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3話 ここはどこ……、あなたは……



「……おふとん?」


 思わず鼻を埋めてしまうような肌触り。体を包み込む暖かさ。間違いない、これは布団のそれだ。寝返りができる久し振りの感覚に、またしても眠りへの誘いが……


「いけない、いけない。わたしったら、勉強の続きをしなきゃなのに」


 最近は徹夜で勉強をしているから机で目覚めることが多いのだけど、昨夜も侍女に運ばれてしまったのだろうか。こんなことでは次期領主夫人として失格だ。しっかり目を覚まして勉強の続きをするぞと布団を蹴り上げると、そこでハタと気がつく。


「ここ……、どこ?」


 寝室でも勉強できるようにと書類を山積みにしていた机が無く、それに間取りが違うし、布団のデザインも専属が作った物とは異なっている。となればここは領主邸ではないのだろうけど、どうしてこうなっているのか、まずは直近の出来事を思い出してみた。



 確か昨日は、パーティーに出席して、婚約破棄されて、オホホされて……、崖から、落ちた?



 崖から落ちたあとは上手く思い出せない。いまの状況からして助かったのは事実なのだろうけど。


「まずは助けてくれた人にお礼を言わないと……」


 そう思ってベッドから降りると、素足であることがわかる。服も着替えさせてくれているし、体も清潔に保たれているけど、怪我の痕がどこにも見当たらないのは、これいかに?


 近くの姿見を覗いてみても、腰まで伸ばした赤毛はくせくせしているし、少し幼いと言われる顔立ちも16歳らしくピチッとしている。背の低さには嘆きたくなるけど、カントリーな部屋着は民族衣装みたいでカワイイね。


 あとは何も変わらない。むしろ変わらな過ぎ。


「崖から落ちて無傷だなんて、ひょっとしてわたし、スーパーウーマンなのかしら?」


「……フッ」


 何気なく呟いた言葉に鼻で笑うような返しが来てしまった。冗談で言っただけだと訂正するために、慌てて声がした方へと振り返る。



 しかしそこに人の影は無く、なぜか1匹のネコが扉から顔を出しているばかりだった。



「もしかして、アナタが笑ったのかな? ……ふふ、そんなわけないよね」


「……ケッ」


 うわ、めちゃくちゃ馬鹿にされた気がする。ジト目で顔を背けるというネコにあるまじき仕草をした『茶トラ?』は、わたしの膝くらいまである大きな体を揺らして、部屋の隅に置かれた1つの籠を漁り始めた。……トイレかな? 『ギロッ』あ、ごめん。


「靴を出してくれたのね、ありがと。……よしよし、すごく大きなネコちゃんね~。――いた、いたいいたい!」


 お礼として撫でてあげたのに引っ掻かれた。ツンツンした態度を相手に更なるモフリをお見舞いしてやりたくなる。


「……(トントン)」


「ん、今度はどうしたの?」


 履き終えた靴を叩いてきた茶トラは、扉へと歩いていく。


「着いていけばいいの?」


「……(コクコク)」


 なんてお利口な茶トラなのか。あと尻尾、揺れる尻尾がヤバい。あ、これ以上は近づくなって。さいですか、わかりました。





 日差しに照らされた絨毯を歩き、何度か階段を登っていくと、茶トラはある扉の前で足を止めた。その一室だけはなぜか頑丈な扉で閉ざされていて、近寄りがたい圧力を感じてしまう。


「ここは、入っても大丈夫なの?」


 ツンと澄ます茶トラは答えてくれない。あとは自分でなんとかしろと言われているようだ。


「よし、それではお邪魔しま~す……」


 ドアノブを回すと、急に重たさを感じなくなった扉が独りでに開いていく。踏鞴を踏みつつも迫り来る扉を避けたわたしは……、部屋の中から流れてくる匂いに鼻を刺された。


「くっ……! なによこのにおい……」


 問い質そうにも隣にいた茶トラはいつの間にか廊下の最果てでお座りしているので、ここは我慢して部屋に突入するしかないようす。



 まるで何カ月、何年も掃除していないような濃縮された空気。この世のものとは思えない異臭。見るからに研究室らしい部屋だけど、果たしてこんな部屋に籠もっていられる人物とは……



 うわぉ、イケメンさん。


 選りすぐりされた貴族に囲まれたわたしでさえ息を呑む金髪イケメン。スラリとした体を白衣に包む姿は異次元の存在であるようで、なにやら液体の入ったグラスを注視する鋭い目つきは、あらゆる乙女を石に変えてしまいそう。



 ……こんな部屋にいなければ、ね。



「…………」


「あの~、すみません……」


「…………」


「もしも~し、聞こえてますか~?」


「…………あとで」



 何度となく語り掛けてようやく返された言葉が『あとで』。そんなに透き通った声で言われても困りものだが(なにせ部屋に居座りたくないもので)、助けてもらった身としては大人しく待っているしかない。


「……あの、せめて窓を開けても?」


「窓を開けるな。王国の人間が入ってくるだろうが」


 いやいや、この高さでなくても窓から人が入ってくるとは思えないんだけど。あと、わたしもいちおうは王国の人間ですよ?


「…………ニャ!」


「おいニア、なにをするんだ!?」


 わたしの背後から飛び込んできた茶トラが、砲弾のように薬棚に体当たりを決めた。作業を妨害されたご主人が慌てて振り向くけど、そこにはすでに割れた容器から液体が散乱していて、取り返しのつかない状態になっている。


 でも、部屋の匂いが消えたような。すんすん。


 頭を抱えたご主人が暴挙を犯した愛猫を見やるが、とうの本猫はというと、なぜかこちらも呆れの視線をご主人に送っていた。……わたしの足下で。


「まったく、匂い消しをしたいなら私に言ってくれれば――だ、だだだ、誰だ!?」



 そこまで驚かなくても。



「どうもはじめまして、わたしは伯爵令嬢のレティシアと申します。此度は崖から落ちたところを助けてくださったようで、なんとお礼を申し上げればよいか」


「ああ、昨日の――って、伯爵令嬢!? 王国の人間だったのか!!」



 いや、だからそこまで驚かなくても。



 ビックリ仰天したご主人はわたしから逃げるように窓から身を乗り出すが、そこを茶トラとわたしで必死に止める。


「止めるな! 私がここで倒れるわけには――」


「窓から落ちても終わりですから! なにを驚いているのか知りませんけど、落ち着いてください!」





 はぁ……、はぁ……。なんなのこの人は……。


 わたしに窓から引っ剥がされ、茶トラに顔面をズタズタにされたご主人は、ようやく落ち着きを取り戻してくれた。顔を覆っていたハンカチを取り外し……、完全に傷痕を消し去ったご主人に何者かが語り掛ける。


「フェリクス様、こいつをよく見るニャ。……簡単に捻れそうなマヌケニャよ」


「誰がマヌケよ、失礼しちゃうわね」


 顔も見せずに人をバカにした相手を探すものの、この部屋にはご主人以外に誰もいない。あとは、この茶トラくらいだけど……


「…………? …………ニャ?」


「…………へ?」



「なんでボクの声が聞こえるニャ!?」

「ネコがしゃべった!?」



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