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6話 森の妖精さん



 手のひらサイズの体に蝶の羽。目の前に浮遊している彼女は、まさしく妖精であった。出来上がったばかりの畑を物珍しそうに見つめ、わたし、そしてニアに視線を合わせる。


「あんな畑を作るなんて、腕が落ちたんじゃな~い?」


「ボクが作ったんじゃニャーよ!」


 小さな2人は「今日こそは羽を落としてやる」「やーん、こわーい」と仲睦まじい姿を見せつけて雑草の上を駆け回り始めた。見事な跳躍で標的を追うネコ、それをヒラリと避けて挑発する妖精。実にほのぼのした光景に、思わず微笑みが浮かんでしまう。


「キャハハ、なんて無様な下等種族なのかしら~ん」


「もう頭に来た、丸呑みにしてやる! フシャーッ!」


 ……ああ、ほっこりするねー。





 ヘトヘトになったニアがわたしの足下で力尽きる。


「あとはお前に任せる……、ニァフ……」


「おつかれさま、ニアちゃん。それでこちらの……、妖精さん(?)はどなたかしら?」


 ニアの倒れざまを前にお腹を抱えて笑う妖精。この部分だけを切り取ってしまうと妖精と呼ぶのに躊躇いがあるが、いったい彼女は何者なのだろうか。


「はじめまして人間さん、わたしは妖精族のリーフェアと申しますの。普段は屋敷を囲む森と結界の監視を任されておりますわ。以後お見知り置きくださいまし」


 妖精で正しかったらしいリーフェアは、緑と桃の光を放つ髪を揺らしながら丁寧なカーテシーを披露する。結界の監視を任されていることといい、先程までのわんぱくな態度とは懸け離れた印象に、呆気に取られていたわたしは慌ててカーテシーを返した。


「はじめましてリーフェアさん。わたしは伯爵――いえ……、いまはただのレティシアです。妖精族に出会えたこと、誠に光栄でございますわ」


「……キャハハ。土塗れでカーテシーをされても、ね~え」


 あ、あう。これでも令嬢時代に身につけた完璧なカーテシーを披露したのだけど、この土塗れオーバーオールが全てを覆して余るみたい。情けなく顔だけはキレイにしておこうとポケットを探るものの、ハンカチすら用意していないことに気づく。すっかり令嬢の心構えが抜けていることに嬉しいやら悲しいやら。


 そんな百面相を見て、またも口元を隠そうともせずに豪快な笑いを見せるリーフェアは、涙を拭いながらわたしの頬に触れる。小さな手のひらから溢れる暖かな光がわたしの全身を包み込んだと思うと、次の瞬間には土汚れが消え去っていた。


「ありがとうリーフェアさん、アナタも魔法が使えるのね。って、妖精だから当たり前なのかな」


「ふ~ん。フェリクス様の結界を越えてくるから、マヌケな裏ではどんな闇を煮えたぎらせてるのかと思ったけど、つまらないくらいに純粋な心を持ってるのね。……いつまでも幼さを保ち続けてるだなんて、羨ましいわ~ぁ」


「えへへ、ほめられちゃった」


「ぐほっ……、アタシの嫌みが通じないなんて……」


 初めはわんぱく妖精の印象が強かったけど、接してみればなんてことないおてんば妖精だった。言葉遣いが乱暴なのも、きっとまだまだ幼いからだろう。


「ぐへぇ……、心の中で嫌みを返してくるなんて、とんでもない高等テクを……」


「コイツは妖精族が長命だと知らないだけニャよ……」



 あら、地面にうずくまって、リーフェアは体調でも崩したのかしら。ニアも優しく寄り添ってるし、なんだかんだ言ってもやっぱり仲良しなのね。



「……こほん、アタシが取り乱したことは忘れて頂戴。そのかわり『鱗粉』を今回は無償で分けてあげる」


「鱗粉……?」


 立ち直ったリーフェアが鱗粉を分けてやると言うが、わたしにはサッパリわからない。蝶の羽に付いている粉を分けられても正直微妙だし、妖精の間では鱗粉を分け合う習慣でもあるのだろうか。


 妖精同士が羽で扇ぎあう風景を思い浮かべていると、いつの間にか小屋に走っていたニアが満面の笑みで革袋を差し出す。


「無償って言ったニャよね、たっぷりと頼むニャン」


「アタシはこの娘に言ったのよ。対価も無く下等種族に分けるわけないでしょうが」


「鱗粉は共用にするから、誰に渡そうとも同じなんだニャよ!」


 結局はわたしを置いてけぼりにして、リーフェアは「仕方ないわねぇ」と革袋を受け取った。どうやって鱗粉を入れるのかと興味深く見ていると、彼女は恥じらうようにこう告げる。


「乙女の秘め事を覗こうとしたら、破滅の呪いを掛けちゃうわよぉ」


 わたし達は何もできないまま、木々の間に消えていくリーフェアを見守るしかなかった。





 呪いを掛けられたくないのでしばらく硬直していると、すぐにリーフェアが戻ってくる。こちらにひらひらと舞い寄った彼女は、手に下げていた革袋をわたしに渡してくれた。


 片手にずっしりと乗せられた予想を超える重みに、リーフェアが力持ちなのだと知るけれど、とてもレディーに対しては口にできない。あと、どこからこれだけの鱗粉を集めてきたのだろうか。乙女の謎は深まるばかりである。


「ありがとうリーフェアさん。それで、ニアちゃんが『共用する』とか言ってたけど、この鱗粉は何かに使えるのかな?」


 ……調味料、とか?


「アナタの発想には驚かされるけど、鱗粉には妖精族の『自然を育てる力』が宿っているの。アタシ達妖精族は、その力を使いながら自然と共生しているわけ」


「つまりこれを畑に撒けば、その力の恩恵を受けられるのね」


「そういうこと。植物の成長を促してあげることで収穫を早めることができるわ。味や成長速度は落ちるけど季節外れのモノも育てられるの」



 なるほど! だから春なのにスイカがあったのか。様々な野菜が隣り合わせになっていても問題なく、同時に実りを迎えさせられると。



「お前には難しくてわからないだろうけど、水やりも通常どおりでいいし、収穫までの時間が早まることで害虫とかの影響も少なくて済むのニャ」


「やっぱり魔法ってすごいのねぇ」


「今回はあくまでも特別サービス。次からは対価を支払ってもらうわよ~ぉ」


「た、対価ですか……」


「ふふ。期待してるからね(ウインク)」



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