冒険の終わり
数刻後、絵井とジュエルは先ほどまでの戦場に足を踏み入れる。
シュウウウゥゥゥ……。
草原だった平地は見る影も無く、巨大なアリ地獄のような窪みが地表に穿たれ、中心に一軒屋ほどの大きさの隕石が煙を上げながら突き刺さっている。
絵井とジュエルは無言でその縁に立ち、変わり果てた風景を見下ろす。
「あいつの音が聞こえない……」
絵井は聴覚で微居が発する音を探知したが、付近に彼の存在を認める事は出来なかった。
「これでは、もう……」
言いかけて、ハッと口をつぐむジュエル。
だが言わずもがな、これほどの質量の隕石が直撃すれば、生身の人間なら跡形も残らないであろう。
微居の安否は明らかであった。
「うわああああああああああーーっ!!」
崩れるように地面に突っ伏す絵井。
「微居ーっ! 微居ーっ!!」
繰り返し親友の名を叫ぶが、木霊だけが虚しく響く。
「お前がいなくなったら、俺はこれから誰とツルめばいいんだーっ!!」
親友や家族、あるいは恋人よりも近い存在である『相棒』を失い、絵井は哭く。
側にいるジュエルも、声をかける事も出来ずに涙を流す。
そうして、しばらく無情に時が過ぎていった。
その時。
ズシンッ、ズシンッ、ズシン……ッ!!
地響きを鳴らしながら、手足が生えた雪だるまのような岩で出来た人形が現れる。
「ゴーレム……!?」
不意の闖入者に、ジュエルをかばって絵井は身構えた。
すると。
「……なあ、動きづれーから、良い加減離れてくんねえか?」
くぐもった声でそう言うと、バラバラと表面から岩の着ぐるみが剥がれていき、なんと中から現れたのは2人が見知った黒髪の少年!
「微居……!?」
「微居さん!?」
微居は2人に気づいているのかいないのか、いつものように岩と話し込む。
「……ああ? 『こうでもしないと、男前が台無しになるだろう』って? ふん、言ってろ」
「微居さーん!」
ジュエルは微居に駆け寄ると、ぽーんと跳んでしがみつく。
「やったーっ! 微居さんが生きてましたです!」
「……こら、離れろ。お前、婚約者がいるくせに他の男に抱きつくな」
「あ、ごめんなさいです」
ぴょんと飛びのくジュエルに、そういうトコだぞとたしなめる微居。
「でも、良くご無事でしたです?」
「ああ、俺は相討ち覚悟だったんだが、こいつらが助けてくれたんだ」
そう言って、微居は足元に転がる岩たちを見つめる。
また、シャンカラ・ストーンの力でケガもある程度は治ったとの事だが、右腕の複雑骨折が治るには時間がかかるようだとも語る。
「微居……」
呆然としていた絵井が我に返り、ゆっくりと近寄ると、いきなり微居に殴りかかった。
バシッ!
とっさに折れてない方の左手で、絵井の拳を受ける微居。
「……おい、何のつもりだ?」
「なに、相棒を置いて死のうとしてんだよっ!」
温厚な絵井が今まで見せた事が無い、怒気を孕んだ表情。
微居はバツが悪そうに。
「……ああ、悪かった」
そして絵井は、殴ろうとしたその片腕でグッと微居を抱きしめた。
「生きててよかった」
「ああ」
「うぐっ!!」
ジュエルは、苦しそうに薄い胸を手で押さえる。
「わたしはあまりBLに造詣が深くはありませんが、風の谷のナウ◯カみたいに腐海の森に沈みそうです」
「戻ってこい」
「そもそも、ナ◯シカは腐女子じゃないし」
『出せェ……、出しやがれェ……』
「!?」
突然、幽鬼のような男の声が耳に入る。
3人は顔を見合わせると、クレーターを滑り降りて隕石の間近へ寄る。
すると!
「クソがァーッ! 出せェッ! 俺様をココから出しやがれェッ!」
そこには岩山に潰されて、顔だけ出している男の姿が!
「メタルマン!?」
「生きてたのか!?」
「……お前、ホントにしぶてー野郎だな」
「おおォ! やっと来やがったな! とっととその石を寄越せェ!」
見るとそのそばに、メタルマンの胴体から抜け落ちた、赤いシャンカラ・ストーンが転がっている。
微居は秘石を拾い上げると、自分のパーカーのフードにしまった。
「があっ!?」
「……これは俺が預かる。お前みたいな危ない奴に持たせられるか」
「危なさ加減なら、微居もどっこいだけどな」
「俺は『良い危ない奴』なんだよ」
「そんな日本語あります?」
絵井と微居の軽口に、思わずツッコむジュエル。
「……さあ、シャンカラ・ストーンを取り返した以上、こいつはもう何も出来やしねーから、放っといて行こうぜ」
「そうだね」
「はいです」
「ああッ!? てめェら、逃げんじゃねェッ!」
そそくさと立ち去ろうとする3人に、西遊記の孫悟空みたいに封じられた機人は罵詈雑言を喚き立てる。
「待ちやがれェ! 何がロックマンだ、この歯石野郎! 尿管結石野郎ッ! もうすぐ連載が終わるからって、『完結ブースト』に期待してんじゃねェぞ、ガボーッ!?」
微居はクイックモーションで岩を放ち、メタルマンの口を塞ぐ。
そして、左腕を大きく振りかぶると、その顔面に向かって岩を投げ込んだ。
「……お前はもう、黙ってろ」
ドゴォッ……!
*
シャンカラ・ストーンを巡る冒険を終えた3人は、もと来た道をしばらく歩き、肘川北の山の出口付近に着く。
「あ、街が見えたです」
「や……、やっと着いた……」
「……半年ぐらい、山に籠ってた気分だぜ」
坂の下を眺めると、肘川の市街地が彩る夜景が見える。そして、駅のターミナルと線路を走る電車の姿も。
ジュエルは2人に頭を下げて。
「それでは……、わたしはここで失礼します」
「えっ? 確かに駅はもうそこだけど、だいぶ遅いから肘川で泊まって行けば良いのに」
「いえ、終電にギリギリ間に合いそうですし、一刻も早く東京に帰って、婚約者を治してあげたいんです」
「……そうか。シャンカラ・ストーンが2個になったが、どっちを持って行く?」
微居はパーカーのフードから、赤色と緑色の岩を取り出す。
「じゃあ、みんなで頑張って手に入れた、緑色の方をいただきます」
ジュエルは緑のシャンカラ・ストーンを受け取り、ギュッと胸の中に抱きしめる。
そして、もう一度2人の前で深々と頭を下げて、エビ編みにしたピンク色の髪をぷらんと垂らした。
「絵井さん、微居さん、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
「ジュエルちゃんが頑張ったからだよ。婚約者さんが元気になるといいね」
「……さあ、俺たちも帰るとするか。とっとと飯食って風呂入って寝てーし」
「微居さん!」
さっさと背を向ける微居に、ジュエルは涙声で。
「微居……さん、ありがとう……。ごめんなさいです……」
「ああ? 何謝ってんだよ、俺たちは『仲間』だろ?」
「……」
申し訳なさそうに涙を流すジュエルに、微居は照れくさげに頬をコリコリかきながら。
「……まあ、その、なんだ? シャンカラ・ストーンは『恋愛成就』にも御利益があるなら、手に入れた甲斐があったじゃねーか。未来のダンナとうまくやれよ」
微居の励ましにジュエルは涙をぬぐい、パッと笑顔を輝かせた。
「はいです!」
さよーならーですー! と、手を振りながらぴょんぴょん跳ねて坂道を下るジュエルを見送る、絵井と微居。
「……行ったか?」
「うん。行ったね」
「……もう姿は見えねーか?」
「うん、向こうから俺たちは見えないと思う」
「「せーの」」
バターン! と、同時に2人はあお向けにぶっ倒れた。
『つ……、疲れた……』
2人は地面に並んで寝転がり、月に照らされて明るい夜空を見上げる。
「……まさか、こんな大冒険になるとはな」
「岩好きの女の子だからって、安請け合いするからこうなるんだよ」
言いつつも、絵井は今日の事を楽しそうに振り返る。
「……何だよ、『婚約者』って。まだJKのくせに」
「かわいくて良い娘だったんだけどねえ」
「……俺は、恋人持ちの女性相手に何やってんだかな」
「いやー? 今日のお前は、なかなかのヒーローっぷりだったと思うよ」
「……お前に誉められても嬉しくねえ。その婚約者って奴に岩をぶつけてやりてえ」
「それでこそ微居だが、ほどほどにな」
微居は口悪く言っているが、照れ隠しである事は絵井が一番良く分かっている。
絵井はこの機会に、かねてから聞きたかった質問を投げてみる。
「なあ微居。お前、俺と岩、どっちを取るかと聞かれたらどう答える?」
「……うおおおおおおおおおおっ!」
「悩みすぎだろ」
「……悪い。ちょっと、夏休み明けまで考えさせてくれ」
「時間かかりすぎだろ。まあ、『岩』って即答されないだけマシだけど」
そうして2人は、大地に寝そべったままひとしきり笑う。
上空に浮かぶ満月を、微居は掴み取ろうと手を伸ばし。
「……ふん、今日の月はやけにデカく見えるぜ」
「地球が滅びるから、月を呼ぶのはカンベンしてくれよ?」
次回、堂々の完結です!




