悪の流儀と岩を呼ぶ男
「ガアアアアァッ!」
メタルマンは野獣のように吼え、纏わり付く岩を弾く。
しかし、眼前には既に更なる微居の岩弾が迫っていた。
「ちいィッ!」
微居の利き腕から岩が右に曲がる事を予測して、メタルマンは左へ疾る。
ギュウンッ!
だが、岩は追尾するかのごとく、左に変化!
シュート回転の岩が、右変化を躱したつもりの敵の背面を撃つ!
「ッ! クソがァッ!」
被弾をモノともせず、メタルマンは横投げでブレイドを放つ。フリスビーのような横回転の刃が唸りを上げて微居を狙う。
しかし!
「おらあっ!」
ガチガチガキィンッ!
微居は高めに岩を投じ、下変化の軌道で上から鉄盤をねじ伏せる。
残りの岩弾は、機人に向かってダイレクトアタック!
ドゴゴゴォッ!
「っだあーッ! 調子こいてんじゃねェぞ、ゴラァーッ!!」
メタルマンは激しい怒りのままに腕を振り回し、滅多矢鱈な鋼の刃で攻勢をかける。
「……おらおらおらおらおらあっ!」
ドガガガガガガガガッ!
微居も持ちうる限りの岩の連弾で、迎撃に迎撃を重ねる。
弾ける円盤、砕け散る岩礫。
ビシュビシュッ!
撃ち損じたブレイドが微居の頬と肩を掠め、裂けた傷口に一条の血が滲む。
一度たりともまともに食らえば即死に至り、一瞬たりともひるむ事を許されない、鉄刃の脅威は彼から体力を奪う。
それでも。
「おらおらおらおらおらおらおらあーーーっ!」
「ぐッ……、ぐわあああああァーーーッ!!」
手数で上回った微居の岩は速射砲のようにメタルマンを攻め立て、ついに敵を積み上げた岩山の中に封じ込める!
シンと、戦場を静寂が包み込んだ。
「はあっ、はあっ……、どうだ……?」
ドッゴァーッ!!
「!!」
「効くかァーッ!!」
両腕を突き上げながら、メタルマンは岩山を弾き飛ばして立ち上がった。
「ほとんど、無傷だと……?」
「モース硬度8.5の鋼鉄のボディだァ! ヤワな岩なんぞじゃ、かすり傷すら付くかあッ!」
モース硬度とは、鉱物に対する硬さの尺度。
並みの鉱石など歯牙にもかけぬ、鋼鉄の肉体を誇示するメタルマン。サイボーグゆえか、体力的な消耗も伺えない。
一方の微居は肩で息をするが、未だ勝算があるかのごとく不敵に笑う。
「……相当ぶち当てたはずだがな、やはりアレを使うしかねーか?」
「雑魚がァ……、まだ俺様と戦りあうつもりかァ!? モブならモブらしく黙って死んどけェ!」
男は積み上がった岩に、左腕のドリルを叩きつけて砕き飛ばす。
微居は飛来する岩の破片を片手で受け止め。
「……俺はモブだが、雑魚じゃねえ。俺が雑魚なら、お前は犬だろ」
「んだとォッ!?」
「『救国の光』の飼い犬のくせに、いちいち吠えるな。キャンキャン煩くてかなわねえ」
「ああァ……?」
微居の挑発に、メタルマンは熾火のような、赤く仄暗い光を湛えた眼で睨む。
「あんなクソヤロウどもと一緒にすんじゃねェよ……。俺様はよォ、救国の光に『身体が丈夫そうだ』という理由だけで拉致られてなァ、勝手に改造れちまったんだよ。身体はおろか脳まで機械になァ……」
「……」
「俺様ァ、奴らに反逆する機会を狙ってたんでなァ、そしたらよォ、世界を征服できる秘石っつうのがあるってェ話じゃねェか。こんな都合の良いモンが他にあるかァ!?」
テツテツテツと、メタルマンは肩を震わせて嗤う。
「救国の光をブッ潰して、俺様が世界を奪取ってやらァ。俺様こそが『世界最強の超悪』だァァーーッ!!」
天に刃を突き立てるかのごとく、雄叫びを上げる鋼鉄の殺戮機人。その咆哮は洞窟をビリビリビリと激しく揺らす。
対する微居は冷静に、自分の心臓あたりをコツコツと指差し。
「……その割にはお前、救国の光のエンブレムを大事に付けてんだな?」
「あァ?」
ベキイィッ!
メタルマンは、胸に打ち込まれた太陽を模したプレートを自ら抉り取り、地面に落としてゴリッと踏み潰した。
「これで、文句あるかァ?」
「……」
ズズン……ッ!!
グラグラと再び地面が大きく浮沈し、ガラガラと天井から礫が降り注ぐ。
土埃が舞う中、刻一刻と迫るタイムリミット。
「さァて、そろそろてめェをブッ殺すとするかァ……。『マグネット・ストリーム』ッ!」
メタルマンが右腕を天に掲げると、ズズズ……と機人の頭上に黒い渦が立ち込める。
「……マズい!」
ヒュガッ!
只ならぬ気配に、クイックモーションで敵の顔面に岩をぶつける微居。しかし、メタルマンは顔に砕けた岩の欠片を被りながらも怯みもせず。
「すぐに終わらせてやるからよォ……。焦んじゃねェよ、早漏野郎がァ……」
黒い渦は激しく回転しながら、円盤状に姿を変える。それは砂鉄で形作られた、直径5m超の巨大な丸ノコ!
「喰らいやがれェッ! 極殺ッ! ブラック・ブレイドォーッ!!」
黒い豪刃は聖堂を断ち切るかのごとく、ゴオウッと一直線に微居に向かう。
「ちいっ!」
すかさず微居は連続で岩を撃ち込むが、巨大な刃はそれらをことごとく飲み込み、その勢いを殺す事が出来ない!
「しまっ……!」
ドグワシャーッ!!
…………。
…………。
…………。
「……お、お前ら?」
「何だとォッ!?」
2人から驚愕と困惑の声が上がる。
赤、青、黄色、緑、紫、輝く虹色。
微居が両断されると思われた瞬間、突如カラフルな岩壁が割って入り、ブラック・ブレイドの斬撃を防ぐ。
微居を守ったのは、洞窟の主が集めていた岩のコレクションだった。
*
微居は千個以上の岩たちが形成する、色鮮やかな『ぬりかべ』に向かって語りかける。
「……俺を助けてくれたのか?」
本来なら返事があるはずも無いが、微居は岩たちの微かな声を聞く。
あいつは聖域を侵し、仲間たちを傷つけた。必要ならば力を貸そう。と。
「……ありがてえ、だったら一瞬で良い、奴から隙を引き出してくんねーか?」
微居の依頼に、なぜかザワつく岩たち。
「……あ? 『ラブ』の方じゃねーよ。誰があんな奴好きになるか」
「何をゴチャゴチャ言ってんだァ?」
端からから見たら独り言にしか見えないが、微居は岩たちと二言、三言会話をかわし。
「頼んだぞ!」
意を得たとばかりに意思を持った石たちは、ポルターガイスト現象のようにフワフワと宙に浮く。
そして、空中で隊列を組み、一斉にメタルマンに襲いかかった!
「何だァッ!?」
ヒュドドドドドドドドドドッ!
色とりどりの岩の吹雪が、聖堂の中を荒れ狂う!
「しゃらくせェッ!」
機人は左腕のドリルを振るい、飛来する岩をことごとく打ち落とす。
だが、それは助攻! 長蛇の陣で回り込んだ主攻部隊の岩たちが、敵の背後から躍りかかる。
「視えてんだよ、こちとらよォ!」
ギャーンッ!
メタルマンは肩のドリルを反転し、背面攻撃にも対応する。
「……」
微居は、早撃ちガンマンのようなスタイルで攻める機会を伺っているが、メタルマンの鉄壁の守りは崩れない。
岩コレクションズが放つ、360度の全方位攻撃ですら。
「マグネットストリームッ!!」
メタルマンは右腕から磁気を放ち、砂鉄でドーム状のシェルターを創成し、全ての攻撃を弾き返す!
「……くそっ、たった一瞬だけで良いのに、まるで隙が見当たらねえ」
機人の足下には、砂のように砕けた岩々が散らばり、ついに友軍はあと僅か。
「テーツテツテツ! 数が増えたところで、しょせん石ころよォ! 鋼鉄に敵う訳があるかァッ!」
残りの岩たちは一丸となって最後の突撃を敢行したが、ドリルの一振りであえなく散った。
「……」
身動ぎ一つせず、微居は諦めたかのように目をつぶり、無言で佇む。
「テーツテツテツ、もう言葉も出ねェようだなァ! 今度こそ、終めェだァ!」
殺戮機人は左腕にドリル、右腕に砂鉄の渦を回転させながら、微居を破壊するべくスパートをかける!
「土手っ腹に、風穴ァ開けやがれェーッ!!」
ガクンッ!
「!!?」
突如、床から伸びた岩の手が、メタルマンの足を封じる。
その一瞬を逃さない!
「ここだ!」
カッと微居は眼を見開き、掴んだ岩を右の本格派から小細工無しのジャイロボールで放つ!
青い岩は、銃弾のように抉るような回転で、メタルマンの胸部に直撃!
「何度試ろうが、俺様に石ころが通用する……、があッ!?」
メキッ、ビキビキッ……、ドンッッ!!
蒼い光芒を放ちながら、機人を一閃!
メタルマンを貫通した蒼玉は、その背後の壁に突き刺さった。
「あ……、が……?」
拳大の空洞から、パリパリパリと火花が散る。
呆然と穴の空いた自らの胴体を見つめながら、膝をつくメタルマン。
決着を報せる風の音が、聖堂を舞う。
「……風穴が空いたのは、お前の方だったな」
「バカな……。何で石ころが、俺様に……」
微居は鼻を鳴らしながら、壁にめり込む青い岩を指し。
「……そいつは只の岩じゃねえ、モース硬度9.0の『サファイヤ』の原石だ」
「な、に……?」
サファイヤは、ダイヤモンドに次ぐ硬度を持つ青い貴石。その硬さは、硬度8.5の鋼鉄を凌駕する。
また、メタルマンが微居の挑発に乗って、『救国の光』のプレートを自ら引き千切り、装甲を弱めていたのも敗因の1つであった。
「お前は、散々バカにしていた『石ころ』に負けたんだよ」




