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アカシック・レコード  作者: たかさば


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第14話

 ……六月。


 昨日梅雨入りが発表されたばかりだというのに、空はずいぶん青い。

 わたしの前には、雲一つない青空が目いっぱい広がっている。心地よい風は少しだけ湿気を帯びているから…やっぱり梅雨入りはしているみたいだけれど。


「本当に梅雨入りしたのかな?すごく良い天気だ!」

「良雪知らないの?わたし…晴れ女なんだよ!」


 自信ありげに良雪を見上げると。

 ……ふふ、ニコニコしてる!


「…知ってた!!」


 二人で一緒に、声をあげて笑った。




 わたしと良雪は、少し郊外にある広い公園に来ている。


 芝生が張り巡らされた園内には屋根付きのベンチがところどころ併設されていて、子供連れのファミリーが何組か週末を楽しんでいる。ここはSA(サービスエリア)併設の公園だから、売店もいっぱいあって、一日楽しめる場所なんだよね。


 …今日、二人で初めて、ドライブに来たの。


 前世…、良雪()は車の免許を持っていなかった。学業に力を入れ過ぎて取りに行くチャンスを逃したのよね。充がいなくなってからは無気力になってしまって…必要最低限外出しない生活になったから、車に乗ることもほとんどなくて。

 充もたぶん、免許を取ることなく病に倒れたように思う。


 …変わった運命が、こんなにも違う人生を歩ませてくれるなんて思いもしなかった。


 あれだけ授業のコマを埋めた良雪が、必要最低限の授業しか出なくなった。

 合宿免許を取りに行くと決めて、授業を休んだ。

 溜め込んでいたバイト代を使ってマイカーを買った。


 わたしも一緒に合宿免許を取りに行くことにして…ずいぶん危なかったけど、なんとか免許を取る事が出来たのよ!!奇跡としか思えない…。



「あのベンチでちょっと休憩しない?」


 良雪が、小高い丘の上の屋根付き休憩所を指差している。


「うん」


 見晴らしの良い場所だけど、急な坂になってるからか周りには誰もいない。二人っきりで、のんびりできそう……。

 売店で買ったたこ焼きと飲み物の入った袋をテーブルの上に置いて、ベンチの上に腰を下ろす。良雪も背負っていたリュックをベンチにおいて…なんだろう、なにか、ごそごそと…。中から何かを取り出してるみたい……。



「充、誕生日おめでとう」


 わたしに差し出されたのは……小さな紙袋。

 良雪に初めて祝ってもらう、(わたし)の誕生日。


「ありがとう!…開けて、いい?」

「もちろん」


 紙袋の中には、ラッピングされた小箱が入っている。

 丁寧にテープをはがして、ラッピングを開けると、中には…。


「ペアリング…!」

「…もらって、くれる?」


 声に、ならない。

 ねえ、これって、これって…。


 うれしさと、喜びと、恥ずかしさが胸いっぱいに広がってしまって…。

 ただ、無言で、頷く、ことしか!!


 うつむくわたしの左手を取ると、良雪は、そっと、指輪を薬指にはめてくれた。

 サイズ…、ぴったりだ。どうしてリングのサイズ、知ってるんだろう。


 良雪はケースに残るもう一つのリングを自分の左手薬指にはめると…、わたしの左手の横に並べて、にっこり笑った。


 にっこり笑い返したあと…。


「もう!…こういう時は、わたしが良雪にリングはめるんじゃないの!」

「あっ…そっか、はは、ごめんごめん」


 ちょっと照れ臭いから、ごまかしたくなってしまって。


 ぽかぽかと、良雪の胸を叩く…。


 優しく、微笑む、良雪。

 ()の、知らない、良雪。


 叩く手を止めて、じっとその目を見つめて。

 …わたしの、気持ちを込めて。


 言葉にして…大好きな人に、伝える。


「ありがとう。…一生、大切に、する」


 わたしの顔は赤くなっているだろうか。

 ()の知らない、(わたし)の表情は。……今、良雪に、何を思わせているのだろう。


 …瞬きを、三回。ああ、今、気合を入れたのね。

 良雪(自分)のくせは全部、覚えている。


 ねえ、なにを、伝えようとしているの?


 いつものように…ううん、いつも以上に、優しい微笑みを向ける…良雪。


「僕も…一生、充を大切にするよ」


 そっと、ぎゅっと、心地よく…わたしを抱きしめる、良雪。


 真摯な眼差しを向けて、真心を目一杯伝えてくれる。

 こんなにもまっすぐに気持ちを向けてくれる。


 ()の知らない良雪が、わたしに驚きと喜びを与えてくれる。


 良雪は、(わたし)を一生大切にしてくれるのよ。

 良雪の一途さは、私が一番知ってるもの。


 良雪に寄り添える、しあわせ。

 私の人生の目標が、生まれる時の願いが、今、叶っている。


 …思わず、涙が、こぼれて、しまった。

 わたしは、こんなにも泣き虫だったのかと、いまさら気がつく。


 良雪が、ペアリングの光る左手で、そっと涙を拭く。

 そのまま、ほっぺたを両手で囲い込んで…キスを、落とし……。


 ……ああ、とても、しあわ…


「ああー!チューしてるー!!」

「…ちょ!!しーっ!!」


 !!!


 ばっと甘い空気が爆散した。


 慌てて抱きしめてる手をパッと離す良雪!!!

 わたしもねっ?!ちょっと離れてみたりしてっ!!!


 いつの間にか、ベンチの横をどこかのファミリーが通りかかっていたみたい!!

 チビッ子に指を差されてるわたしと良雪はっ!!

 二人して真っ赤になって、急いでたこ焼きに手を伸ばすことになっちゃったのよ…!!




「みっちゃん!指輪もらったんだね、ふふ、よく似合ってる、よかった~!!」


 月曜。

 良雪からもらったリングをつけて講義に出ると、さっちゃんがニッコニコで私のところにやってきた。

 ……あれ、なんか鼻がひくひくしてる、これは、もしや。


「うん、サイズもぴったりでびっくりした…」

「だって私が柏崎君に教えたんだもん」


 得意げな顔のさっちゃん。言いたくてたまらない事があると、必ず鼻が騒ぎ出すのよね。

 なんだ、そうだったんだ、いつの間に…。


「柏崎君が真面目な顔して相談があるんだけどなんて言うからね、すごく怖かったんだよ?!あの人ちょっと真面目過ぎない、ちょっとイメージ変わったんだけど…!!!」


 目を丸くして語るさっちゃん。

 そうだね、良雪は少しイメージが変わったかもしれない。軽い雰囲気がスッと消えて、真面目な空気がふわりと漂うようになった。けれどそれは決して堅苦しいイメージではなくて、誠実な感じ?


「けっ!指輪とかだっせーな!」


 わたしの横を不誠実さナンバーワンの圭佑が通り過ぎる。

 ずいぶん機嫌が悪いのは…、良雪に愛想を尽かされてしまったからかな。


  …良雪は、遊び人の圭佑とばっさり縁を切ったのよ。

 あの手この手で別れさせようと目論む圭佑の黒さに…ほとほと嫌気がさしてしまって、ブチ切れて、決断して。もともと学科が違うから意識しないと顔を合わせることがないし、無理につるむ必要も無いと言って、スマホから圭佑の連絡先をすべて消去した。もちろんわたしも消去済み。

 茶化したりいじったり偉そうにうんちくを言える相手がいなくなったからか、こうしてたまにわたしの前に現れるのがうっとおしいのよね……。


「何、あの人…」

「ヤンキー怖いね…」

「わざわざなにしに来てるんだろ…」


 今この教室にいるのは、児童心理学の講義を終えた幼稚園教員養成コースの学生ばかり。

 女子がほとんどなので、明らかに圭佑は浮いている。しかもつぶやく言葉や仕草が暴力的、自分の評判を落としにかかっているとしか思えない。以前はわたしがいやいやながらも軽く対話してたからなんとかこの場に混じることもできていたかもしれないけど、完全スルーをするようになった今、ただのおかしな部外侵入者にしか見えない。


「君、コース外の学生は入室を許可していないんだが」


 入室してきた幼児発達学の君島教授から直々に注意を受けてしまった圭佑は、頭を下げながらあわてて教室から出ていった。…副学長だから、目を付けられると大変なことになるんじゃないのかな。真面目で厳しい教授として名高いし、来週あたりに受講資格のない人の立ち入り制限の通達が出るかもしれない。




 …私の知らない、わたしの運命。

 何が起こるのか、わからない毎日。

 そんな毎日を、わたしは今、生きている。



 あんなにも、これから起こる出来事に怯えていたわたし。

 あんなにも、変わらない出来事に絶望していたわたし。



 あの日、運命が変わった瞬間から、アカシックレコードは開かなくなった。


 記録されていない運命が動き出したから、記録されていた運命を見ることができなくなったのかもしれない。


 アカシックレコードに記録されていない運命が、今、広がっている。


 この運命は、わたしが魂に刻み込んで…あの場所に行って、記録するの……。



 …今を生きる者が、過去の運命を閲覧すること。

 それはきっと…無意味なこと。


 過去の運命は、過ぎ去った出来事でしかない。

 時間という流れがある人生の中で、選ばれなかった道に戻ってやり直すことはできない。


 …動き出した運命を、元に戻すことは…できない。


 誰もが一度は考える、『あの時ああしていたら』という思い。

 今の運命を生きている自分にとって、もう手の伸ばせない運命を見ることは…ただの『もしもの世界』の話。それは、今を生きている者にとって、意味のないもの。


 意味のないものだから、必要がない。

 

 だからきっと、この先。

 アカシックレコードは…開かない。




「それでは講義を始めます、テキストの38ページから」


 ……アカシックレコードが開かないという事は。


 しっかり勉強しないと、いけないという事。

 

 ……わたし、ずいぶんアカシックレコードの記録に頼った勉強しかしてこなかったのよね。


 だから、真面目に取り組まないとね?!

 大変なことに、なっちゃいそうでね?!


 分厚いテキストを開いたわたしは…、一番前の席でしっかりと!!


 教授の声に、耳を傾けることに集中し始めたのよ……!!!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 15/15 ・あまあま〜。シリアスの後の逆転あまあまは素晴らしい。 [気になる点] 最後は良い台無し。勉強しないとですね。 [一言] 次はおばあちゃんかな?
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