振り返りの場
私は、とんでもないものを持って、生まれてきた。
私は……、とんでもないものを持って、生まれてきてしまったのだ。
生まれてきたことを、嘆いても、仕方がない。
生まれてきて、しまったのだから、生きていかねば。
……生まれることを、望んだのだから。
人は皆、生まれてくるときに、記憶をなくす。
……前世という言葉がある。
生まれる前の、自分の人生を表す言葉だ。
ひとつの人生を終えた時……、その人生を、振り返る場が与えられる。
何を思い、何を考え、何をなしたか。
何がしたくて、何ができなくて、何が心残りだったのか。
終えた人生を振り返り、次の人生で自分のやりたいことを決め、心に刻み、また…生まれるのだ。
……終えた人生の記憶は、新しい人生に、必要がないもの。
けれど……、一つの人生の記憶は、記録として…残される。
人生の記憶はすべて、アカシックレコードに遺されるのだ。
すべてを手放したまっさらな命は、心に刻まれた己の目標を抱いて、人生をスタートさせることになる。
私は、……あの場所で。
自分に出会うことを、望んだ。
自分が終えた人生を顧みて…、自分と恋をしたいと、望んだ。
私は、自分という存在と、恋が、したかったのだ。
孤独に耐える人生を終えた、あの時。
孤独を知る自分であれば、共に孤独を乗り越えられるはずだと、考えて。
あの場所の管理人は、『あなたは、あなたに出会いますよ』といった。
『あなたの周りは、あなたであふれています』といった。
『あなたは、あなたであり、他人は、あなたですよ』といった。
『あなたがあふれる世界で、あなたは、どのあなたと、恋をするつもりですか』といった。
……私は、答えた。
―――自分の孤独を、乗り越えたい。
―――自分に出会って、恋をしたい。
―――ともに、孤独を乗り越えたい。
『では、それを人生の目標として、生まれることにしましょう』
私の人生の目標が決まった瞬間。
自分の、人生の記憶が、はがれ始めた。
孤独に終えた、自分の人生の記憶が。
孤独に耐えた、自分の人生の全てが。
記憶を手放したら。
記憶を手放してしまったら。
記憶を手離してしまえば。
記憶がアカシックレコードに遺されるのは、この世界の仕組み。
記憶を持ったまま生まれることができないのは、この世界の法則。
これを、手放したら。
これを、手放して、しまったら。
これを…、手離してしまえば……。
私は、管理人の手にある、アカシックレコードに……、手を伸ばした。
重厚な、アカシックレコードという記録媒体を掴んだ、その…刹那。
『あなた。今を生きる者にとって、これはとても荷が重いものになりますが、いいんですか』
アカシックレコードを奪った私に、管理人が問いかけた。
『……いい。すべてを知ったうえで、私は孤独を乗り越える。
すべてを知ったうえで、私は自分と、恋に落ちる。
……すべてを、知ったうえで、私は、自分を…救いたい』
アカシックレコードを抱きしめたまま、私は…懇願、したのだ。
『わかりました。
では……、わたしも生まれることにします。
いささか、管理人という立場に、飽きていたのです。
アカシックレコードを見守る必要がなくなった今、
わたしも生まれることができます。
わたしは、自由に生きようと、決めました。……ありがとう』
管理人は消え、私はただ一人……、残された。
管理人のいなくなった振り返りの場には、何も残っていなかった。
過去、未来という概念は、今を生きるものが目標を目指すために必要な、指針にすぎない。
ここは……、時間がない場所。
私が再びここを訪れるまで、誰も訪れは、しない。
……私は、アカシックレコードを奪い、持ち出し、生まれた。
私の中には、すべてが、……ある。
すべてを知ることの、重さ。
すべてを知る私の、……孤独。
とても重い…、アカシックレコード。
凡人の手には有り余る…、今の人生に不必要なもの。
すべてが、私の中に…あることで。
すべてが…、どうでも、よくなってしまった。
……けれど。
私は、目標をもって、生まれてきた。
私は、自分と出会って、恋に落ちなければ、ならない。
……私は、自分と、出会わなければ、ならない。
すべてを知る私が、何も知らないかつての自分と、恋に…、落ちるために。
私の、人生は、まだ、始まったばかり。
自分の、孤独な人生は、まだ、始まってすらいない。
私の、自分を見つけ出す人生は、始まって18年が経っていた。
未だ、私は、恋に落ちる相手と、出会えていない。
未だ、私は、恋に落ちる相手を見つけ出せて、いない。
こちら拙著「答え合わせの時間」の長編版になります。
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