シャンカラ・ストーン
「……なんか、すげー満喫してるな歩武じいさん」
「でも、お前からすれば羨ましい限りじゃないか? こんな生活」
「……まあな」
絵井と微居は日記帳をのぞき込みながら、そう語る。
その後も、良い岩を手に入れた、岩で色々やってみた、やっぱ岩は良いわーなど、ビバ岩! ハイル岩! ハラショー岩! と言わんばかりの、岩と共に暮らす歩武さんの楽しい日々が続く。
しかし。
「あれ? 歩武さんの様子が変です?」
昭和60年◎月◎日
今日は朝から頭がぼーっとする。意識にもやがかかったみたいに、何も考えることができない。
時々意識が飛んでいる気がする。疲れているのかもしれない。
今日は早く寝よう。
しょうわ60ねん♪月♪日
昨日、何をしたかも思い出すことかできなくなった。
あさおきて、きがついたらよるだった。
きおくがない。年のせいか
61ねん※がつ※
おれ わたし? ここはどこだ なんで、ここにいる 岩がきれい
それからは日を追うにつれて、意味不明な言葉が連ねられており。
「最後は『かゆ、うま』としか書いてないです……」
「……ゾンビにでもなったのか?」
「なにそれ、怖い」
「きっと、この日食べたお粥がとっても美味しくて、言葉にならなかったんだと思います」
「「それは違うと思う」」
お腹を鳴らすジュエルに、絵井と微居は同時でツッコむ。
念のために、白紙が続く日記帳を最後までペラペラとめくってみると。
「あっ! 一番最後のページに、なんかいっぱい書いてあります」
昭和61年☆月☆日
昨日食べたお粥が美味かったせいか、今日は意識がしっかりしている。こんなに調子が良いのは何ヵ月ぶりだろうか。
「ほらほら、やっぱりお粥がおいしかったみたいです。ふっふーんです」
「「ホントかよ」」
しかし、その日に書かれていたのは、思いもよらない内容であった。
私が日記を書けるのは今日が最後になるだろうと思うので、ここに私が思う所を全て記そうと思う。
私は今までシャンカラ・ストーンの力で岩や鉱石に干渉し、色々な事が出来る事を綴ってきた。そして、伝説では『5個全ての秘石を集めると世界を統べる力を得る事ができる』とある。
この事から私は、おそらく全ての秘石を集めると、『地球』そのものに干渉が出来るのではないかと推測する。
すなわちそれは、地球の生命活動とも言える『地震』や『噴火』を自在に起こせる事を意味し、さらに地磁気や自転をも操作できるとするならば、『台風』や『洪水』などの天変地異さえも意のままになるという事である。
もしかすると、古くはローマ帝国の大都市を一夜で焼き尽くしたという『ヴェスヴィオ山の大噴火』。旧約聖書にある『メギドの炎』や一国を丸飲みにした『方舟伝承の大洪水』も、実はシャンカラ・ストーンによるものだったのではないだろうか?
もしも、これらが邪悪な者の手に渡り、欲望のままに用いられる事になれば、先ほど挙げた例すら比にならぬほどの大惨事を齎す事になるだろう。
『力のある石』は人を幸せにするが、不幸を招く事も往々にしてある。
願わくは、次にこの岩を手にする者は、平和と岩を愛する者であってもらいたい。そして、悪しき目的に使われる事が無いよう、堅く守り続けてほしい。
この論文をもって、私の研究の締めくくりとする。
歩武さんのレポートに記されていたのは、シャンカラ・ストーンにおける推論とその危険性。
そして、未来の人類に向けた遺志。
『スプ◯ガン』ばりの壮大な展開に、3人は顔を見合わせる。
「……なあ、俺たちってモブキャラだったよな?」
「うーん、だんだん自信がなくなってきたけど……」
「えっと、まだ続きがあるみたいです」
さて、伝えるべき事は全て書いたので、私はシャンカラ・ストーンの力で私自身を岩に変え、人間としての活動を終えようと思う。
これは自ら死を選ぶのではなく、岩としての新たな生を受けるものと考えてほしい。
つまりは、今流行りの『転生』である。
「……昭和の時代に『転生』が流行ってたのか?」
「そんな昔なら、たぶん『女神転生』とかかな?」
岩になるなら、やはり私の原点である水晶になりたい。その美しさに魅せられて、私は50年も岩を追い続けたのだから。
わざわざこんな所までやって来て、この日記を手に取ってくれた君は、どんな浪漫を追っている人物なのだろうか。もしかしたら、私を超える岩マニアだったりするのでは?
私が君の顔を見る事は出来ないが、私の姿を見た君が今どんな顔をしているのか、想像するだけでワクワクする。
最後まで読んでくれてありがとう。君の人生に幸多からん事を心から願う。
歩武
日記は、これで閉じられている。
「……」
「……」
「……」
しばらく、言葉も無く立ち尽くす3人。
「なんだか、とんでもないものを読んじゃった気がするけど……」
「……要するに、このじいさんが洞窟迷宮の製作者で、シャンカラ・ストーンの力で自分を水晶に変えたって事か」
「つまり、今この方が持っている岩がその……」
絵井・微居・ジュエルの3人は、改めて水晶の像に目を向ける。
鎮座する老人の像が、両手で大事に抱え持つ緑色の岩。
それは永い間、来訪者を待ち望んでいたかのごとく、淡い輝きを放っていた。
*
一見すると、メロンソーダにバニラアイスを溶かしたような、乳緑色のただの岩。
しかし、なぜかジュエルは秘石を目の前にしながら、手を伸ばそうとしない。
「……どうしたジュエル、せっかくのシャンカラ・ストーンなのに取らないのか?」
「はい、ちょっと恐れ多くて……」
「まあ、ぶっちゃけ墓荒らししてるようなもんだからね」
「……ちっ、しょうがねーな」
身動きが取れずにいるジュエルに変わって、微居が水晶の像に近づく。
一応、なんまんだー、さらまんだー、とお経らしきものを唱え、緑の岩を引っ張るとスポンと案外簡単に抜ける。
すると突然、岩が強い光を発して大聖堂内を激しく照らした。
「わっ!? 眩しいっ! バ◯スです?」
「目がーっ、目がーっ!」
「……お前ら、ちょっとだまって見てろ」
なぜか微居は、頭に巻いていた血止めのターバンをむしり取る。
「えっ? ダメです! まだ、傷が塞がっていないのに!」
当然、ドパーッと血が吹き出るかと思いきや、岩の輝きに照らされて、微居の額の傷はスーッと跡形も無く消えていった。
「ケガが治った……?」
「……どうやら、こいつは本物のシャンカラ・ストーンのようだな」
光もゆっくりと収束し、その効果を身をもって証明した微居は、手の中の岩を絵井とジュエルに見せてニヤッと笑う。
「本当に、その岩を5個集めたら、地球を操る事ができるのか……?」
「すごい……、ホントにすごいです! これなら、きっと……」
シャンカラ・ストーンの底知れない力を目の当たりにし、興奮が収まらない絵井とジュエル。
だが、微居はシャンカラ・ストーンから目をそらし、大聖堂の天井を見上げる。
「どうした、微居?」
「……いや、シャンカラ・ストーンもすげーけど、このじいさんも凄かったと思ってな」
聖堂の岩壁に堆く陳列された岩々を眺め。
「50年も岩を集め続けた上に、伝説のシャンカラ・ストーンをも手に入れて、最期は岩を枕に野垂れ死に。岩マニア冥利に尽きる話じゃねーか。じいさんに比べりゃ、俺はまだまだ足元にも及ばねえ。もっと『岩道』を極めねーとな」
うんうんです、と微居の言葉にうなずくジュエルと、岩道って何? と首を傾げる絵井。
「……よし! そんじゃ、とっととずらかるとするか」
「はいです!」
ついに目的を果たした3人は、洞窟の主の部屋を出ようとする。
しかし。
「……?」
「……どうした、絵井?」
「絵井さん?」
「まずいぞ……、奴が近づいて来ている……」
「えっ!?」
すかさず絵井が耳をそばだてると、地面と岩の破砕音が内耳に響く。
「……どこからだ?」
「3時の方角、仰角45度!」
「!!」
ドッゴオオオオオオオオオオーーーッ!
突如、爆発音と共に聖堂の右側がぶち抜かれ、ガラガラガラガラッと崩落する壁や岩が3人の頭上に降り注ぐ!
「ジュエルちゃん、微居! 無事か!?」
「わ、わたしは大丈夫です……」
「……先にお前が言ってくれたおかげで、何とかな」
『テーツテツテツ(笑い声)、ようやく追い付いたぜェ……』
もうもうと立ち込める土煙の中、ガシャッ、ガシャッと金属音を響かせて、殺戮機人が姿を現した。
「読者のてめェら、待たせたなァ……。ついに真打ちの登場だぜェッ!!」




