地球最後の日に何をする?
あなたは今日地球が滅びるとしたら何をしますか?
貴方は地球最後の日が今日だったら何をするだろうか。美味しいものを食べる?恋する人に告白する?それとも、特になにもしない?
これは地球最後の日を経験した私の走馬灯。
地球に巨大小惑星が迫っていると速報で流れたのは6月27日土曜日の朝。推定直径20キロメートルで予想到達地点はニューギニア島付近の太平洋。恐竜を滅ぼした隕石が直径10キロメートルくらいらしいので、十分世界を、少なくとも日本は滅ぼせるだろう。予想到達時刻はグリニッジ標準時で午後3時半ごろ、日本では夜12時半。私は、
「まさにテンプレな世界の終わりだ。使い古されたネタだろう」と、思った。もちろんネタなんかではない。本当に地球は滅びる。少し前に地球に直径400キロの隕石が衝突したら、なんてタイトルの動画をみたことがある。表面が気化した岩石でおおわれるらしい。そこまでいかなくても地表は吹き飛ぶだろう。そんな状況で生きていられるのはアーノルド・シュ○ルツェネッガーと吉田○保里くらいだろう。今日が地球最後の日だ。秩序が保たれるわけがない。そう思っている。何をしても裁判にはかけられない。加害者も被害者も今晩仲良く焼かれるのだ。
『地球最後の日だって。何したい?』
なんて唯一の友人に送ってみた。そいつにしては早く返信が来る。
『バイトに行って、帰ってシャワーを浴びたら一旦寝る。で、隕石が来る前に首吊る。』
そう、こいつはそんなやつだった。世界滅亡なんて気にも留めない。私と仲が良かったのはこの厭世的な彼女の感性に心底共感したからだ。なんとなく死をまとった人間は美しいのだ。
『今日死ぬからって自暴自棄になった童貞に襲われるから外出るのは止めな』
送信を押す。携帯の反応が遅い。世紀末状態のこの世界じゃパンクするほど言いたいことがあるのだろう。死ぬ前に急いで言うくらいなら普段言っておけば良いのに。恥ずかしがり屋共め。やっと送信できた。
同じ理由だろう。返信も今度は少し時間が空いた。
『最期の一日くらいあたしの躰貸してもいいと思うけどね。』
こんなときにもちゃんと句読点をしっかり打つのがこの女だ。したたかと言えばしたたかだが、常人と比較してそのベクトルは内積が0になるくらいにひんまがっている。夜9時にはそれじゃあお先になんて言いながら首を吊るのだろう、ちゃんとトイレに行って腸と膀胱を空にしてから。
『じゃあ私も外出ようかしら。どんだけ混乱してるか気になるわ』
ペコンと送信する。返事を待つこの時間も人類最後の一日のカウントダウンの一部なのだ。LINEの通知が来る。あいつかと思って開いて見ると、クラスメートのなんとかってやつだった。顔を覚えていない。
『ずっとお前のことが好きだった!』
馬鹿なのか?最後の日に告白ってお前…。あるある過ぎやしないか?既読をつけてしまった以上返事を書かないといけない。…いや、義務ではないが、モヤモヤさせたまま死んでしまうのもなんとか君が可哀想だと思ったからだ。なんて優しいんだろう。私。
『ごめんなさい。私、レズなんです』
適当ぶっこいてお断りの連絡をする。
やっと厭世家の女から連絡がきた。
『行ってら~(・ω・)ノシ』
あまりに軽すぎやしないか。もしかして全てあいつが仕組んだんじゃないか?なんて勘ぐってしまうほどに。まぁいい。
あえて制服に着替え、ガチャリとドアを開け、外に出る。
直射日光を浴びて目の奥の血管が膨張して少し痛む。なんの変哲もない日常である。いつもより日光がきつい気がするのは気のせいか。ポロンと通知音がなる。
『そうか、こんな日にごめんな』
とは先ほどテンプレすぎる告白をやらかしたなんとか君。残念だったな、お前は1人寂しく死ぬんだ。私も1人だけど。
改めて見渡してみればとくに混乱は起こっていない。人通りが少ない程度である。こんな具合じゃどこへ行っても変わらないだろう。最後の日くらい家族と過ごしたいのだろうか。幸せなやつらだ。死んでしまえば良いのに。あっと、もう死ぬんだった。こんなに大量の死者が出て神様はしばらく休めないな。あんたが隕石ぶつけるから悪いんだ。バーカバーカ。天に中指たてて部屋に帰る。たしか神話でも大量殺人をしていたな。
『特になんもなかったわ。つまらない』
みんな言いたいことは言い終わったのかすぐに送信できる。そしてすぐ返信が帰ってくる。
『ツイッター見てみな。みんなの狼狽ぶりが面白いよ。』
どんなことでも楽しむ女だ。そう思いながらツイッターを開いてタイムラインを眺めてみる。
小惑星は地球の重力でスイングバイして離れていく!なんて主張があった。笑えるぜ、スイングバイは地球の公転のエネルギーを利用するから大質量の小惑星なんかスイングバイしたら公転軌道が少し太陽に近づく。地球と比べて質量の非常に軽い人工衛星だから影響がほとんどなかっただけで仮に衝突しなかったとしても、地球規模の環境変化が出るのは明白だ。一気に死ぬか、緩やかに死ぬかの違いでしかない。
『確かにこれは面白いね』
スイングバイなんて宇宙の知識をくれたのは他でもない厭世女だ。なぜか専門家以外誰も知らないようなことを知っている。
返事は結局来なかった。めんどくさくなったのだろう。いつものことだ。しばらくやることがなくなる。テレビのリモコンを手にとって電源をつけてみる。家族を捨てた勇敢なアナウンサーが朝から同じことを言い続けている。要約すれば「今夜世界は滅びます」。最後の日くらいめちゃめちゃ面白いバラエティ番組をやってほしい。もちろん録画とかで不可能なのは分かってる。そんなことをしていたら、インターホンが鳴った。めんどくさいのは嫌なので徹底的に無視した。五分ほど鳴らし続けてようやく止んだ。はた迷惑なやつらだ。何がしたいんだ。お腹が減った。お昼は冷凍のナポリタン。赤いのがつくのはネックだが冷凍食品の中で一番好きなやつだ。レンジに突っ込んで5分に設定し、スタートする。ポコンとLINEの通知音が鳴る。厭世女からだった。
『バイトあるってゆーからいってくるわ。』
いつも通りのLINE。その胆力はどこから来るのか。そしてこんなときにもちゃんとあるバイトとは…?
『童貞ゾンビに気を付けな。いつでもお前の体を狙ってるぞ』
なんてふざけた返答をしてみる。
『ういー。』
返事はそれだけ、これもいつも通りだった。
ピロピロと電子レンジが調理終了を知らせる。皿からは温もりが伝わってこない。30秒追加で加熱する。終えてから内袋を切って皿にだす。この赤いのが血肉みたいでたまらない。冷凍ナポリタンはまだガンには効かないが、そのうち効くようになる。一気にがっつき、麦茶で流し込む。食べ終えてから少し眠くなったので昼寝することにした。欲望には忠実に生きるのが長生きの秘訣だ。目を閉じる。ゴゴゴゴゴ…なんて隕石の近づく音を勝手に想像してみる。マッハ30なんかで近づいてくる隕石はもうどうしようもない。深呼吸で意識レベルを下げる。
目覚めたのは3時間後だった。まだあいつはバイトの時間。暇だなぁ。動画でもみようか。いや、見てみたところでテレビと状況は変わらないだろう。過去の動画でも見ようか。ふと思い付いたが、あいつのバイト先に乗り込んでやろうか。思い付いたが吉日だ。最後にあいつと語り合うのも悪くない。外に出て自転車を引っ張りだし、またがる。中古の安いクロスバイク、ちょっと前傾がきついがぎゅんぎゅん加速する。周りの無秩序を轢き殺しながらわたしは自転車をこいだ。
あいつのバイト先は駅前のコンビニ、倦怠感溢れるあいつの対応はいつも人をイライラさせていた。自動ドアが開き、入店音が鳴る。目の下のクマがひどく、彼岸花のようなアクセサリーがついたヘアゴムで髪を結んでいる彼女が目に入る。
「らっしゃっせー。ってあなた、来たの?」
私だと気づいても声色はあまり変わらない。
「やっほー、来ちゃった(はーと)」
「めんどくさい彼女みたいなことしないでよ、あなたしかもハートって言っちゃってるじゃないの」
「最期くらい友人と語り合いたいじゃない?」
「誰もいないからいいけどさぁ」
「やったー、初雪ちゃん大好き~」
「誰が明日から本気だすだ。あたしは初雪じゃねぇ」
「…ねぇ、人類が滅びたらどうなると思う?」
「知らない、知ったこっちゃないわ。」
私は大袈裟にため息をつきながら、
「相変わらずあんたはニヒルねぇ。生きてて楽しい?」
「楽しいわけないでしょう」
「そうだ、ピアス開けるやつ持ってない?」
「ピアッサー?持ってないわよ、病院で開けたもの」
「なんだぁ、ざんねん。口ピアスとピアス糸で繋げるやつやりたかったのに」
「なに?ピアスチェーン?あなたそれに憧れてたの?でも今日開けたって穴が安定しないわよ。ピアッサーあったってそれは不可能よ」
「心残りができちゃったなぁ」
「意外と生き残っちゃうかもよ?」
「それは嫌だなぁ。ポストアポカリプス?」
「これまでの生活が一転、サバイバルに!」
二人であはは、と笑う。この女は黙っていれば、そして笑えば綺麗なのだ。
こいつと初めて話したのはいつだったろう。去年同じクラスになって、それから…思い出せない。
「私とあなた、初めて話したのいつだっけ?」
「たしか…科学の実験じゃなかったかしら?アルデヒド作るやつ」
そうだった。試験管に入ったメタノールを見て、飲んだら失明するやつってボソッと言ったのが聞こえてきたんだ。なんでそんなこと知ってるのって、しつこく聞いてたら、いつの間にか仲良くなって、人類最後の日に会って話すような関係になっていた。
「そうだそうだ。あなたがメチルは目が散るって書くって言ってたやつだ」
「よくそんなことまで覚えているわね」
「そりゃあ唯一の友人ですから」
「もう一人くらい友達作れば良いのに」
「言うだけなら簡単なのよ。あなただってあたし以外と話しているの見たことないわよ」
「必要最低限はするわよ。だってめんどくさいじゃない。あんな愛だ恋だと猿みたいな会話しかできないなんて」
「人類最後の日とは思えない会話ね」
「そうね、あなたとなら一緒に死んでもいいかしら」
「ニヒリスト女がデレた!」
「デレてないわよ!」
そういえば白亜紀の隕石衝突を描いた絵では隕石の欠片が同時多発的に大気圏に突入して巨大な流星群のようになっているものがあった。そんな景色を死ぬ前に見れるなら死ぬのが嫌だとも言えなくなってしまうだろう。
「地球滅亡前の流星群、見たくない?」
「なにそれ?」
さっき思ったことを説明する。
「悪くないわね、綺麗な景色で死ねるなんて。自分の部屋で首吊るよりよっぽどいいじゃない。隕石が都合よく日本が夜の時間に突っ込んできてくれたらね」
「衝突予想地点はニューギニアらしいし、来るのは日本の深夜だよ。見れるんじゃない?」
「そんなことニュースで言ってたかしら?」
「あんたがバイト中にネットで調べた」
「あなた、暇なのね」
「うぐ」
否定できない。事実なのだから。話をそらすようにある話を持ちかける。
私に帰る準備するから待っててと言ってスタッフ専用ルームに彼女が消えてから数分、私服に着替えた彼女が出てきた。ゴシックロリータのフリフリの黒いワンピースに長いブーツ。首にはチョーカー?首輪?をつけている。これが彼女のいつもの服だった。初めてあったときには少しギャップを感じたけど、当たり前のように秋葉原を歩く彼女の姿を見て、なんとなく自分を表現できてすごいなぁなんて思っていた。
「おまたせ。ってどうしたの?変な顔して」
「やっぱりあなたって素敵だわ、友達になれてよかった」
「やだ、なに?誉めたって何も持ってないわよ?」
「何も要らないわよ。思ったことを言っただけ」
「そう。じゃあ行きましょうか」
先ほどの話の中で私は彼女の家に泊めてほしいと言ってみた。かなり嫌がるかと思ったが、すんなりオーケーしてくれた。理由を聞くと、
「普通の人間みたいなことをしてみたかったのよ。お友達とお泊まり会なんてその最たるものじゃない?」
なんて抜かすのだった。
家まで案内してもらっている途中何度も、奇異の目線を向けられる。そりゃそうだ。私も半分ゴスロリファッションなのだから。いつも持ち歩いているという化粧道具とアクセサリーをバッグから出して15分以上顔をいじられたときはなにかと思った。
「あんた、その方が似合うわよ」
なんて大笑いしながら言うもんだからついつい携帯のカメラで顔を確認してしまう。いつもやっている軽い化粧よりも断言かわいらしいものに見えた。百合の花がついたヘアゴムで髪をまとめて私は今までなかったような高揚感を覚えていた。
「そこのお二人さん!」
誰か話しかけてくる。めんどくさいから無視。
「そこのゴスロリのお二人!」
「…だれ?あんた」
よく見てみれば、クラスメートのオタク君だった。名前は覚えていない。あまり印象はないが、服の部屋干しの酸っぱい匂いだけは勘弁してほしい。
「お二人にお願い事があります」
「嫌です。隕石を待たずに死んで。さよなら」
「ちょ、ちょっと!」
無視して進む。しつこくついてきていたが、いつの間にか消えていた。
「ここよ。ここがあたしの部屋」
学生向けアパートの2階に案内させる。
「綺麗にしてるのね。もっと黒魔術の本で埋め尽くされてると思ってたわ」
「あなたはあたしが悪魔崇拝でもしてると思ってたの?」
「まぁね」
「そう。じゃ、ゆっくりしてってよ。なんもないけど。それじゃ、シャワー浴びてくるから」
1人になった。布団を勝手に借りて、横になる。大きく息を吐く。人生最後の夜に友達とお泊まり会だ。枕に顔を埋める。彼女の匂いがする。こんなところを見られたらおそらくかなり引かれるだろう。まぁ、見られたら見られたでもう構わない。彼女も許してくれるだろう。
「起きろ変態。なに勝手に人の枕使ってる」
頬をべしべしと叩かれる。目を開けると化粧を落として髪を濡らした彼女がいた。
「んぁ、もうちょっと…」
「もうちょっとじゃないわよ。お泊まり会しといてなにも語り合わずに寝るつもり?」
「恋バナでもする?わたしはぁ~、あなたが好きぃ~」
「何言ってるのよ、早く起きて、ほら晩御飯も食べてないでしょう」
「…そんなこと言うからお腹減ってきちゃったじゃないの」
「それが人間でしょう?まだ生きてる証よ。冷凍食品でいいわね。あなた何が良い?」
「カルボナーラで」
「ナポリタンじゃなくていいの?あんだけ美味しさを語ってたのに」
「お昼に食べてしまいました」
「そう。自分の予定くらいちゃんと立てなさいな。ひどく今更感があるけれど」
「そうね、もうすぐ死んじゃうもんねぇ」
「あんたはなんかやり残したことないの?」
「ロストヴァージン」
「それはあたしにはどうもできないわ」
「指でも可」
「もっとやだ」
なんてふざけて言っていたら、レンジの通知音が鳴る。
彼女は立ち上がりレンジの中のカルボナーラを取り出す。
「ひあゆーあー」
「せんきゅー」
「ねぇ、あなたに着てほしい服があるんだけど」
「何?黒ワンピ?」
「これ」
取り出してきたのはナース服。それもアダルトビデオのような際どいやつ。
「なぁに?これぇ、買ったの?」
「通販でポチったんだけど、あたしにはちょっと大きかったのよ。で、あんたならちょうどいいかなぁって」
「あんたコスプレ趣味もあったの?」
「そうよ。言ってなかった?じゃ、これ着て、ほらはよ服脱いで」
無理やり服を脱がしにかかられる。
「うわ、何をする!ヤメッ、ヤメロー」
「うるさいわねー、黙って脱がされなさいな」
「誰でも抵抗くらいするでしょ!無理やり脱がされかけているときには!」
結局下着以外すべて脱がされてどこかへ持っていかれてしまった。
「うう、私の貞操のピンチ…」
「何馬鹿なこと言ってるの。ってあなた良い体つきしてるのね。手ぇ出しちゃいそう」
何か彼女の目に変な火がついたような気がする。
「ヒエッ!」
「冗談よ、大人しくこれを着てくれればなにもしないわ」
「わ、わかりました」
ついつい敬語になってしまう。
膝上何センチかわからないほどのスカートの短さに加え大きく胸の部分が空いたワンピース型のナース服。
「やー、あんたはちゃんとした服着てれば可愛いのよ。なんでいつもあんなクソダサTシャツ着てるのよ。初めて私服で会ったとき『コンゴ民主共和国』なんて文字が書かれた服着てきたからこっちはビックリしたわよ。あんなのどこで買えるのよ」
パシャパシャと携帯のカメラで写真を撮りながら、畳み掛けられる。かなり下から撮られているように見えるのは気のせいだろうか。いや、こいつは確実に絶対領域を狙っている。
「お願い…せめて何か雑音をちょうだい。恥ずかしいときに気をそらせるような」
彼女は写真を撮り続けながら片手でテレビの電源をつける。そこにはウラジオストクで会見を行うロシア大統領がいた。生中継ではないらしい。何て言ってるかわからないが字幕を見る限り、小惑星を水素爆弾で破壊するらしい。ただそれには地球規模でかなりの影響が出ると。
「かなりの影響ってどんななのかしら」
「まず、高高度で水爆が爆発するとあまり爆風が出ない代わりに大量の電磁波が出るのよ。発生した放射線が薄い空気の分子にぶつかって電子が発生するの。あなたも聞いたことない?太陽フレアで発電所とか変電所が壊れたとか、人工衛星が壊れたとか」
「なんか聞いたことあるかも」
「それと似たようなことが起こるのよ、範囲は100キロメートルから1000キロメートル」
「なら大したことないんじゃない?全然わからないけど」
「ただ爆発させるだけならそうね。だけど隕石を破壊するのよ?欠片が地球に降り注ぐことは明白でしょう?それじゃあ今度これ着て」
ミニスカメイド服のサイズが私にあっているか確認しながらすらすらと説明する。この女は相変わらず変な知識だけある。少し前に一緒に数学の追試を受けたのに。ナース服を脱ぎながら続きを促す。
「そうね…数十メートル位の隕石はバンバン降ってくるんじゃない?ちょっと前にチェリャビンスクに落ちたくらいのが、何千、何万と。もちろん大気圏で燃え尽きるやつもあるだろうし、海に落ちて直接被害をもたらさないやつもある。いずれにしてもこのまま直径20キロの小惑星が落ちるよりはよっぽどましよね」
「なんだ、じゃあ地球は滅びないのね」
「滅んでほしかったみたいな言い方じゃない」
「別に滅んでほしかったわけじゃないけど、なんか興醒めだわ」
「着れたわね、じゃあ撮るわよ」
「へぁ!まだ撮るの!?」
「当たり前じゃない、こんなこと最期だもの」
「地球は滅びないんじゃないの!?」
「ミサイルなんて外すかもしれないじゃない」
しばらくこのコスプレ撮影会は続いた。
日付が変わる頃ようやく解放された私は下着のまま枕がわりに座布団を二つ折りにして頭をのせ、横になっていた。
「じゃあ撮ったやつツイッターにのせるから。人生最期のコスプレ撮影会ってタグつけて」
「もうなんでもして、あ、でも顔だけは隠して」
「あなた生き残っちゃったら何する?」
「コンビニでも言ったけど口と耳にピアス開けて糸で繋げるやつやりたい、あなたは?」
「ピアスチェーンね。あたしは…何しようかしら。何もないわ。あなたをコスプレ沼に引きずり込むくらいかしら。」
「もうやめて」
「そうね…私もあと二つくらいピアス開けようかしら」
「乳首に?」
「なんでよ!」
「んふふ、夜遅いから静かにしな」
「うるさい。さんざん泣きながら叫んで、いやがってたくせに」
「んー?それじゃ、おやすみ~」
「逃げるのかい。まあいいわ、おやすみ」
パチンパチンと電気が消される。
本当に眠った訳じゃない。たぶん彼女も。もうすぐ到着予想時刻なのだ。よっぽど自分の死に無頓着じゃないと眠れない。
「ねぇ、起きてる?」
返事はない。まさかほんとに寝たのか?まじで?
「ねぇ?」
「うるさいわね、寝れないじゃないの。何?」
起きてた。良かった。
「なんでもない」
「そう」
彼女はこちらへ寝返りをうって顔を向ける。顔が近い。心なしか顔が紅い気がする。私も彼女も。と、彼女がささやきかける。
「あなたは最期の一瞬くらい愉しみたいと思わない?」
「愉しむって?」
「こういうことよ」
彼女はおもむろに私の胸をさわる。
「んなっ!何を」
「あなた、さっきロストヴァージンしたいっていってたしぃ?お手伝いして差し上げようかと」
「いっ、いやいや結構です!」
未成年なのにお酒を飲んで酔っているような口調。
「そう?遠慮しなくて良いのよ?」
遠慮してない!そう言おうとしたとき、遮光カーテンの隙間から強い光が漏れた。
「何?外が明るいけど」
カーテンを開けようとすると、彼女が止める。
「止めときな。もしこの光が水爆が爆発したときの光ならあんたの網膜が焼けるよ」
ひえっ。カーテンを持つ手を引き、カーテンを離す。数十秒後、光が消える。
「もういいんじゃない?」
恐る恐るカーテンを開けてみる。
そこには空を埋め尽くさんばかりの光の筋、何千、いや何万だろうか。空高くで燃え尽きるものもあれば、地平線に消えるものもある。もちろんこれが隕石の欠片であることは疑いようがない。ちゃんと命中したようだ。それが一気に大気圏に突っ込んでくるのだ。もはや昼と言っても過言ではないくらいに夜空が光輝いている。
「綺麗ね。あずさ、あなたみたい。なんてね」
今日初めて私の名前を呼ぶ。
そのことに気づけないくらい私はその流星雨に見入っていた。
「あーあ、パソコンがやられちゃったわ。電源はつくけど、反応がおかしいわ」
そんな光景に興味もないような口調で、パソコンのキーボードを繰り返しいじっている。
「七海、あんた、その光景を美しいと思える感性はないの?」
「あるわけないじゃない。あたしにとってはパソコンの方が大事だったの。あ~ぁハードディスクは生きてるかしら」
さっきのは誉め言葉は嘘だったのか、貴様。
「それじゃ、明日は生還記念に秋葉原に行きましょうか。もちろん私もゴスロリで」
「何も世間が混乱していなかったらね。多少なりとも何か影響はあるでしょうけど」
「これから隕石の欠片はどうなるのかしら」
「さぁね、地上に落ちるってなればミサイルで迎撃でもなんでもするでしょう。出来るかどうかは別として」
「そうね。人生最期の日がこんなに綺麗なんてね。流れ星って大気圏突入のときに摩擦熱で燃え上がるんだよね?」
「違うわね。あなた、ペットボトルの中で雲作る実験したことある?」
「見たことはある」
「あれって要するに大気圧が下がると温度が下がるから雲ができるのよ。流れ星が燃えるのはその逆、隕石の先で空気が一気に圧縮されて温度が上がるのよ」
「へー、やっぱり無駄なことに詳しいのね」
「さて、流星雨を見終わったらさっきの続きをしましょうか」
つづきとは!?
「いやーあなたがそんな格好で外から丸見えの場所にいて恥ずかしがらないとは思わなかったわ。露出趣味?」
「へっ?」
思い出した。今私は下着姿だった。なぜ早く言ってくれないのか。シャッとカーテンを閉めて布団に入る。タオルケットを頭まで被る。
「ちょっとあんた寝る気?家電が無事か調べるの手伝ってよ!」
「いやですー。もう寝ますー。あんだけ恥ずかしい格好で誰かに見られてたかもと思うと…あああ!」
「手伝わないならさっさと寝ろ!やかましい」
げしげしと頭を踏んづけられる。他の人には絶対にこんなことは言わないし、やらないよなぁ。私だけの七海だ。他の誰にも渡さない。大事な大事な親友。それ以上かもしれない。
「ずっとそばにいてね、七海」
「死ぬまではいようかしら。あなたみたいに一緒にいて心地いい人もそうそういないでしょうし。死んだらあたしは天国に行く予定だからあずさとはお別れね」
「なんで私が地獄に行く前提なのよ!」
「ほらほら~、おねむなんでしょー?早く寝な」
煙に巻かれたような気もするがまぁいい。
「また明日ね」
目が覚めると昨日のことがすべて夢のように感じられた。だが、見慣れない天井に、横を向けば七海がいる…いない!
「起きたの?」
あ、キッチンにいた。良かった。
「よくわかったわね。そんなに身動きしてないのに」
「あなたの意識レベルはいつでもわかんのよ」
「結局地球は滅びなかったわね」
ため息をしながら言ってみる。
「偉大なロシア大統領のお陰でしょう。今や世界の英雄よ。ただ水爆ぶっぱなした影響はかなりある。沖縄本島より南では停電もしてるみたいだし、隕石の欠片が突っ込んできた場所では衝撃波でガラスが割れたりもしてる。それも落ちた範囲はウラル山脈の辺りからニュージーランドまで。まぁ、まだ死人は確認できてないらしいから万々歳ね」
「放射線とかは?」
「日本ではまだそんなに放射線量が多いわけではないみたい。でもこれから降ってくるかも。核兵器の放射線は一週間で数万分の一になるらしいし、まぁ大きな影響はないんじゃない?」
「じゃあ今日は一緒に秋葉原ね」
おめかしして山手線に乗る。電車は無事に運行していた。昨日の反動か、かなり人が多い。だが、日常の範疇を出るものではない。私は彼女には大きめの服を借りている。それが私にはぴったりだった。私も彼女も完全なゴスロリファッション。そこで再び昨日と同じ質問をする。
「地球最後の日に何したい?」
いかがだったでしょうか。お楽しみいただけたなら幸いです。本編ではフルネームが出なかった柊あずさと一条七海の地球最後の日のやり取りですが、『地球最後の日にバイトに行って帰ってシャワーを浴びて寝る』など私と私の友人で実際にした会話がいくつかの場面で使われています。5月22日、七海の一人称が「あたし」と「私」の二つあったので「あたし」に統一しました。