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第8話

 大晦日。


 一緒に年越しをすることを決めていたわたしと良雪は、スーパーで年越しそばの材料を買って…年末のあわただしい商店街を散策している。

 時刻は、七時半。いつもなら営業を終えている店舗も、近くに中規模の神社があるため営業中になっているところが多い。


「みたらし買っていこうか」

「じゃあ、五本ね。わたしが二本で、良雪が三本」


 おばあちゃんの焼いているみたらしだんごが香ばしいので、買っていくことにする。


 …ここのみたらしだんごは、年を越してしばらくしたころに姿を消してしまう。こういう記憶を、ふわりと思い出してしまうのが…少し、悲しい。思い出したところで道筋は変わらないし、どうすることもできないことを知っているから。


「充?」


 しまった、また私は良雪の前で浮かない顔をしてしまったみたい。

 流されるしかない運命だけど、それを楽しむって…決めたのに。わかっている道筋を、充として楽しむんだって…、決めたのに。


「…わたし、やっぱり五本食べたいなって思って。」

「充!食べ過ぎだよ!!年越しそば食べられなくなるよ?!」


 (わたし)の浮かない顔を見て不安感を覚えた良雪を、きっちり笑わせておかなきゃね。

 みたらしだんごを頬張りながら、良雪のアパートへと…向かった。




 良雪の部屋で、仲良くこたつに入りながら、歌合戦を見る。

 時折出演者にツッコミを入れたりして笑い合いながら、のんびりと時間を共に過ごすのが…心地いい。煌びやかなステージと、心にしみわたる歌声。毎年恒例の歌合戦は、マンネリ化だとか言われつつも、ついつい、見てしまうのよね。…何度見ても、見飽きることがないステージになっているというか。


 …まるで、それは。

 アカシックレコードを持ちながら、良雪と恋に落ちた、わたしのようで。


 これから起きることを知っている、そしてそれを楽しむ。

 これから起きることを知っている、そしてそれを受け入れる。


 結果を知りつつ、そこにたどり着くような。

 ()()()()は…、変化のない、変えようのない、究極のマンネリなのかもしれない。


「年越しそば、食べる?」


 少しだけ憂鬱な表情をしているわたしに、良雪が声をかける。


―――初めての年越し

―――不安、なのかも

―――朝まで、一緒に過ごすことが


―――僕の事、警戒してる?


 良雪の不安が、すべて思い出される。


「うん、私作るよ。良雪は卵二個だよね」


―――充は僕の好みを全部知ってる!

―――充の作るご飯は全部おいしいから…期待大だ!


「僕も一緒に作るよ!」


―――でも、時折とても悲しそうな顔をする

―――気を使っている?

―――僕のことを、怖がっている?


「ありがとう」


 私がにっこり笑うと、良雪もにっこり笑った。


―――僕に、気を使わなくてもいいんだよ?

―――僕は、充の嫌がることは絶対にしない

―――僕と、一緒にいてくれたらそれだけで


 良雪がお湯を沸かしてそばをゆでている間に、わたしは出汁を取ってつゆを作る。そんなに広くないキッチンで、場所を入れ代わり立ち代わり…手際よく作業を分担して。

 良雪の記憶がある()だからこそ、スムーズな調理ができたんだと…気づく。


―――菜箸はどこだったかな。


「このお箸でゆでてね!」


―――もうじきゆで上がるな。


「器にそばを入れてもらってもいい?」


―――卵はいつのタイミングで入れるんだろう?


「卵割って、そばの上に入れてくれる?」


 ゆで上がったそばの上に、具材の入ったつゆを回しかけて…生卵の表面が、うっすらと白い膜を張った。


―――美味そう!さすが充!早く食べたいけど、後片付け…。


「じゃあ、テーブルにもっていって、食べようか。片づけは…」

「食べてから一緒にやろっか、あとにしよう?」


 絶妙のタイミングで、良雪の望む言葉をくれる、充。

 何をしても、自分の欲しい言葉をくれる充。


 自分たちの相性の良さを…しみじみと感じている、良雪……。



―――ゴーン・・・ゴーン・・・


 近所から聞こえてくる除夜の鐘の音を聞きながら、一緒に年越しそばを食べる。


 ただ穏やかに……、時間が、過ぎてゆく。


 良雪好みの、かつおだしの利いたそば。

 油揚げとねぎと蒲鉾が浮かんでいる、ごく普通の年越しそば。


 ()の中の、孤独な人生を終えた良雪の記憶が……、歓喜に震えている。


―――充の作った年越しそばを、もう一度食べたかったんだ―――


 今、わたしが食べているのは。

 孤独に人生を終えた良雪が、願ってやまなかった……充の作った年越しそば。


 もう二度と食べることのできない、愛する充が作ってくれた、年越しそば。

 何度も何度も年を越した良雪が、何度願っても食べることがかなわなかった、年越しそば。


 この一杯を、良雪は生涯忘れられない味として…、心に刻んで、人生を終えた。


 ……ダメ、孤独に人生を終えた良雪の記憶に、わたしの感情が…引きずられてしまう。


 悲しみの記憶が、わたしを包み込む。

 喜びの感情が、涙を呼ぶ。


 充が悲しそうにそばを食べていた理由が、わかった。

 自分の中の記憶と……必死に、戦っていたんだ。


―――充が緊張してる?

―――充はこのあとの展開を望んでいない?

―――充を…泣かせたく、ない


 違う、わたしは良雪の思っているようなことは…何一つ考えていない!


 けれど、わたしは…何も言えない。

 今にも涙が、こぼれそうになっているから。


 孤独な人生を終えた良雪の記憶が…、ずしりと、のしかかってくる。


 運命を変えるならば、わたしはここで…にっこり笑って良雪に向かい合わなければならないというのに。

 わたしが穏やかに微笑んでいたら、それだけで運命は変わるはずなのに。


 ()は…知ってるじゃない。

 良雪が準備万端なのを、知ってるじゃない。


 それに応えてもいいって、思っているのに。


 どうしても、……どうしても。


 悲しみが…私から、離れていかない。


 どうしても……、どうしても。


 孤独に人生を終えた良雪としての喜びの感情が……、私から、離れていかない。


 わたしは今、孤独に人生を終えた良雪ではなくて、()()()()()()()


「ね!片づけたらさ、八幡様(はちまんさん)に行こう。出店もいっぱい出てるし、楽しいと思うよ!」


 ……ほら、良雪がわたしを気遣っちゃったじゃない。


―――ゴーン・・・


 変えられない流れに包まれたまま、108つ目の除夜の鐘が、鳴り響いた。




 年を越したばかりの深夜の街中は、行き交う人が多くて…とても、賑やか。

 近くに神社があるからだと思うんだけど、小さな子供も結構いるから…少しだけ、びっくりしてしまう。


「小さい子も結構いるね、眠くないのかな…?」

「テンションが高くなってるんだよ、きっと」


 充と新年を迎えることができた良雪も、テンションが上がっていたことを私は知っている。

 そして、準備万端だったのに何もできなかった自分に…テンションが下がったのも知っている。


 実はわたしも…テンションが下がっていることを、しみじみ、感じていたりするのだけれど。


「みてみて充!!いっぱい店出てる!!」


 神社の周りには、良雪の大好きなカップ綿菓子やタイ焼き、お好み焼きにトウモロコシ…たくさんの出店が並んでいる。


 たった今、良雪のテンションが元に戻ったのも、わたし、知ってるのよ!


「ブドウ飴食べたいな!」

「いいね!色々食べよう!」


 年が明けたばかりの時間帯は、初詣に列が伸びる。

 この隙にいろいろと屋台を楽しみ、空いてきてから鳥居をくぐろうという計画なのよ。


 その計画は、ばっちり成功するから……大丈夫!




 さんざん出店でおいしいものを食べてテンションをあげたわたしと良雪は、四時を過ぎて少し空いてきた境内へと足を向け、仲良く並んで歩いている。

 まだ少し参拝待ちの列はあるけれど、二人で待っていたら…時間はそんなに気にならないもの。


「充は何をお願いする?」


 わたしは、運命を変えたいと…願いたい。


 ……けれど。


「…内緒」


 神に、願うという事。

 …私は、願った先に、叶えてくれる神はいないという事を、知っている。


 アカシックレコードには、神の存在は記されていない。

 ただ永遠に…、生まれて、人生を終えてゆくだけ。

 それがこの世界の事実であることを…、知っている。


 願いを叶えるためには、自分でつかみ取らなければ、自分で行動しなければ、何も…変わらない。

 与えてくれる都合のいい神など、いないのだから。




 ぱんっ!ぱんっ!!


 二拝二拍手の作法をきっちりこなして、手を合わせる。


 神は、いない。

 けれど…、この場は、とても神聖なものだと…わたしは思うから。



 願いを、神に伝えるためではなく…、自分の中で再確認するために思い浮かべる。



 わたしの、……願いは。


 既視感のない会話をしたい。

 私の知らない人生をつかみたい。

 良雪の人生を変えたい。



 深くお辞儀をして横を見ると、良雪はまだ目を閉じてお願いをしていた。


 …いっぱいお願い、してるのよね。


 充と一緒に朝が迎えたいとか、充の寝顔が見たいとか、充の裸が見たいとか…!!!

 かつて自分がお願いしたことだけど……、とっても、とっても不謹慎だって思うのよ?!


 良雪が目を開けて、深く礼をしてる。

 で、私を見て、にっこりと……!!


 …は、恥ずかしい!!


 にっこり紳士を気取ってるけど、あなたの頭の中は全部全部…覚えてるんだからね?!


「お願いできた?」

「う、うん…」


 赤い顔の充がかわいいって思ってるんでしょ?

 それを見て、僕のことお願いしてくれたんだなって思ってるでしょ?


 そうよ!

 その通りよ!!


「あ、見て、充!夜があけてきたよ!あっちの高台に行こう、初日の出…みられるんじゃないかな!」


 このあと良雪は、初日の出に向かって…また色々とお願いするのよ!

 朝日に照らされた充の顔が真っ赤で、バレちゃったかもって…焦るのよ!!




 神社の端の高台から初日の出を一緒に見て、手を合わせた後、商店街方面へと向かう事になった。


 新年の早朝7時、神社を出てしまえばほとんど人はいない。

 店はすべて閉まっていて、空気も澄んでいる。少し風が出てきて寒いけど、とても爽やかで…、気持ちがいい。


 少し歩くと、スーパー銭湯が見えてきた。

 『新春朝風呂』の文字が入ったのれんがたくさん並んでいる。ここは年末年始とお盆だけ、24時間営業をやっているのよね。

 ……何度も、何度も、入りに来たけれど。老朽化が進んで、取り壊しになって……、ああ、ダメ、新年早々(未来)の出来事を…思い出しては。


「ね、ちょっと寄っていかない?昨日お風呂入ってないし、ここ着替え買えるからさ」

「混んでないかな?とりあえず、見に行ってみよっか」


 良雪は……、充と一緒に朝を迎えることができて、テンション上がってるのよね。


 それで…湯上がりの充も見たいって、思っちゃってるのよ!

 朝を一緒に迎えるって願いが叶ったから、湯上がりもいけるはずって思ってるのよ!!!


「そんなに混んでないよ!寄ってこ、寄ってこ!!」

「う、うん・・・」


 中に入って、入場券を買って。タオルを、買って。


「下着は中で販売してるみたいだよ、出たら、あそこの仮眠コーナーで待ち合わせにしようか」

「う、うん・・・」


 わたしは女湯に行って、ロッカーに荷物を入れて。


 替えの下着は…、買うつもりは、ない。


 なぜなら、替えの下着を…持っているから。

 …充だって、実は準備万端だったのよ。色々と、ね……。


 運命を変えたいと願うわたしの、流されることに対する…精いっぱいの、抵抗。


 …今回も、変えることが、できなかった。

 朝ぶろのお湯を顔にバシャバシャやりながら、わたしは少しだけ、泣いた。




 髪を乾かし、待ち合わせの仮眠コーナーに行くと…、良雪が待ちくたびれて眠っていた。

 

 仮眠コーナーには枕とシートが合体した椅子が60ほど並んでいて、自由に仮眠を取る事ができるようになっている。

 元旦という事もあってか、仮眠をしている人は多くない。ロビーのあたりで餅つきや粕汁のふるまいが行われているので、そちらに人が集まっているという事もある。

 

 わたしは、良雪の隣の仮眠シートに、横になった。


 一晩中歩いていたので…、疲労感と、眠気がある。

 正直、眠い。眠りたい。このまま寝てしまいたいけど、どうしよう。


 ……このあと、良雪は。

 

 いつの間にか眠りこけてしまっていた事に焦って、飛び起きて。

 目を覚ました直後に、隣で充が眠りこけてるのを見て…歓喜するのよ。


 充の寝顔が見たいって願いが早速叶っちゃって……大喜びするのよ!

 ぐっすり眠ってる充の寝顔をこっそりスマホで何枚も撮って、お守りにするのよ!!

 スマホの待ち受けにしたりパソコンのスクリーンセーバーに入れたりするのよ!!!



 眠っちゃ…ダメ!!!



 眠ったら、恥ずかしい事になるって……知ってるのに。



 わたしは、眠くて、眠くて…。



 眠っちゃった、のよ、ね…。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 9/9 ・この「笑顔なら未来が変わる」「素直に言えば未来が変わる」感じ、何度も経験した事あるんですよね。読んでてじわじわ来ます。 [気になる点] そうそう、あのですね、小説を読んでいると…
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