大脱出
ズズズズン……ッ! バキバキバキッ!!
天井に明らかな亀甲状のヒビが入り、岩の塊が落下し始める。いよいよ本格的な洞窟の崩壊が始まる。
「……やべえな、早くあいつらと合流しねーと」
微居は蹲るメタルマンを一瞥し、活動を停止している事を見て取ると、何も語らず出口へ向かう。
だが、彼は気付いてはいなかった。殺戮機人の双眸に、未だ赫い輝きが点灯っていた事を。
ドンッ!
メタルマンは岩壁が崩れる音に紛れ、一足で微居の背後に忍び寄る。
左腕で繰り出すドリルは空を裂き、微居の背中と命を狙う!
ガガァッ!!
「!!」
ようやく異変に気付いた微居が振り返ると、数センチの目の前で回転するドリルの刃。そして、胴体を貫かれながらも微居を庇うゴーレムの姿が。
「……モアイ太郎っ!?」
「ッ! くそがァーッ! もう少しで野郎をブッ殺せたのによォ!!」
不意討ちを妨害されたメタルマンが罵詈雑言を上げる中、微居の脳にモアイ太郎の声が響く。
(止めも刺さずに敵に背を向けるとは、詰めの甘い男よ……)
「……悪りい、二度も助けてもらったな」
「くそッ! くそッ! 腕が抜けねェーッ!」
わめき立てる機人を、モアイ太郎は鯖折りで押さえ込み。
(此奴は我が封じておく、貴様は早く逃げるが良い……)
微居は、相手が岩だからといって『はい、そうですか』と立ち去るほど薄情では無く、むしろ岩だからこそ彼は問う。
「……お前は、一緒に来ねーのか?」
(主はもういないのであろう。ならば、我が地上に戻る意味は無い)
寂しく語るゴーレムの背中は、震えているようにも見える。
(長い間、我は主人の死を認める事が出来ずにいたが、貴様らのおかげでようやく『真実』を知る事が出来た。主亡き今、我々はまた土に還るだけだ……)
土が固まり岩と成り、岩は砕けて土と成る。
モアイ太郎は主を失った哀しみの中、一介の土塊に戻るつもりでいた。
だが。
「……いや、お前の主は生きてるぞ」
(!?)
「お前の主は岩になって、そこにいる。水晶になって新たな人生を送りたいと言っていたが」
(まさか……!)
微居が指差す先をモアイ太郎が見ると、そこには水晶の像と化した、洞窟の主の姿が。
「あのじいさんは、お前の事を『自慢の硅石』と言っていたからな。お前と同じ水晶になって、お前らと永遠の時を生きるつもりなんじゃねーのか?」
(そう、だったのか……)
再びゴーレムの背中が震える。その姿は歓喜に満ち溢れているように見えた。
(ならば尚の事、我はここから離れる事は出来なくなった。我々はこの地で、主と共に永き眠りにつく事にしよう……)
「……そうか。じゃあ、お前とはここでお別れだな」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオーーーッ!
断続的だった地響きが終わり無く続き、洞窟の終焉の時刻を示す。
(さあ、もう行くが良い。土に埋もれては、人間は生きる事はできまい)
「……ああ、助けてくれてありがとうな」
微居は感謝を述べ、モアイ太郎に背を向ける。
「てめェッ! なに1人でゴチャゴチャ喚いてやがるッ! とっとと離せェッ! 離しやがれェーッ!!」
残されたメタルマンは、鬼の形相でゴーレムの戒めから抜け出そうとするが、ドーナツの様に拳大の穴が空いた身体ではどうする事もできず。
「ぐわああああああァーーーッッ!!」
ドガドガドガドガァァーッ!
天井から崩落した岩盤が降り注ぎ、一機と一体を飲み込んで行く。
微居はもう後ろを振り返る事無く、大聖堂を後にした。
*
天井、壁、床一面に亀裂が走り、いつ崩れてもおかしくない洞窟の中を茶色髪の少年が走る。探検服姿のピンク髪の少女は転ぶ。
ズベシャッ!
「きゃっ!」
「ジュエルちゃん! 大丈夫か?」
「……」
ジュエルはもともとドジっ子属性持ちだが、小刻みな震動と足場が悪くなっているため、余計に走る事が難しくなっていた。
ゴゴゴゴゴ……、ズズンッ! ズズンッ!
「またか……、早くしないと本当に閉じ込められてしまいそうだな」
絵井は、そこかしこの落盤の音を耳にし、ジュエルを助け起こそうと手を伸ばすが、彼女は静かに首を振る。
「絵井さん……、わたしを置いていって下さい」
「えっ?」
「このままでは2人とも生き埋めです。わたしが足手まといなばっかりに、絵井さんまで巻き添えには出来ませんです」
「……違うよ。『足手まとい』と言うのは俺の事だよ」
そう言って、絵井はうつむきながら拳を握る。
「微居が必死に戦っているのに、俺は一緒に戦うどころか逃げる事しか出来ない。いつもそうだ……、俺はあいつの力にすらなれない!」
「絵井さん……」
「でも、俺はあいつから君とシャンカラ・ストーンを託された。だから、俺は君と一緒に全力で逃げる。君を見捨てるような事は出来ないし、絶対にしないよ」
絵井は再度手を差し出す。彼の覚悟を受けて、今度はジュエルはその手を取って立ち上がる。
「ケガは無い? まだ走れる?」
「ええ……、なんとか」
「よし、じゃあ行くよ!」
「はいです!」
再び洞窟を走る、絵井とジュエル。
そして、3つに道が分かれる地点に到着する。
おそらく、真ん中の道が出口へと繋がる道。ところが!
ドズンッ……、ガラガラッッ!
「「わあっ!」」
目の前で落盤が発生し、真ん中の道が塞がってしまう。
「くそっ! この道が正しいルートのはずだったのに!」
絵井は、耳を澄まして残りの道を探知するが。
「…………ダメだ。あとの2つは行き止まりだ」
「そんな、どうしましょう……」
その時、絵井の耳に地鳴りの音に混じって足音が飛び込む。
「何だ? 誰かが近づいて来ている?」
「えっ? まさか、あの男が?」
「いや、これは……」
ドゴォッ! ガラガラガラッ!
突如2人の背後の天井が落ち、岩盤と共に何者かが降って来た。
「……痛てえな。急に床が抜けたぞ」
現れたのは、無愛想な水色の服を着た黒髪の少年。
「微居!」
「微居さん!」
「……ああ? お前ら、まだこんなところにいたのか」
「お前こそ、あいつを倒したのか?」
「……まあ、色々あったがなんとかな」
「さすが、微居さんです」
微居はメタルマンが掘った穴を伝い、最短距離で脱出を図ったのが効を奏して2人と合流する事が出来た。
微居の無事と再会を喜ぶ、絵井とジュエル。
「……話してる時間も惜しい、とっととずらかるぞ」
「それが、道が無くなってしまって……」
微居が見ると、三分岐の真ん中が崩れて埋まり、残るは左と右のルートだけ。
「そんなもん、そのへんの岩に聞きゃ楽勝だろ。おい、本当に出口はもう無いのか? ……お箸を持つ方に行けば出られるって? いや、お前らどっち利きだよ?」
「岩にお箸の概念があるの?」
「楽勝なのに苦戦してるです」
岩の導きに従い、3人は向かって右側の穴に飛び込む。
しばらくひた走るも、やがて行き止まりに突き当たり、その先は池のように水が溜まっていた。
「……岩の話じゃ、これを潜って行けば出口に繋がっているらしいが」
「潜水しないといけないのか、息が持つかな?」
「また岩に聞くか。おい、これ向こう岸まで何メートルくらいあるんだ? ……違う! メートルは単位だ! 食いもんじゃねえ!」
「どんなボケで、どんなツッコミ?」
そして。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーッ!
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴォッ!!
後方で大きく岩が崩れ、退路が塞がる。天磐から岩石が降ってくる!
「やばい、もうここは持たない!」
「……四の五の言ってる暇は無え、飛び込むぞ!」
「待って下さい……」
今にもダイビングしようとする絵井と微居に、ジュエルはおずおずと震えながら手を挙げる。
「ごめんなさいです、わたしは泳げないのです……」
ここに来て、ジュエルの新たなヒロイン属性『カナズチ』が発覚!
しかし、絵井微居コンビはコクンとうなずき合うと。
「「心配するな、俺たちが助ける!」」
ドボーンッ!
3人は一斉に水の中に飛び込む。
ジュエルの両手を絵井と微居がそれぞれ握り、全員バタ足で水中を進む。
(……くそ、結構距離があるな)
水中メガネ無しでは視界もままならないが、先に見える薄い明かりを目指して必死に泳ぐ。
1人でも溺れれば全員共倒れ。一蓮托生の状況の中、なんとか。
「「「ぶはっ!」」」
対岸まで泳ぎ切り、3人はザバッと陸地に上がる。ようやく一息つきたい所だったが。
「……走れ! 岩の話じゃ、もう10秒も持たねーぞ!」
「「えっ!!」」
9、8、7、6……。
絵井・微居・ジュエルは息も絶え絶えに、前方に見える出口を目指す。
4、3、2、1……。
3人が外の世界へ、もんどり打って飛び出した瞬間!
ズズーンッ!!
ドドドドドドドドドドオォーーーッッ!!
肘川北の洞窟ダンジョンは崩れ落ち、永遠にその姿を消した。




