モブキャラたちの夏休み
この作品は間咲正樹様原作、『明らかに両想いな勇斗と篠崎さんをくっつけるために僕と足立さんがいろいろ画策する話』の二次創作になります。
間咲正樹様、ご快諾ありがとうございます!
《ザザーッ……、8月1日のお昼のニュースです。地質学研究の第一人者である片出巌氏が、落盤事故により意識不明のまま1ヶ月が経過ザッ……、未だに回復の兆しが見えない状況が続いておりザザッ……、学会からは心配の声が…………》
「いやー、暑いなあ」
ここは、千葉県肘川市。
市内にある特徴の無い住宅の、どこにでもあるような白壁の一室に、地味な見た目の少年が二人。
古ぼけたAMラジオの音。開いた窓から夏本番のセミの声。ヴゥゥとうなる扇風機の音。
そして、シャリッ……シャリッ……という、何かを擦る音が響く。
「なあ、微居。お前、まだ部屋にエアコンを付けないの?」
ウチワをぱたぱたとあおぎながら、柔和で人懐っこそうな顔の茶色髪の少年、絵井は朗らかに部屋の主に語りかける。
「……モブキャラの部屋に、エアコンが付くわけがねーだろ」
目元までかかった黒髪のせいで表情はうかがえないが、微居と呼ばれた少年は不機嫌そうに応える。
「エアコンのあるなしに、モブかどうかは関係なくない? まあ、確かにウチにもエアコンは無いけど」
「そんなに暑いなら、こんなとこにいないで図書館にでも行けばいい」
「つれない事言うなって。親友のお前ん家に入り浸るのを、俺の夏休みの日課にしてんだから」
「ふん……」
物好きな野郎だ、と言わんばかりに小さく鼻を鳴らし、微居は自らの作業に戻る。
古新聞の上にあぐらをかき、電話帳くらいの黒くて四角い『岩』を抱えてシャリシャリと紙やすりをかける。
ちなみに、部屋の壁に据えてある棚には、丁寧に研磨された大小さまざまな色や模様の岩が飾られており、殺風景な部屋に添えられる硬質な彩りは、この少年が無類の『岩好き』であることを雄弁に語る。
「ま、部屋でゴロゴロしたり岩磨きもいいけどさ、俺たちもなんかこう、パーッと『ラノベの主人公』みたいな夏休みを過ごしたいもんだね」
「……ラノベの主人公みたいな夏休みとは、何だ?」
「例えば、可愛い女の子たちと海に行ってビーチバレーをしたり、お祭りに行って浴衣姿にドキドキしたりとか」
「そんな相手がいるか?」
「いないねえ」
チリーン、とひとつ風鈴の音。
「俺たち『モブの者』に彼女なんか出来る訳ねーだろ。そもそも作る気もねえし、俺には岩さえあれば良い」
「またまたそんな。お前も女の子に興味無いわけじゃないんだろ?」
「……俺の趣味に付き合えるような女がいれば、だがな」
そんな奴いる訳ないだろと高をくくりながら、微居は岩についた削りカスをフッと吹き飛ばす。
「……だいたい、そんなモノは浅井と足立、それから田島や篠崎あたりの役目だろ。俺たちモブの柄じゃねえ」
「そりゃまあ、そうだろうけど」
「……まったく。あいつらと来たら、好き合ってるのがミエミエのくせに一向にくっつこうとしねーんだからな」
微居はクラスメイトで友達以上恋人未満の2組のカップルの名を挙げ、悪態をつく。
そして彼は、投げるに手頃な拳大の岩を取り出し、『ゴトッ』と傍らに置くと。
「……あああ、思い出したらムカついて来たな。浅井の家に岩を投げに行っていいか?」
「良いワケないだろ。なに堂々と犯罪予告してんの」
「……浅井がダメなら田島の方でも良いぞ。腕がうずいて仕方ねえ」
「彼女はいらないっつっても、リア充にはムカつくんだな」
高一なのに厨二のセリフを吐きながら、震える右腕を抑える微居に。
「じゃあ、沢にでも行って『石投げ』でもするか? 涼しいしストレス発散にもなるし、まさに一石二鳥だ」
「……なるほどな。悪くねえ」
「だろ?」
絵井が提案する昭和の遊びに、微居は異議無く首肯する。
性格は違えど、親友どうし息の合ったところを見せ、二人はさっそく近くの山へと向かった。
*
絵井・微居少年が住む肘川市の郊外に、わりと大きな山がある。
山を取り囲む散策道は、春は桜、秋は紅葉を楽しむ事ができるため、ハイキング客で大いに賑わう。
しかし、この山はひとたび中に踏み入ると、山登りという言葉が生易しく感じるほどの断崖絶壁がそびえ、激流渦巻く渓谷がはだかり、地元民でもなかなか寄り付かない秘境と化す。
だが、普段から『鬼ごっこ』や『かくれんぼ』に興じる古き良き時代の少年たちには格好の遊び場でしかなく、彼らはここにちょくちょく足を運んでいた。
「えいっ!」
茶色の髪の少年、絵井がシャレを利かせた掛け声で、平たい石をサイドスローで投げる。
放たれた石はピッピッピッと水を切り、水面に波紋を広げるが勢いを失いポチョンと沈む。
「……おらあっ!」
カラスのような黒髪の微居は、気合い一閃アンダースローで放つと、パパパパパッと平石が水上を走る。
さらに、川を渡りきった石は対岸まで到達し、カッカッカッと陸を駆け上がり、奥の岩壁にカツンッと当たった。
「……俺の圧勝だな」
「お前は相変わらず、そういうのをやらせたら上手いね。なんかコツでもあるの?」
「正しいフォームと握り方、あとは石の声を聞けば良い」
「お前じゃないんだから、無理言うな」
「岩を投げさせりゃ、俺の右に出る奴はいねーよ」
ふっ、と勝ち誇る微居に、絵井は機嫌を損ねる事も無く。
「ところで、今日は上から下まで水色コーデだな。なんで?」
見ると微居のスタイルは、水色の夏用パーカーとジーンズの短パンに、アンダーパンツまで同色系でまとめたコーディネート。
そして、水辺で遊ぶために濃い水色の長靴を履いている。
「……朝のテレビの占いで、ラッキーカラーが水色だったんでな。悪いか?」
「いや、涼しげでいいと思うよ」
微居の格好は、どうみてもカプ◯ン社のアクションゲームの主人公にしか見えなかったが、絵井は特にツッコミを入れずに再び石を拾おうとして、ふと動きを止める。
「……どうした、絵井?」
「茂みの中を歩いてる奴がいる。イノシシか……?」
せせらぎの音しかしない川岸で、絵井は聴覚を研ぎ澄ます。
「いや、人だ。若い女の子かな? 近づいて来てる」
「……どこからだ?」
「上だ。向こう岸の崖の上」
絵井の言葉に微居は視線を向けると、20mほど離れた対岸側の絶壁の上の繁みから、ガサッと人影が現れた。
「あーっ!! 人がいるーっ! 良かったですー!」
少女の可愛らしい声が谷川に響き渡る。
「すいませーん! 何か食べるものをいただけませんかー! 道に迷ってお腹ペコペコなんですー!」
絵井と微居は顔を見合せ。
「……何だ、あいつ? 初対面でいきなり食いモンをたかって来たぞ」
「でも腹の音が聞こえるから、本当にお腹が空いているみたいだね。食べ物なら持ってますよー!」
「わーいです! 今からそっちに行きますねー!」
絵井が手を上げて応えると、崖の上の少女はとても嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねる。
「……やめろ! そこはヒビが入ってるぞ!」
「えっ?」
ガラッ……!
微居が鋭く制止するも時すでに遅く、少女の足元が崩れ落ちる。
「きゃあああっ!?」
高さ10m以上の断崖絶壁。落ちればもちろん命は無い!
「危ない!」
「ちっ!」
微居は沢に散らばる大ぶりな岩を拾い、矢継ぎ早に対岸に投げ飛ばす。
「うおおおおおおおおおお!!」
ドガガガガガガガガガガッ!
微居が投げる岩は、釘のように次々と岩壁に突き刺さり、さながらパチンコ台のような姿を形作る。
少女はパチンコ玉のようにピン、ピン、ピピピン! と岩に弾かれ、最後はべしゃっと地面に落ちて、「きゅう……」と気絶した。
「なあ、もうちょっと良い助け方は無かったの?」
「死ぬよかマシだろ」
絵井と微居は川をざぶざぶ渡り、対岸で倒れる少女を介抱しようと近付く。
すると。
『……!』
二人は少女の姿を見て、息を飲む。
探検隊のような服を身にまとい、健康的な小麦色の肌に、長いまつ毛と整った鼻梁。
眠っていても、明らかに一目で分かる美少女。
しかし、彼らの目を引いたのは、エビ編みと呼ばれる一本に編み込まれたピンク色の髪。
「この娘は……?」
「……ああ、『ヒロインの者』だ」