を粉々に打ち砕く!
「やめろぉーっ!」
ドドドドドドドドドドッ!
叫びを上げて、微居は機関砲のような岩の連弾を横暴な破壊者に叩き込む。
しかし。
「効くかァッ!」
「!」
男は強靭な肉体を誇るかのように身体を反らし、岩の弾丸を弾き飛ばす。
「テーツテツテツ、俺様ァサイボーグだと言ったろうがァ! 石ころなんぞじゃ、傷も付きゃしねェぞォ」
男の全身は鋼と機器で覆われており、およそ生身とは思えない、『メタルマン』の名に相応しい風体。
そして、胸には太陽を模したシンボルのプレートが打ち込まれている。
まさしく、機械と化した人間。
「お返しだァ! マルノコブレイドォ!」
鋼の男は腕を振るい、円形のノコギリ刃を放つ。
すかさず、微居は寸分の狂いもなく岩をぶつけるが、鋼の刃はそれをまっぷたつに斬り割き、進撃を続ける!
「ちっ!」
ガギィン!
微居は二発目の岩を投げつけ、丸ノコの勢いをようやく止める。
「おおォ? てめェ、モブ面のくせになかなかやるじゃねェか」
「あ? モブをなめんな。『一寸の虫にもモブの魂』と言うだろが」
「いや、言わない言わない」
「なら、これはどうだァ!」
メタルマンは大きく振りかぶると、連続で丸ノコギリを放つ。鈍色に輝く無数の刃が3人に迫る。
「! うおおおおおっ!」
ガガガガガガガガガガッ!
微居はすかさず岩投げで応戦するが、鋼と岩では分が悪く、次第に勢いに押されて行く。
「絵井、ジュエル! 横に飛べ!」
『!!』
絵井とジュエルは右に、微居は左にぶっ飛んで避けるが、刃の射線上にあった鍾乳石は無惨に破壊されて行く。
その有り様を微居は歯噛みしながら見つつ、肩で息をする。
「ダメだ、俺はこいつには勝てねえ……」
「微居!?」
「微居さん!?」
「あァ? なんだァ、もう降参かァ? やっぱモブなんざ張り合いがねェなァ」
弱気な微居のセリフにメタルマンは哄笑を上げて、獲物を狙う獣のような構えを取る。
「テーツテツテツ! 喰らって死んどけェ!」
左腕と肩に装備したドリルを回転させ、石筍を砕き散らしながら殺戮サイボーグが微居に迫る!
しかし、微居のセリフには続きがあった。
「……こいつが、バカじゃ無けりゃあな」
ボゴォッ!
『!!』
突如、男の足元の地面が落とし穴のように『ヒビ』割れる!
そこは、先ほど微居がジュエルに指摘した場所。
「何ィーッ!?」
大地に空いた大穴に飲み込まれるメタルマンを、微居は蔑むように地上から見下ろし。
「……そんだけ暴れりゃ、地面も脆くなるに決まってんだろうが。鍾乳洞を傷つけた罰だ、地底で深く反省しろ」
「くそがァッ! 覚えてやがれェーーーッ!!」
そう毒づくと、殺戮サイボーグは奈落の闇へと消えて行った。