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桃『太郎』の『鬼』退治  作者: そーた
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桃太郎と父親

そこは村というよりは、砦と言った方が相応わしい所でした。


四方は高く積み重ねられた石垣に囲まれており、四隅にはその石垣よりも一層高く背を伸ばした物見櫓がそびえています。


物見櫓の梯子を登っていった村人が、先にそこにいた仲間に何やら声をかけると、その者は疲れた様子で物見櫓の梯子を降りて行きました。


見張り番の交代をしたのでしょう。



あの後―――


桃太郎は、頭領とおばあさんから真実を聞かされた後、拘束を解かれ、頭領にある場所に連れられました。



そこへ行く途中にある村の中では子供達が泥だらけで走り回り、男達や女達が皆、忙しなくそれぞれの仕事に精を出しています。


皆、身なりはボロボロでもその眼には生き生きとした輝きがあり、どんな苦難にも負けないようなそんな力強さが感じられました。


しかし、彼らはその少年の顔を見た途端、表情を一変させます。


女達は怯えた顔で子供達を捕まえ、さっさと家の中へと隠れてしまいました。


男達はその表情に敵意の色を宿し、桃太郎の横を通り過ぎていくのでした。


「気にするな。

村の者達もまだ気持ちの整理がついていないんだ。」


そばを歩く頭領が、桃太郎に声をかけます。


「………。」


桃太郎は村の中を歩きながら、その表情を曇らせました。



頭領は人々に対し、桃太郎の生い立ち、そして彼が洗脳されていた事の説明をしたものの、

やはりまだ気持ちの部分では桃太郎に対して何かしらの恐怖や憎しみの感情を残しているのでしょう。


その事はさっき彼らが桃太郎を見た時の表情が物語っています。


「しかし…どうして『鬼』、なんでしょうか?」


桃太郎は独り言のようにポツリと呟きます。


彼のそんな言葉に頭領は眉だけで続きを促してみました。


「何故おじいさんはこの村の住人を鬼に見立てたのでしょうか?

わざわざ存在しない鬼に見立てる必要はあったのでしょうか…」


頭領は宙に舞う何かを見るように視線を浮かせ、少しばかり間を開けた後、ゆっくりとこう答えました。


「この島の名前が『鬼ヶ島』…だからだろうな。

鬼ヶ島には鬼がいる。

思い込みを抱かせるにはこれが最適だと考えたんだろう…。

敵が人ならざるものであれば、殺しても罪悪感は感じないしな。」


そんなどうしようもなく単純で、かつ非情な答えに、桃太郎はさらに表情を曇らせました。


そんな彼の様子を見て、頭領は急にこんな事を言いました。


「俺は確かに『鬼』なんてものは存在しないと言ったが…




鬼とは、人の存在そのものなのかもしれないな…。」





桃太郎はその言葉に、何も言わず頭領の方へと目をやります。


「お前がこの島に攻めてきたという情報を聞いた時、俺はお前が復讐に来たと思った。


息子を敵に差し出した情けない父親へ復讐しに来た、とな。


あの時のお前にとっての鬼は、俺自身だった…

そう、俺は思ったんだ。」


「いえ…そんな事はありません。

僕はあの時本当の事など一切知らずに…」


悲しげに否定する桃太郎―――


「ああ、それは分かっている。

あの時のお前はただ洗脳されていただけだ―――。」


頭領は彼の言葉を遮りました。

そして彼はそのまま言葉を続けます。


「だが…人は皆簡単に鬼になることができるし、知らず知らずのうちに誰かにとっての鬼になっていることもあり得る。


それは―――


姿形の話ではないんだ。」



「誰かにとっての……鬼?」


桃太郎は頭領の言葉を反芻するように繰り返しました。




そして、その内に村の人々が住んでいる区画を抜け、やがて二人は目的地につきました。




そこは一見するとだだっ広い敷地―――


しかし地面には無数の縦長の石が規則的に立てられています。

そしてそれをさらに付け足す為かいくつもの同じような石が用意されており、そのそばには村人達がせっせと人一人が入れるくらいの穴を何個も掘っています。




そう、桃太郎が目指していたのは、この村の墓地だったのです。



「………ッ。」


そして桃太郎はある光景を見て、その表情を歪ませます。



掘られている穴の横に並べられたもの―――



それは無数の村人達の死体でした。



「これは…僕が……。」



彼らは、桃太郎に『鬼退治』と称して切り刻まれた、『人間』でした。



今の桃太郎には彼らはなんの変哲もないただの人間の姿に見えており、これらの事を自分がやった事とは到底信じることができませんでした。


しかしそれでも―――



「彼らは……皆僕が殺してしまった人なんですね。」



彼らの内の何人かの顔には見覚えがあったからです。

やはり姿形は違って見えても、顔立ちは同じだったようです。


そしてその現実が、桃太郎に対し無理矢理にでもその事実を信じさせる結果となりました。


その事実を自覚した途端―――


「〜〜〜〜ッ!!」


急激な吐き気が桃太郎を襲い、彼はたまらず嘔吐してしまったのです。


しかし、頭領はそんな実の息子の姿を見ても、駆け寄るそぶりは見せません。

彼の顔は一人の父親ではなく、人々をまとめる長としての顔つきでした。


「桃太郎よ。

気にするな…


……とは言わん。


受け止めるんだ。

洗脳であれどうであれ、これはお前が自分の意思でやった事なんだ。」


その言葉は、今のこの少年にはとても辛く、耐え難いものだったに違いありません。


しかし言った頭領本人も、その声音からは苦しみの感情がわずかに溢れ出ていたのでした。




桃太郎は口元を拭うと、なおもその死体達に目をやりました。


そして彼は魂の抜けたような無機質な言葉で頭領に対して言いました。


「僕…この人達の顔、何人かは見覚えがあるんですけど…

見覚えのない人もいるんですよね…。

夢中で戦ってたからっていうのもあるのですが…

もしも敵が人間だと分かっていたなら、僕は自分が殺した人間の顔くらいははっきりと覚えていたでしょう。

でも…敵は鬼だから…敵は人間じゃないから…

そう思って戦っていたから、顔もよく見ずに殺していたんですよ。」



それはまるで懺悔のように…

その言葉は頭領に対して発せられたものでしたが、彼の声は虚空を舞い、誰にも届いていないようにも見えました。



誰に言ったものでもなかったのでしょう。


それが分かっている為、頭領はあえて何も返事をしようとはしませんでした。



そして桃太郎は虚な目を横に泳がせていくと、ある男の子の姿に目が止まります。


桃太郎は特別何かしらの反応をするわけでもなく、ただ何となくその男の子を眼に映したまま、ボーッとしてました。



「………。」


その男の子は桃太郎と同じように、並ぶ死体を見つめています。


ただ、彼の視線の先にあったのは、一体の死体。


その死体は脳天をかち割られており、おぞましい姿を晒していました。


その男の子はその死体をじっと見たまま唇を噛み、目からは一筋の涙が溢れていました。



「あの子は彼の息子だ。」


この光景を見れば明らかに分かるものでしたが、頭領はそれでも一応の説明をしました。


無論桃太郎もそれが分かっている為、何の相槌もありません。



しかしそれよりも―――


その死体の顔。



桃太郎はその顔にも見覚えがあったのです。



「あれは確か…。」





ひぃ!まっ待ってくれ!頼む!助けてくれぇッ―――





桃太郎に対して命乞いをしていた鬼の事を思い出します。


あの時、桃太郎がそんな彼に対して刀を振り上げた時に、頭領からの制止が入ったのでした。





しかし―――



桃太郎は彼を殺しました。



言われた通り、刀を下ろした―――



―――なんて言葉を吐きながら。




「………。」



桃太郎は涙を流す少年とふと目が合いました。


言ってみればあの子供の父親は、本来死ななくて済んだかも知れないのです。


子供が桃太郎を見た途端、その表情はにわかに憎しみの色を滲ませ―――





子供は言い放ちました。




桃太郎に対し―――



静かに、しかし激しい憎悪の感情を込めて…



「父さんを返せ…




………この、鬼め。」



と。



桃太郎は衝撃を受けました。



子供に罵倒されたから―――



なんかではありません。





知らず知らずのうちに誰かにとっての鬼になっていることもあり得る―――




ここに来る前の、頭領の言葉を思い出します。



桃太郎はその言葉の意味に、やっと気がついたのでした。



「そうか……。



鬼は………僕だったんだ。」





頭領は、そんな桃太郎を苦悶に満ちた表情で見守りました。



その顔はまさに、一人の父親としてのものでした。


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