5話 畑仕事にはネコを添えて
ニアに言われたとおり初めの部屋で待機していると、しばらくして扉がゆっくりと開かれる。
「作業着を持ってきたニャ。お前には今日から畑仕事を手伝ってもらうニャよ」
「畑仕事は得意だと思うわ。こう見えて昔はお庭で遊んでいたんだから」
次期領主との婚約が決まるまでは、侍女と一緒に屋敷の庭で泥んこになっていたので、きっと畑仕事でも役に立てるはず。そう意気込むわたしとは対照的に、作業着が入った籠を渡したニアは溜め息をついた。
「……仕事を始める前から不安になってきたニャ」
「なによー。わたしを信用してないわけ?」
「ニャン」
ぐうっ、そこまで素直に頷かれるとなにも言えない。
「じゃあボクも着替えてくるから、廊下で待ってろニャ」
「うん、わかったー」
……? ……着替えてくる?
カントリー風のワンピースからオーバーオールに着替えたわたしは、廊下に出てニアの合流を待つ。「着替えてくる」なんて言ってたけど、1人で行かせてよかったのだろうか。
「手伝ってあげないとだったかな……?」
「心配されなくても、着替えくらい1人でできるニャン」
「あらそれは失礼……、って、ニアちゃん!?」
こちらへと近づいてくるのは同じくオーバーオールに着替えたニアだ。どんなカワイイ服を着るのかと思っていたけど、3頭身の体をオーバーオールに包んできたニアは、よちよちと歩いている。……二足歩行で。
もう、ズッキューーンである。
「どうしたのニアちゃん! わたしをキュン死させるつもり!?」
「お前は猫魔獣も見たことないのかニャ。二足歩行なんかで驚くものじゃ――」
「わたしとお揃いね~。手を繋ぎましょうか」
「もうヤニャ、こいつ……」
オーバーオールから生える尻尾に悶えながら歩いていると、辺りは途端に埃っぽい場所に変わっていく。窓も曇って光が差さず、薄暗い足下で破れた絨毯が牙を剥いていた。
「足下に気をつけるニャよ」
「この辺りは掃除されていないのね。侍女とかはいるんでしょう?」
「侍女……、まあ、掃除担当の魔物はいるけど、見てのとおり広い屋敷だから、どこも手が足りてないんだニャン」
どうやら屋敷らしい建物には、フェリクスにテイムされた多くの魔物が働いているそうだけど、どこも人手不足になっているようだ。人手が足りないのなら新たにテイムすればいいと思ったが、『あの』フェリクスがそれだけのために屋敷を出るとは思えない。
「魔物は根が怠け者だから普段使わない場所はご覧のとおり、お前の部屋とかはフェリクス様に言われたから急遽整えたに過ぎないんだニャ」
「なんだか仕事を増やしちゃったようね」
「わかったのなら黙って働いてくれニャよ」
いくつもの階段を下りて古びた扉を開けると、ようやく庭へ辿り着く。屋敷の中では匂いに刺激されてばかりだったからか、体が新鮮な空気を求めて深呼吸してしまった。
「畑はこっち、道具は小屋に揃ってるニャン。……少し散らかってるけど、気にしちゃいけないニャ」
「雑草だらけね……、わかってたけど」
畑日和だと心地よく背伸びしていると庭の全景が一望できる。屋敷から少し離れた位置には申し訳程度に小さな畑があり、そこを囲うように雑草、一定を越えると木々が果てまで続いている。
ここは正直に森と呼びたいところだけど、フェリクス達はどこまでを庭と定義しているのやら。
「畑は地面が耕されている場所だニャ。……おお、今週も立派に育ったニャン♪」
「ふ~ん、規模の割にはいろんな野菜を作ってるのねぇ」
雑草が抜かれただけの囲いもない畑には、意外にも豊富な野菜が彩っていた。陽に照らされて瑞々しい艶を出しているそれらは、こんな畑には似つかわしくない程に立派な姿を見せている。
トマトにジャガイモ、タマネギ、ニンジン、と……、スイカ?
「いまって春だったわよね……? あれ、スイカ……?」
「ニャ! そんなに欲しそうにしても、ボクのスイカは絶対に渡さないニャ!」
「いや、そうじゃなくて。どうして夏が旬のスイカが春に採れるのよ」
それぞれの野菜が敷居もなく隣り合って栽培されているけど、野菜ってこんな風に育つものだったろうか。自分と同じくらいのスイカを抱き締めるニアは円らな瞳で答えをくれる。
「そんなの知らないニャ。植えれば実る、常識ニャよ」
うん、ニアにも詳しいことはわからないようだ。様々な野菜が同時に収穫を迎えている不思議はポイッと捨てて、いまは初めての仕事に集中しよう。
「わたしは収穫を手伝えばいいのかな?」
「お前には新しい畑を耕してもらうニャ。近頃の屋敷魔物たちときたら酷い有り様だから、少しでも食事を増やしてやる気を出してもらうんだニャン」
「おいしい食事は元気の源だもんね」
「そういうことニャね。ボクの隣が空いてるから自由にしていいニャよ」
空いてるとかの規模じゃないんだけど。一面が緑で覆われてるし……
「つまり、雑草から抜いていけと……」
「ニャン」
これは骨が折れそうだ。
雑草をブチブチと毟っていると、お隣さんから叱責が飛んでくる。
「雑草は根っこから抜かないと、また生えてくるニャよ。もっと掘り返すようにするニャン」
こうかな……ブチブチ……いい感じ……ブチブチ……、終わる気がしない……。
「まったく……、早くしないと陽が暮れるニャよ」
「あ、ニアちゃん……、ありがとう」
1つ1つをチマチマ抜いているわたしを見かねて、ニアちゃんが助っ人に来てくれた。その小さな両手で複数の雑草を仕留める様は実に見事。力・技・速さを全て持ち合わせた――
「早く動くニャン」
「わかりました!」
次はいよいよクワを使って耕していこう。庭の隅に建てられた小屋からサイズの合ったクワを取り出して、雑草が駆逐されたボロボロの土へ。
「あんまり耕し過ぎないのがコツだニャよ。土のバランスを上手く保っておかないと、野菜に影響が出ちゃうんだニャン。……あと、面倒だし(ボソッ)」
「まずはやってみないとねぇ。クワって結構扱いづらい……」
刃が正面を向かないし、向きを意識すると力が入らず、振り上げてもよろよろ、振り下ろしてもよろよろ。振り回されるわたしは盛大に狙いを外しながら、クワを地面に叩きつけていった。
「もっと足を踏ん張って。重心を低くすればよろけないからニャ」
ニアちゃんがエアーで手本を見せてくれる。クワは持ってないけど、よくわかる指導だ。
「ボクの動きをマネてみるニャよ」
そう言って身長の倍はあろうかというクワを担いだニアちゃんは、正面の土に狙いを定めて……、飛び跳ねる。
宙でクワを煌めかせたかと思うと、くるくると前転しながら、全ての体重を乗せてクワを突き刺した。
「さあ、やってみるニャン」
「いや、ムリだから!!」
ニアちゃんの熱血指導を受けつつも、自分なりに試行錯誤しながら土を耕していくのはとっても楽しい。なんだか幼いころに戻ったみたいで、自由を謳歌している気がするのだ。
「うむ、こんなものか。よくがんばったニャよ」
「良い汗かいたわね」
完成したわたしの畑は多少ジグザグしているけど、素人にしてはよくできたものだろう。あとはここに植物の種を植えていくだけだと小屋へ向かおうとすると――
「あら~、随分とユニークな畑ができてるじゃな~い」
甲高い声が聞こえた森の方を見つめていると、木々の間から1粒の光がひらひらと近づいてきた。
わたし達の前で瞬く光は、よ~く見ると、人の形を成していて……
「よ、妖精さんが現れたあ!!」