大聖堂
微居はモアイ太郎の背中に直接打撃を加えたが、その感触に違和感を覚える。
すると、ゴーレムは胴体ごとぐるんと回転し、裏拳を放って来た!
ドゴオッ!
まともに食らった微居は軽々と紙のように吹き飛んで、絵井とジュエルの近くにゴロゴロと転がる。
「微居!」
「微居さん!?」
しかし、微居はむくりと起き上がり、真っ二つに割れた岩と長靴を脱ぎ捨てた足を2人に見せる。
「……心配無用だ、岩でガードしたからな。靴は片っぽ取られちまったが」
「大丈夫か、微居? 2人がかりでなら何とかならないか?」
絵井は、彼の横に並び立とうとしたが。
「……いや、俺1人で十分だ。あいつの倒し方はもう分かった」
「えっ?」
微居は猛然とダッシュし、手の中の割れた岩を「おらあっ!」とゴーレムの胴体めがけて投げつける。
それを片手で払い受けしつつ、突っ込んでくる微居に正拳突きを叩き込もうとするモアイ太郎。
さらに、それを掻い潜り、微居はゴーレムの股下をスライディングで抜ける!
「そんなトロい攻撃が当たるかよ、ノロマ野郎……」
居丈高に挑発を仕掛ける微居に、モアイ太郎は部品ごとに爆裂し、自身が持つ最速の技で襲いかかる。
だが、それこそが彼の狙い!
飛来する手足をやり過ごしながら、胴体だけに狙いを定め。
「……ここだ!」
ヒュドドドドドッ!
うなる岩弾。右手で3発、左手で2発。計5発をカウンター気味にめり込ませ、堅牢なはずのゴーレムのボディにヒビが入る!
しかし、フォロースルー後の微居に、なおも胴体部分がダンプカーのような勢いで迫り来る。
が。
「ふんっ!!」
微居はゴガンッ! と頭突きをぶちかまし、ゴーレムのボディが粉々に砕ける。
「「ええーっ!?」」
モブキャラに似合わぬ豪快な一撃に、驚く絵井とジュエル。
身体を形作る要を失ったゴーレムは、再び組み上がる事なくガラガラガラと崩れ、瓦礫の山と化す。
微居は天に向かって、拳を高く突き上げた。
「……俺の勝ちだ」
テレッ、テレッ、テレッ、テレレレーン。(ステージクリアBGM)
「いやいや、お前張り切りすぎだろ。頭痛くないのか?」
勝利の余韻に浸る微居に、普段そんな事やらないくせにと、絵井はジュエルの方をチラ見しながら呆れたように言う。
「……手を出すより頭の方が早かっただけだ。胴体は他より脆そうだったしな」
だが、微居はファンタジーの主人公じゃなくラブコメのモブキャラなので、頭から血がドパーッと吹き出す。
「きゃーっ! 微居さん、おでこから赤い血が!」
「……心配すんな。ツバでも付けときゃ治る」
「岩好きだからって、石頭キャラぶっちゃダメです! 早く止血をしないと!」
ジュエルはポーチからタオルを取り出し、ダバダバと血を流す微居の頭を、インド人のターバンのようにグルグル巻きにする。
応急処置は得意なんです、とニッコリするジュエルに。
「……ほっときゃ、治るんだがな」
何事も無かったかのように振る舞い、微居は鷲掴みにしていた白いガラスのような玉を見せた。
「それは、珪石です?」
「ああ、これが胴体の中にあったゴーレムの核だ。こいつは相当に磨き込まれてるな」
「これが、あのデカいゴーレムの正体だったのか?」
珪石とはケイ素を含む石で、透明度が高い物は『水晶』と呼ばれる物。
微居が半透明の真球体を、裏表ひっくり返しながらまじまじと眺めると。
「……あ? 『良い闘いだった。久しぶりに漢に会えた』だって? ほめても何も出やしねーぞ。……ああ? 『先へ通じる扉を開けてやるから、とっとと下ろせ』だと? お前、負けたくせに何エラそうに言ってんだ」
「微居さん、とってもおしゃべりです」
「あいつ、岩相手だとコミュ強だよなあ」
微居が白い球をそっと床に置くと、玉はひとりでにころころと岩の山に向かって転がり、ガチャガチャと再びモアイ太郎の姿に組み上がる。
ゴーレムは地響きを上げて壁際まで歩み寄ると、壁の一部を掴んでズゴゴゴゴと隠し扉の引き戸を開けた。
モアイ太郎は、3人に先へ進むよう促す。
「『貴様たちに真実を見て欲しい』……? ああ、言われずとも先には行かせてもらうが」
微居は脱げた青い長靴を履き直し、ゴーレムに見送られて岩戸の奥へと進む。
短い通路を抜けて、彼らの視界に飛び込んで来たのは。
「……うおおおおおおおおおおっ!?」
「「ええっ!?」」
前後左右、360度、見渡す限り、岩、岩、岩、岩!
そこは、大聖堂のようなドーム状の広大な空間。
そして、半球体の壁一面に設えられた棚には、赤、青、黄色、緑、紫、輝く虹色。色とりどりの無数の岩が陳列されていた。
「す、凄いです……。世界中の岩のサンプルが揃っているみたいです。まるで世界首脳会議です……」
「すげえ……、こいつはマジで宝の山だぞ!」
その光景は、まさに岩の聖域!
ジュエルは驚きに声を震わせ、いつも淡々としている微居も、これまでに無いほど熱を帯びた歓声を上げる。
「俺には岩の価値は分からないけど、これはさすがに壮観だな……」
天井にも届くかのように積み上げられた岩々を見上げ、絵井も思わず感嘆する。
3人はしばらく言葉も無く、茫然とその光景を眺めていたが。
「で、この中のどれがシャンカラ・ストーン?」
「えっと、わたしがインドで見たのは赤い楕円形の石で、大きさはこれくらいだったです」
ジュエルは薄い胸の前で、コカ◯コーラの350ml缶くらいの大きさのジェスチャーを見せる。
「ですが、ここにあるシャンカラ・ストーンが、同じ姿形をしているかどうかは分からないです」
「じゃあ、手当たり次第に探さないといけないの? ざっと見たところ1000……いや、2000個以上はあるよ?」
だが、微居は事も無げに。
「……シャンカラ・ストーンが『力ある石』なら、一目見たら分かんだろ」
「そりゃ、お前はそうかもしれないけど」
「はいです! それでは、頑張って探しましょう!」
3人は手分けして、棚の岩を一個ずつ調べていく。
壁に並んだ岩々は、大きさも形も文様も様々。
「微居! この薔薇の花みたいな岩は何だ?」
「……それは、『重晶石』だ。砂漠のオアシスが干上がった時に、たまたま石の成分がそんな形に結晶化したものだ。見事な出来だがシャンカラ・ストーンじゃなさそうだな」
「微居! このデカいメタリックなサイコロは何だ?」
「……それは、『黄鉄鉱』だ。見た目はインパクトあるが火打石に使われてるぐらいで、珍しいもんじゃねーぞ」
「えっ!? 何でこんなところに、豚バラがあるんだ!?」
絵井が見つけたのは、脂身と赤身が層に分かれた豚バラ肉のようなもの。
「……そりゃ『豚肉石』だ。中国の観光地に土産物として良く売ってる奴だな」
「世界にはこんな岩があるのか……?」
「……っと、これはサファイアの原石か。本当にすげーコレクションだな。集めた奴の顔を見てみたいもんだ」
微居は拳大の青色の岩を手に取り、嬉しそうに美しさと重さと感触を確かめる。
突然。
「きゃあああああーっ!?」
「「!?」」
ジュエルが、絹を割くような叫び声を上げる。
絵井と微居は腰を抜かした彼女の元へ、慌てて駆けつけた。
「ジュエルちゃん!?」
「どうした、ジュエル?」
「あ、あ、あれを……」
ジュエルが指さす先、目の前の壁の一角に彼らが目撃した物とは。
「これは、人か……?」
「……水晶の、全身ミイラだ」
*
そこに鎮座していたのは、仙人のような長い髭を持つ老人を模した水晶の像。
頬はこけ、眼は落ちくぼみ、痩せこけ疲れ果てたような身体に、ボロ服を纏った姿。
作り物にしてはあまりにも精巧な造形。まるで生きた人間がそのまま……。
「『水晶の髑髏』ってのは聞いたことあるけど、全身まるまる?」
「……もしかして、こいつがモアイ太郎が言ってた『主』か?」
「これは、日記帳です?」
ジュエルは、ミイラの側に落ちていたジャポ◯カ学習帳を拾う。
色褪せた表紙には蝶の写真が載っており、名前の欄には『歩武』との表記が。
「これは、『ボブ』って読むのかな?」
「……『ポム』じゃねーのか? ポムじいさん」
「『あゆむ』さん、ではです?」
ジュエルはパラッと表紙をめくってみる。
昭和59年◯月◯日
ついに、念願の『シャンカラ・ストーン』を手に入れた。岩を収集して50年、我が人生の最大目標を達成する事が出来て感無量である。これから、この秘石が持つ不思議な力について研究しようと思う。
「わっ、昭和の時代の日記です」
「……昭和59年というと、35年くらい前か」
「50年も岩を集めてるなんて、微居みたいな人だね」
「続きを読んでみますね、なになにです……」
昭和59年△月△日
色々と調べた結果、シャンカラ・ストーンは地面や岩・鉱石に干渉して、様々な現象を引き起こす事ができると判明した。
なので、私は肘川の山をまるごと秘密基地に改造しようと思う。入り口はペトラ遺跡みたいな、格好良い門にしたい。
昭和60年□月□日
シャンカラ・ストーンの力で、色んな動物を土や岩で作ってみた。
特に自慢の硅石を核にして作ったゴーレムは会心の出来映えである。モアイみたいになったので『モアイ太郎』と名付けよう。
昭和60年×月×日
私はとうとう、50年間集めた岩を飾ったコレクションルームを作ってしまった。
下から見上げれば、全ての岩を観る事が出来る。
我ながら素晴らしい眺めだ。今日はこれをアテに酒を飲もう。
そこには、1人の岩マニアのめくるめくような日々が綴られていた。




