告白
度重なる危機をなんとか乗り越え、3人はへたりこんで荒い息をつく。
ギリギリだったね、危なかったです、……死ぬとこだったぜと口々に言い、ようやく息を整えると絵井は空を見上げた。
「あ、夜になってる……」
「もうお空は真っ暗です……、お腹もペコペコです……」
ジュエルも腹をぐうと鳴らす。
外はすでに夜の帳が降り、空には隈なき満月が浮いていた。
「ここは……、山の裏側かな? 暗くて良く分からないけど」
今いる場所は少し拓けているが、周囲は見慣れぬ森。
そして、3人が脱出した洞窟の出口は、最初に入ったペトラ遺跡のような入口とは違うものと思われる。
その潰れてしまった山肌を、微居は胡座をかいたまま見つめている。
「どうした、微居?」
「……別に、何でもねーよ」
おそらく微居は、岩マニアのロマンの極致であった洞窟が無くなってしまった事で、少し感傷的になっているのであろう。
絵井は、軽く冗談めかしながら言う。
「俺たち、さっきの脱出劇は主人公キャラっぽかったよな?」
「……まあな」
「ほらよ」
微居は、絵井から薄く光る緑色の岩を放り渡される。
「無事にシャンカラ・ストーンを手に入れたら、だったろ?」
「……ああ、そうだったな」
「芋引くなよ?」
微居はふんと鼻を鳴らし。
「……俺を浅井たちと一緒にすんな」
絵井は立ち上がり、いつもの調子を取り戻した微居の肩をポンと叩いてその場を離れた。
「あれ? 絵井さんはどうされたんです?」
「……小便か何かだろ。それよりほら、お前が欲しがってたアイテムだ」
微居はしれっと話をそらし、ジュエルに秘石を渡す。
「わあです。ありがとうございます」
それを受け取って、月の光にかざしながらひとしきり眺めると、ジュエルは大事そうに胸の中に抱え。
「わたし、お2人のおかげでようやく目的が果たせました。本当にありがとうございました」
「……い、いや、そんな大した事はしてねーよ」
ずずいと顔を近づけて、お礼を述べるジュエルから微居は顔を背ける。
ホーホーと、フクロウの声が響く夜の森。
青白く輝く満月の下、微居とジュエルの2人は並んで座る。
愛を告げるには、絶好のシチュエーションである。
「……お前に話があるんだが」
「? はい、何です?」
(おっ、いよいよ始まるぞ!)
その様子をこっそりと、繁みの中から眺める絵井。
離れたように見せかけて、すぐにUターンした絵井は両手に葉っぱが付いた枝を持って、カモフラージュしつつ2人の様子を見守る。
「……俺と一緒の墓石に入ってくれないか?」
「え」
(言い回しが古いし、それはプロポーズ!)
絵井は思わずツッコミを入れそうになるが、なんとか堪える。
「……間違えた。やり直しだ」
微居はこほんと咳払いをすると、改めて。
「ジュエル、俺と付き合ってくれないか?」
「え……」
ド直球の告白に目を丸くするジュエル。微居は続けて言葉を紡ぐ。
「……俺はお前の事が好きになっている。お前の岩が好きな所とか、岩の事に詳しい所とか、天真爛漫で可愛らしい所とか」
「び、微居さん?」
「すぐに腹を減らす所とか、キャラ付けのためにですです言う所とか、ちょっとドジで……、いや、めちゃくちゃドジでおっちょこちょいで」
(微居、それじゃ悪口言ってるだけだぞ!)
絵井は偽装用の枝を握りしめて、ハラハラする。
「……だが、そんな所も魅力的に思えるし、見ていて何だかほっとけねえ」
「……」
「今日会ったばかりの奴に、こんな事を言われて戸惑うかも知れないが、お前みたいな良い女性は他にいないだろうから、今言わないと絶対後悔すると思った。だから良かったら、俺の彼女になってくれないか?」
前髪で目元が隠れているが、微居はジュエルを真っ直ぐ見つめ、思いの丈を伝える。
絵井も遠くからドキドキしながら、彼女の次の言葉を待つ。
しかし、ジュエルはふいと微居から視線をそらした。
「ごめんなさい……。わたしはあなたの彼女になる事はできません」
東の空の無機質な満月の輝きが、ジュエルの横顔を美しく照らす。
「実は……、わたしはライトノベル『地質学を究めたら、年下で幼なじみの可愛い婚約者が出来た件』という、別の作品のヒロインなのです」
*
「……え?」
(え?)
想像の斜め上を行くジュエルの返事に、唖然とする微居と絵井。
「……別の作品だと?」
「はいです、『地質学を究めたら、年下で幼なじみの可愛い婚約者が出来た件』、通称『ちしこん』は、地質学研究者の若き天才と、その主人公が勤める研究室の室長の娘とのラブコメディーで、巨乳の美人研究助手との恋の鞘当てや、時にハードなバトルアクションで学会の闇を暴いたり、そんなこんなで2人の絆を深めていくというピュアラブストーリーなのです」
(地質学で、ラブコメだって?)
なろうらしい長文タイトルと意表を突く設定に、絵井はちょっぴり面白そうだと思う。
「……つまり、お前はその物語の『研究室長の娘』で、主人公は婚約者なのか?」
「はいです。わたしが押し掛け女房みたいなものですけど、幼なじみで憧れのお兄ちゃんなんです」
そう言って、ジュエルはほんのりと頬を染める。
「とは言っても、まだ妹みたいにしか思われてなくて、女性として見てもらえるように頑張ってる最中なのです」
えへへっと、楽しそうに彼女ははにかむ。
「幼なじみ同士の、ピュアラブ……」
少女のその微笑みは、まさに恋する乙女のもの。
おそらく、彼らの間には地層のように積み重ねた年月があるのだろう、ポッと出のモブが割って入るような余地など無いと感じさせた。
しかし、すぐにジュエルは表情を曇らせる。
「ですが……、わたしの婚約者は、1ヶ月前に発掘現場で落盤事故に遭い、今は意識不明の昏睡状態に陥っているのです……」
「何……?」
ジュエルは、緑色のシャンカラ・ストーンを胸の中にぎゅっとかき抱く。
「わたしがケガの治療に絶大な効果をもたらす『シャンカラ・ストーン』を求めていたのは、ひとえに婚約者を救うため……」
そして、ジュエルは瞳を大きく潤ませて。
「まさか微居さんが、わたしの事をそんな風に思ってくださっていたなんて……。微居さんのお気持ちを利用してしまったみたいで、本当にごめんなさいです!」
「……」
言葉を失った微居に、いたたまれなくなった少女は、涙を流しながら闇の森へと走り去っていく。
その場に残された少年は立ちすくむ事しか出来ず、月の明かりは恋に破れた男の姿を、無惨に浮き上がらせていた。
「……絵井、見てんだろ?」
呼び掛けられた絵井は、やむなく繁みの中から歩み出る。
微居は、ふんと鼻を鳴らし。
「……まあ、所詮モブキャラなんざ、こんなもんだよな」
「微居……」
何事も無かったかのように振る舞っているが、絵井は今まで聞いた事が無いような悲しげな心の音を聞く。
しかし、そんな彼に掛けてやれるのは慰めの言葉ではなく、いつもどおりの軽口だけ。
絵井は微居の側に寄ると、冗談めかして肩を抱き。
「帰ったらウサ晴らしに『水割り』でも飲もうや。カルピスの」
「……いや、今夜は『ロック』で飲りてー気分だ」
ロックマンッ!
「糖尿病になるよ?」
「……余計なお世話だ」
シーンと広がる微妙な間。
どちらからともなくプッと吹き出す。
そして2人は肩を組んだまま、わははははっと笑った。
ところが、その時。
ギィーン、ガシャッ……。
「!! そんな、まさか……?」
「……どうした、絵井?」
「嫌な音が聞こえた、聞き覚えのある歯車と金属の音」
「……何だと!?」
絵井は目を瞑り、耳をそばだて気配を探る。
そして、彼が震えながら指差したのは、先ほどジュエルが走り去った方向!
「ジュエルちゃんが危ない!」




