僕はラマヌジャン
次に彼が目覚めた時、目に入ったのは見慣れぬ模様の天井であった。
「そうか、僕こそがラマヌジャンだったのだ。近づくのではない、既にそうだったのだ!」
彼はここがどこだろうとか、今この状態はなんだろうという事は全く気にしていなかった。
気にする余裕がなかったのだ。
何故なら彼は、夢を見ていた。
夢の中で自分の見た事もない式やその証明がとりとめもなく流れていた。
もちろん見た事があるものも混じっていたがそんな事は些細な事だ。
彼は気にしなかった。
彼の思考は、今しがた見た式や証明をすぐにメモとして残さなければ、という事で埋め尽くされていた。
忘れてしまう前に、早く。
彼はキョロキョロと周りを見回す。
悲しいかな、何もメモ出来そうな物は置かれてなかった。
だというのに彼は落ち着きを取り戻していた。
特に気にした様子もなく指を口に近づけ、皮膚を噛みちぎった。
すると血でカーペットに先ほどの式を書きなぐり始めた。
『はっ!!どうしたの!!落ち着いて!』
「なんだ君は、落ち着くのだ。僕は今集中しているんだ、邪魔をしないでくれ。君の話は後でゆっくり聞かせてもらう。少し待っててくれ。いいね。」
彼は聞きなれぬ言葉を喋る見慣れぬ少女に対して、ものすごく落ち着いた態度で丁寧に早口で喋った。
その様子を見た少女は、何かを決意したような表情をした。
とうとう来てしまったかと言いたげな顔だ。
そのまますぐに誰かを呼びに走った。
彼が2つ目の式を書き上げ、それの証明を書いてる途中に10代半ばと思われる女性が来た。
『やっと目を覚ましたのね。シャノン。』
呑気な会話をしながら訪れた彼女だったが、彼を見た途端顔を真っ青にして彼の行動を止めた。
『どどど、どうしたの、シャノン。怖かったね。もう大丈夫だよ。』
彼を抱き上げながら、女性は心配そうに声をかける。
「あ、ちょ。なんて事を、、、。」
彼は、この世の終末を見たかのような絶望の表情で、太陽の元に数日放置した雑巾よりも水分の少なそうな掠れた声をひねり出した。
彼は、女性の腕の中で暴れまわり、ついでとばかりに胸をまさぐりつつ拘束を抜け出した。
そして、証明の続きを書こうとして再度絶望の表情を浮かべた。
今の出来事で、夢の内容が頭から完全に抜けてしまっていたのである。
「ああ、、、それはそうだ。僕はラマヌジャンなんかじゃなかった、、、。ふふ、、、。
」
これまた数日干した椎茸よりも乾燥した声を零しながら、眩暈に倒れそうになる。
いや、倒れた。
『ラマヌジャン、、、?いえ、それより坊ちゃんに何かあっては手遅れだわ。急いでミシェル様に知らせなければ。』
薄れゆく意識の中そんな言葉と共に足音が遠ざかっていった。