第7話
……12月。
恋人たちが浮き立つ季節がやってきた。
街には華やかなイルミネーションがあふれ、軽やかなミュージックが流れている。赤と緑が至る所で存在感を見せつけ、クリスマスという一大イベントを演出している。
わたしは良雪とともに、夕暮れの商店街を歩いていた。アーケードのあるこの商店街は、飲食店、アパレルショップ、セレクトショップ、そういったものが立ち並び、若者たちの休日のお出かけ先として人気が高い。アーケードを抜けた先には中規模のショッピングモールがあるので、家族連れもかなり多く見かける。
「どこを見てもクリスマスムードだね」
アーケード内の通路中心に立つ大きなクリスマスツリーが見えてきた。
メインストリートにあるこのツリーは、ロマンチックな演出が人気を呼んでいて、カップルに大人気の場所だったり、する。
「そうね、見ていてすごく楽しい!」
大きな、大きな、イルミネーションで彩られた、ツリー。このツリーの電飾は、ランダムに光の演出が変わっていく。
通常は、グリーンのツリーの上に、カラフルなライトがピカピカと輝いているのだけれど、素敵なカップルがこのツリーの前に立つと、電飾がすべて消えた後、淡いピンク色のツリーが現れるという、ロマンティック極まりない演出がされている。…と、言われているのよね。
学内で今一番話題になっているスポットで、もちろんその噂は良雪もしっかり知っていて…。
「充!せっかくだからあのツリー行ってみようよ!もしかしたら、ピンクに染まっちゃうかもしれないよ?」
「う、うん」
アーケードに入った時から遠くに見えてたこのツリー、ずっと規則正しくピカピカと輝いているのだけれど。このアーケードに入ってから30分くらい、あちこち見ながら回ってここまで来る間、ずっと規則正しく光を放ち続けているのが、目の端にずっと映っていたのだけれど。
良雪の、はやる気持ちが…、願う心が…、充たされた感情が…、伝わってくる。
ピンクに染まったら、充はどんな笑顔を僕に見せてくれるかな?
ピンクに染まるといいな。
染まらなくても、充が横にいてくれたら、それだけで、僕は幸せだけどね。
良雪は、わたしの手を取って、大きなツリーへといざなう。
つないだ手は、冬の冷たい風が時折頬を撫でているというのにとても温かい。
ぎゅっと握り込まれるその手の大きさが、とても…心地いい。
「わあ…!すごい、迫力あるね…!!」
ツリーの前に来ると、ちょうど人の波が去ったところの様で、一番いい場所で雄大な姿を見ることができて…。
ふっ・・・
見上げていたわたしたちの目の前で。
ツリーのライトが、すべて…光を、落とした。
「えっ?!」
良雪が、声をあげる。
良雪の感情が、私に重なる。
―――これは、もしかして。
―――まだ、誰も見たことがないという、ピンク色の光を、見ることができる!!!
―――充と一緒に、今から!!!
アーケード内のライトも、少し暗くなるという、演出。
ぱっ
ぱっ
ぱぱぱぱぱっ・・・!!!
ピンク色のライトが、上の方から流れるような演出で…ツリーの下の方に積もってゆく。
ぱっ
ぱっ
ぱぱぱぱぱっ・・・!!!
積もったピンク色の光はやがて、ハート形に形を整えて、淡く、濃く、まるで鼓動のような光の波を描いて輝いて…。
ロマンチックな演出が、わたしと良雪の前で広がっている。
なかなかお目にかかれない演出が始まったので、アーケード内の通行人が、集まってきている。
スマホを取り出して撮影している人も、結構、いる。
わたしと良雪は、一番いい場所で。
最高の演出を眺めながら。
お互いの顔を見つめ合って。
ものすごい演出を、特等席で一緒に見えた喜びを…にっこり笑って確認し合う。
ああ、良雪が淡いピンク色に、染まってる…。
―――ああ、充が淡いピンク色に、染まってるな…。
……我慢しきれなくなっちゃった良雪は。
大勢の、人の前なのに。
―――チュッ♡
「きゃあー!!」
近くで撮影してた女子高生たちのグループの目の前で、充にキスしちゃって。
ばっち―――――ん!!
久しぶりに、ほっぺに一発、食らっちゃったんだった。
「あーあ・・・」
ロマンチックな演出は、女子高生たちの良雪に対する憐みのため息で…幕を、閉じたという。
「充、まだ怒ってるの」
「怒ってないけど、恥ずかしかったよ!」
ダメだなあ、流れを知ってても、やっぱり恥ずかしいものは、恥ずかしいみたい。
良雪には悪いけど、まだこの先…何回もこういうことが、あるのよね…。
極力、力を抜いてあげたいところなんだけど、私の知る記憶では、すべてしっかり、ほっぺたは痛かった。
「あのね、お願いだから、人前はやめてね!」
「じゃあ…、家に帰ってから、いっぱいする」
!!!
かつて自分が充に言った言葉だけど!!
充になって聞くと!!
とても、とても…恥ずかしい!!
なんていうんだろう、下心もある、けど、一途に好きだという気持ちも伝えたい、好きだよっていう気持ちをカッコよく伝えたい…全部、全部バレてることが、余計に恥ずかしさを増して!!!
ああ、真っ赤な充は、こんなにも恥ずかしさで頭の中がいっぱいだったわけね!!
そうね、それは赤くもなるわね…。すごく、すごくかわいくてたまらなかったけれども!!!
言葉を返せないで真っ赤になってる充を見て、絶対にいっぱいキスするんだって決めてるのも、知ってるけど。
キス以上のこともしたいなって思ってるのも、知ってるけれど。
良雪が、充と体を重ねることはないという事を…、私は知っている。
……つないだ手は、温かい。
こんなにも温かいというのに、どこか私は冷たい気持ちを心に抱いている。
それは、変えられない運命の流れに流されなければならない、私しか知り得ない、孤独な悲しみがもたらす温度のせいなのだと、思う。
……運命を変えたいと願う、わたしの熱い気持ちは。
ただ、流されていくしかないという、無情な現実で…冷やされて行くばかりで。
「お!良雪じゃん!デート?」
「圭佑!お前も?」
圭佑が、見たことのない女子と一緒に私たちの目の前に現れた。
女子はわたしよりも背が高い、少しふくよかで妖艶な…化粧が上手な人。長くてウェーブのかかった髪が、圭佑の腕に絡まっている。わたしを見ることなく、良雪を見ている。
…あまり意識をもっていかないようにしよう。また、アカシックレコードが開いてしまうかも、知れないから。
「ああ、今から飯食ってそのあとはまあ…なっ!」
「んもぉー!ケイちゃんてばー!!」
目の前でいちゃつく二人。
圭佑は…私をじろじろと見ている。
いつも、いつもこの人は…、充の様子を、伺っている。
どこか変わったところはないか。
どこか馬鹿にできる部分を探したい。
どこか欠点を見つけ出して、良雪にそれを忠告して。
良雪を不幸せなやつに、したい。
そもそも、圭佑は、充のことが気に入らない。
付き合って半年もたつのに、いまだキスどまりの関係が、許せない。
女は男に抱かれてなんぼなのに、身持ちの固い奴なんてつまらない。
喜びを与えることを躊躇する愚かな女は気に入らない。
許されていない良雪に対しては、優越感に浸っている。
こいつはまだ女を知らないお子様。かわいそうに。
俺はずいぶん、経験を積んでいるけどな。
そういう優越感に浸るために、今日も街に繰り出したんだ。
俺は今からこいつを抱くけど、お前はどうせ充を抱くことはできないんだろう?
情けないやつだ。
まあ、俺はお前を見捨てたりはしないけどな?
親友だからさ!
良雪だった頃は知り得なかった、どす黒い圭佑の感情が…わたしの中に流れてくる。
一度見たアカシックレコードは、わたしの記憶から流れてしまっても…、また対峙することでふわりと浮かんできてしまうから。わたしが、悪意をもって見られていると感じてしまえばしまうほど…、悪意を向ける相手の気持ちが流れてきて、しまう。
……早く、この場から、立ち去りたい。
わたしは今、とても嫌な顔をしているはずだから。
わたしは、良雪に、こんな顔を見せるために…ここに来たんじゃないもの。
私の中にある、良雪の記憶に残る…、楽しそうな充の笑顔。
ふとした瞬間に、ふわっと笑う…、表情の乏しい充の貴重な笑顔。
じっと自分を見つめて、少し首をかしげて。たまに遠くを見つめて、なぜか、悲しさをたまに纏う、充の、笑顔。
「ね、良雪、私…おなか空いちゃった、家帰って一緒にご飯作って食べよう?」
「え!!イイの?じゃあ、モールで買い物してこようか!!…じゃあな!圭佑!」
……にっこり笑って、良雪にお願いしたら、大丈夫。
ほら、わたしの手をぎゅっと握って、ここから連れ出してくれるじゃないの。
…にっこり笑った充がかわいかったから、連れだしたんだもの、良雪だった私は。
「なんだよ!!飯なら一緒に食えばいいじゃん!充ちゃん!!」
「作るのも楽しいの、じゃあね」
仲良く歩き出したわたしの目に、圭佑はもう映らない。
いやな感情は…、もう、流れてこない。
「何作ろうか?充のごはんは何でもおいしいからなあ…うーん、迷うなあ…」
ニコニコしながらメニューをあれこれ考えてる良雪。思わずわたしもつられて、笑ってしまう。
今から買うのは、ひき肉とねぎと…。
家に帰って肉団子鍋を一緒につついて、最後にお休みのキスをして別れることさえも、私は全部知っているけれど。
それでも、わたしは、今から一緒に過ごす時間が……とても、楽しみ。
良雪と一緒に過ごせる時間が、とても、とても、……幸せなの。