ヒーローの帰還
その時、少女は追われていた。
(なんで、あいつがこんなところにいるんです!?)
少女は声にならない悲鳴を上げながら、暗い森の中を木々の葉から漏れる月明かりを頼りに、幹と幹の間を縫って走る。
しかし、ガシャガシャという足音をなかなか振り切る事が出来ずにいる。
「ああっ!」
ズベシャッ!
ジュエルは木の根に足を取られ、つんのめって派手にコケる。
しかし顔を上げた瞬間、メキメキメキッと目の前の木が斜めに傾ぎ、ズズンと倒れた。
ジュエルは残された切り株を見て、背筋に冷や汗と戦慄が走る。
(もし転んでなかったら、真っ二つになっていたのは……わたしです!?)
しかし、恐怖を抱いているヒマなど無い。
すぐそこに迫る鉄の気配から逃れるように、彼女は再び駆ける。
だが、ほどなくして周りの木が疎らになり、ジュエルは敵から逃げ切る事が出来ぬまま、とうとう隠れるのに向かない草原に飛び出してしまった。
「テーツテツテツ! もう逃げも隠れも出来なくなったなァ、お嬢ちゃんよォ」
粘りつくようなチンピラ口調と哄笑が、肘川北の丘陵にキンと響く。
「メタルマン……!」
ジュエルを追って森から現れたのは、地の底深くに沈められたはずの男であった。
「あ、あなたは、微居さんに倒されたはずでは……?」
「おうよォ、おかげさんで腹に穴が空いちまったがなァ、こいつを見やがれェ!」
男が鈍色の胴体を誇ると、胸に埋め込まれた赤い岩が、ドクンドクンと脈打つように妖しく輝く。
「シャンカラ・ストーン!?」
「こいつの力で地獄から這い上がって来たという訳だ。とはいえ、こんなにすっぽり馴染むとはなァ。まさにシンデレラ・フィットって奴だぜェッ!」
それは、2週間前にジュエルがインドで発見し、そしてメタルマンに強奪された、赤色のシャンカラ・ストーン。
なんと、メタルマンは貫かれた身体に秘石を埋め込み、自力であの窮地を脱したという。
その執念たるや、まさに強靭なる鋼!
「さあ、俺様にそっちの『シャンカラ・ストーン』を渡して貰おうかァ」
メタルマンが手招きしながら迫ると、ジュエルは手に持つ緑色の秘石をササッと隠して後ずさりをする。
「嫌です! わたしはシャンカラ・ストーンを大事な人のために持って帰るんです!」
当然、機人は怒りに狂うかと思いきや、なぜかニヤリと笑みを見せ。
「あァ、そうかい。だったら、その石はてめェにくれてやっても良いぜェ」
「えっ?」
「その代わり、てめェが俺様の女になれ」
「!!?」
メタルマンは猛禽類のように、嫌らしげに口角を上げる。
「てめェは、残りの秘石の在りかを全部分かってやがんだろ? だったら、そっちの方が手っ取り早ェからなァ」
「そんな? わたしが知っているのは、あと1つしか……」
「テーツテツテツ! やっぱ、他の場所も知ってやがったか! カマァかけてみるもんだなァ!」
ハッとジュエルは口を押さえるが、時すでに遅し。
メタルマンは、少女に最後通牒を発する。
「という訳だァ! その岩が欲しけりゃ、てめェが俺様のモンになりやがれェッ!」
ジュエルは首が千切れるかと思うくらい、ブンブンブンと頭を振り。
「い……嫌っ! わたしはイワオお兄ちゃんと結婚して、幸せな家庭を作るんです! あなたのモノになるのは、絶対にイヤですーっ!!」
イヤですーっ! イヤですーっ……! と、山合いに拒絶の絶叫が鳴り響く。
「ほう……? だったら、てめェはこの場でブチ殺すしかねェなァ」
「ええっ!? 女の子にフラれたくらいで、そんな無茶な?」
「てめェを生かしておいたら、『救国の光』に秘石の手掛かりを掴ませちまうかも知れねェだろ? 安心しろ、痛ェのは一瞬だ。跡形も残さずブッ潰してやるからよォ……」
メタルマンは右手を掲げると黒い渦が纏わりつき、龍を想起させる巨大な黒腕が形作られる。
夜天を貫き、月まで届くようなその威容にジュエルは足が竦む。身動ぎすらできない。
「あ、あ、あ……」
「脳ミソ、ぶち撒けろォーッ!!」
殺戮機人は傲慢にして非情な鉄槌を、ジュエルの頭上に振り下ろす。
(お兄ちゃん、助けてあげられなくてごめんなさい……。わたしはもう、ダメみたいです……)
救いの手などあるはずも無く、ジュエルはきゅっと口をつぐんで瞳を閉じ、最期の刻を待った。
しかしっ!
『ロックバスターッ!!』
ビシュンッ……! ドゴオォーーッ!
闇を切り裂く一閃が機人の怪腕に直撃し、粉々に爆ぜるッ!
「!!?」
「……ふう、ギリギリだったな。危ねートコだったぜ」
フォロースルーを見せて、現れたのは夜目にも分かる水色のパーカーを纏った黒髪の少年。
微居はゆっくりとその場に歩み寄ると、少女をかばって前に立つ。
「……ジュエル、大丈夫か? ケガは無えか?」
「び……、微居さん……?」
最も予想だにしない人物の救援に、ジュエルは声を震わせる。
「……助けに来てくれたんです?」
「ああ、なかなか追い付けなかったが、間に合って良かった」
「どうして、助けに来たんですっ!? わたしは、あなたを利用しただけなのに!!」
「……あ?」
ジュエルは微居に強く問う。その瞳には涙、そして声には自責の念を滲ませて。
「わたしは、あなたの気持ちを踏みにじったのに! わたしはあなたの想いに応える事が出来なかったのにっ!! どうして……」
だが微居は、何を当たり前の事をとばかりに振り返り、碧い月を背にして逆に問う。
『男が女性を守るのに、理由がいるのか?』
「……!」
ゴトッ!
「……お前もヒロインなら覚えとけ。マンガやラノベの主人公って奴は、ちょっと仲良くなった女の子や仲間のために平気で命を張れるモンなんだよ」
ゴトゴトッ!
微居は周囲に岩をバラ撒き、戦いの陣を組む。
そして、三度相対する殺戮機人に対し。
「……いい加減、お前の顔は見飽きた。そろそろ決着をつけようぜ」
ゴトゴトゴトゴト、ゴトトッッ!!




