おさがり
※※※ご注意※※※
作中、若干の虐待描写がございます。
直接的な表現ではありませんが、苦手な方、不快に思われる方はお控えください。
海のほうに行くか、なんて適当なことばで、誘拐された。
こはるさんに誘拐されるのは、これでもう三回目になる。些細なものも含めればもっと多いのだけれど、何日も連れまわされる本格的なやつが、三回目なのだ。
これは決して僕に学習能力が無いのではなくて、彼女の企画する誘拐がそれなりに新鮮で有意義であるから、正確には誘拐に加担してあげている、と言ったほうがいいのかもしれない。
誘拐犯のくせに、こはるさんはお金に困っている人ではなかった。
着の身着のまま県外まで車を走らせて、必要なものは全部現地で買い揃えていたし、カード一枚で贅沢な食事も、高級な旅館に宿泊もさせてくれた。
僕への身代金が一体何なのか解らなかったけれど、連れまわす道中で携帯電話を取り出しては、僕の父と何かしらの交渉をしていたようなので、少なくとも僕に何らかの等価値があることだけは、確かだった。
「今回は渋りやがるな、」
こはるさんは口の悪い女の人だ。
齢は三十半ばで、それなりに小奇麗な身なりをしているけれど、気に入らないことがあると鳴らす舌打ちや、僕みたいな子供の前でも平気でふかす煙草が、彼女の全部を台無しにしていた。
「父との交渉ですか?」
電話を切った直後の舌打ちと「渋る」というキーワードから推測した。
「もうおまえ、見離されてるんじゃねえの?」
品の無い笑い声と一緒に、唇から煙が揺らいだ。運転席の吸殻入れが既にいっぱいになっている。
「煙草、やめたほうがいいですよ。」
率直に忠告すると、こはるさんは大抵いつもけらけら笑いながら、「いい子ぶってんじゃねえよ。」なんて、真に受けてくれなかった。
「単純に匂いが好きじゃないんです。」
「男ならこのくらい慣れておけ。」
車内に香りが充満して、吸殻の山がまた積った。
口が悪くてがさつで豪快なこはるさんが、僕は決して嫌いじゃなかった。
そりゃ品も無いし、子供相手に容赦しないし、そもそも誘拐犯だし。それでも彼女と行動するのがそれなりに楽しいと感じられたのは、彼女が僕に欠けている遊びの術に長けていたからなのだろう。
例えば、クレーンゲームのコツとか、串揚げの食べ放題とか、海の見えるドライブコースとか、とてつもなく広い遊園地の回り方とか……
「どんだけ世の中知らねーんだよ。」
連れまわされる先々で興奮を隠しきれずにいる僕をみるたび、こはるさんはからかうように笑った。
「こんな所、普段は来ないですから。」
正直に答えるものならば、またけらけらと煙をふかしながら、「つまんねー子供時代!」なんて吐き捨てられるものだった。
つまらない子供時代。
あながち間違いではない。
父は医療従事者で責任ある立場の人間だったし、僕に構う時間なんて無かったのだと思う。
それでありながら、片親の子だからと世間に色眼鏡で見られないよう、礼儀や言葉遣いにおけるしつけだけは、徹底していた。
「ぐれてやれよ。一度くらい。」
予てから僕の徹底した態度が気に食わなかったらしいこはるさんは、度々そう唆した。
僕は絶対にのらなかった。
もとより、父に反抗するほど不満は無かったし、何よりもこはるさんの「ぐれて」なんて表現が、確実にばかにしていたからだ。
「父を裏切れませんよ。」
「親なんて産んだだけだろ。ましてや父親なんて、仕込んだだけじゃねえか。」
だから好きに生きろって。それがこはるさんの持論だった。
「その理屈で言えば、僕には通用しませんよ。うちは養子縁組ですので。」
産んでも仕込んでもいませんし、育てただけですから。彼女の言葉を借りて反論すると、こはるさんはやっぱり下品に笑いながら、「じゃあ好きに生きるわけにはいかねえな」と、あっさり撤回した。
彼女の意見はけっこう二転三転する。
こはるさんは、常に口が悪くてがさつなわけではなかった。
僕の父の前では女らしいというか、少しわがままで、寂しがりやで、甘え上手なひとで、顔つきも声も喋り方もまるで別人のようだった。
どちらにせよ扱い易い類の女性ではなかったのだろうけど、父はそんな彼女のことを放っておけなかったらしい。
二人の関係は、子供の僕でも容易に理解できる、俗に言う恋仲だった。
だからこそ、父に難しいおねだりをする際、彼女にとっての僕は、恰好の脅迫材料だったのだろう。
「ナナセ、おまえ今月で何歳になんだっけ?」
ある日突拍子もなく、こはるさんは聞いてきた。
「十三です。」
答えると、こはるさんは新しい煙草に火をつけて、ゆっくり縮めた。
「なんか欲しいもんある?」
彼女が僕に物を買い与えるのは珍しくないけれど、質問や前置きあってのことは初めてだった。単なる気まぐれだったのかもしれない。
「こはるさんこそ、何が欲しいんですか?」
質問で返すと、こはるさんは「はあ?」と怪訝な顔をした。
「何か欲しいものがあるから、いつも僕を誘拐するんでしょう?」
お金なんていくらでもあるくせに。常々疑問でありながら触れなかった問いに対する彼女の反応は、想像以上に薄くて、なんとも手応えがなかった。
マイペースに煙草を縮めて、煙を吐いて、吸殻を積らせる。
「おもちゃ。」
やがて、さらりと答えてくれた。
「あたしのおもちゃ直せるのって、おまえのパパだけだからさ。」
……いい年して玩具ですか。そんなくだらないことで僕は人質にされてるんですか。肘をついて呆れてやると、また下品に笑いながら、うるせーよと頭をぐしゃぐしゃ撫でまわしてきた。
いつの間にかまた新しい煙草に火をつけている。今度は充満した香りにも苦情を入れると、例によって「男ならこのくらい慣れておけ。」と一蹴された。
「……じゃあ、僕も、おもちゃが欲しいです。」
「あ?」
「あなたと同じ、いい年して遊べるくらいの、おもちゃが欲しいです。」
正直なところ些かの語弊があった。
僕が本当に興味あったのは、こはるさんが所持しているというおもちゃだ。
遊びに関することだけはやたら精通していて、人質でさえ楽しませてしまう彼女が、直してまで手放したくない娯楽があるなんて。
こはるさんはまた品の無い笑いを溢して、ぐしゃぐしゃと僕の頭を撫で回す。髪が乱れる際に、彼女が吐いた煙の香りがすっかり染み付いていると気づいた。
「この匂いが平気になったら、考えてやるよ。」
翌日、僕の身柄は引き渡された。
警察に保護されたのでも、身代金と交換されたのでもなく、こはるさんが車で自宅まで送り届けてくれて、父のもとへ帰った。
しばらく、こはるさんに会わなくなった。
姿を見なくなったのではない。彼女が僕を誘拐することが無くなったのだ。
週末に、父と仲睦まじく腕を組み、女性らしいしぐさで甘える彼女は、僕の全然知らない人で、虚無感のような疎外感のような、ときどき優越感にも似た変な感覚に、胸がざわついた。
ああ、僕だけが、この人の本当と嘘を知っている、のだと。
こはるさんは毎週末やってくるわけでなかった。
一応小さな会社を経営していたようなので、父ほどではないが彼女は彼女なりにそこそこ多忙だった。
仕事中のこはるさんは一体どんな女なのだろう。女性らしい凛とした女経営者なのか、言葉の汚いがさつな鬼上司か。両方想像してみると、両方共しっくりきた。
こはるさんがとあるアパートから出てくるのを目撃したのは、彼女と会わなくなって二ヶ月ほど経ったころだった。
二階建ての六世帯程度の小さなアパートで、彼女の住まいとしては不相応だなと一瞬目を疑った。
あちらは僕に気付かなかったのか、鍵もかけずに部屋を飛び出し、そそくさと車に乗り込んで行ってしまった。
目撃したのは最初の一回限りで、下校がてら何度か足を運んだけれど、こはるさんの姿を見ることは無かった。
連日足を運ぶうちに、アパート前にこはるさんの車が停まっているのを発見した。
この瞬間、僕はどうして躊躇わなかったのだろう。
彼女の部屋である確証も無いのに、あの部屋は、『嘘のほう』のこはるさんの領域である可能性も否めないのに。そもそも、僕らの関係は実に曖昧で非表意的なものだ。だけど、『本物のほう』の彼女がいるのかもしれないと期待するだけで、足は自然と、件の一室前までやってきてしまった。
『八重』
間違いない。表札にはこはるさんの苗字がきちんと掲げられていた。
呼鈴を鳴らしても反応は無い。
扉を叩いて待ってみても同じだ。
ドアノブを捻ると扉は難なく開いて、薄暗い室内が目の前に広がった。
正面突き当りの曇り硝子に、人影が映る。微かな動きだったが明らかな気配がある。
「こはるさん?」
呼びかけに応じる様子は無い。
靴を脱いで廊下を渡った。気配に誘われるように曇り硝子の扉を開けると、
そこに居たのは、こはるさんじゃなかった。
子どもだ。
不自然に白い子どもが床に座り込んでいる。
「……おかあさん……? ……おじさん?」
言葉が出なかった。
無機質な手足、生気の無い声。そして首から上は、まるでミイラみたいに乱雑な包帯が巻かれ、かろうじて鼻と口元だけが露出している。
「………だれ?」
齢は僕より上だろうか。声の質から男の子だとわかった。
彼は僕の気配だけを頼りに、見えない視界の中で僕を捜す。
無機質な白い手が床を這いつくばった。
「ナナセ。」
彼にばかり気を取られ、背後の気配に気付かなかった。振り向いた先で、こはるさんが佇んでいる。
言葉を失う僕を数秒眺めたのち、こはるさんはその場で煙草を咥えた。
「よくわかったな、ここ。」
動揺している様子は無い。いつもどおりマイペースに煙を吐いて、いつものように笑う。
縮んでゆく煙草から灰がぽろっと落ちた。こはるさんは特に気に留めず灰を床に散らかしたまま、短くなった残りの煙草を携帯灰皿に潰した。
「メシでも食いに行くか。」
しまいにはそんな提案までしてくる。勝手に上がりこんだ僕を咎めもせず、包帯姿の彼のことに触れもせず。どこまでもいつもどおりの、僕だけが知る『本物のほう』のこはるさんのまま笑って、先に車乗ってろよ、と外を指した。
「………あ。ねえ、仕事終わってからでいいから、あいつ、取りに来てくんない? ……そう、うちに居るから。……あたし? しばらく出掛けさせてもらうわ。……うん。そう、ナナセも一緒だから。」
僕が玄関を出てすぐ、こはるさんは携帯電話でそんなやりとりをしていた。
電話相手は、おそらく父だ。
声が甘くて、耳にしみこむ。
久方ぶりの誘拐があっさりと実行された。いつもの事といえばいつものことだ。
「あの、家にいたの、誰?」
このままいつもどおりの時間が流れる気がして、切り出した。
あてもなく車を走らせ、マイペースに吸殻を積らせ、適度にからかっては笑い、時折きまぐれに、僕の学校での様子なんかを尋ねてくるこはるさん。
僕はそんな彼女に会いたかったはずなのに、自ら流れを止めてしまったのかもしれない。
隣を向くと、煙草を咥えたままのこはるさんが、なんてことない顔で運転を続けている。
「子供。」
ずいぶんあっさりとした返事だった。
僕のほうはというと、少しだけ動揺した。こはるさんに子供がいるなんて知らなかった。
「病気、なんですか?」
続けて、彼の容貌についても触れてみた。あの、包帯だらけで無機質な、お世辞にも健全とは思えない姿が焼きついて離れなかった。
「あー。あれな、」
こはるさんは、またなんてことない様子で返す。
「医療上は必要ないって言われたんだけど、落ち着くまでは見たくねーからさ。」
「落ち着くって?」
「術後の傷。今回は目幅広げて頬骨もいじった。」
すぐに理解できた。
術後、の意味も、いじる、という表現も。
父が手がける患者たちに使う言葉だ。あの少年は父の手によって、美容整形を施されたのだろう。そして、きっとそれを依頼したのはこはるさんだ。
焼きついたままの彼の姿が、もう一度鮮明に脳裏をよぎった。
白くて、細くて、無機質で、まるで、
「人形みたいだった。」
ついこぼれてしまった声に、こはるさんが反応する。
不機嫌でも怒っているでもなく、どことなく誇らしいしぐさで笑った。
「言っただろ? おもちゃなんだよ、あたしの。」
あたしのおもちゃ。こはるさんらしいなと思えた。なぜだか全然、彼女を嫌えそうになかった。むしろ、そんなふうに思えてしまう自分に、少々の危機感を懐いた。
「とんでもない親ですね。」
ちょっとでも否定しなければと、考え抜いて選んだ言葉だったのに、彼女はやはり、いい子ぶってんじゃねえよ、なんて下品に笑った。
「あたしが産んだんだから、あたしがどうしようと勝手だろ。」
「前に言ってたのと、逆じゃないですか、」
「同じだよ、」
産んだだけだから物扱いできる。だからどうしようが勝手。
あいつも、あたしを恨もうが勝手。
こはるさんはいつもどおり笑い声と一緒に煙を揺らがせる。充満した香りに、鼻の奥がずきんと痛んだ。
四回目の誘拐が始まってから、三度目の夜になった。
今日は朝からつい先ほどまで、ほとんど丸一日遊んでいた。以前も何度か訪れたことのある、大きな遊園地で遊んだ。
彼女は行き先に詰まると、とりあえずここに僕を連れてくる。そのくせ僕よりもずっとはしゃぐ。乗りたいアトラクションも観たいショーも入りたい売店も、僕なんかお構いなしに自分優先に動く。
そしてここにいる間だけは、ほとんど煙草を口にしない。
「喫煙所少ねーんだから仕方ねえだろ。」
全然仕方なくないような口ぶりで、あっけらかんと笑うこはるさんに、少しだけ笑えた。
園内で夕食を済ませて、付近の観光ホテルに泊まった。
歩きっぱなしの一日に思いのほか疲れていたのか、僕は風呂から上がるなりうとうととベッドに沈んだ。
窓際のテーブルでは、ビールを飲みながら外を眺めるこはるさんの姿が、眠りにおちる直前まで映っていた。
────────…………、
“雨宮七生くん、ね。”
夢のなかで、これは夢だと確信した。
先ほどまでだらしなく缶を傾けていたこはるさんが、女の人の顔つきで微笑んでいる。その隣には父がいる。
“はじめまして。八重こはるです。”
これは一年と少し前、彼女と出会ったときの光景だ。
このときはずいぶん無理していたんだな。そう思った直後に場面が変わった。
“海のほうに行くか。”
今度は、煙草をふかしながら下品に笑う彼女が現れた。
一回目の、本格的な誘拐の日だった。
がさつな態度にも悪い口調にも、人質という境遇にも割とすんなり順応できた覚えがある。そんな僕を面白おかしく笑って、こはるさんは遊園地に連れてきてくれた。
生まれて初めての遊園地は新鮮だった。
“おまえのママなら知ってるさ。”
また、場面が変わった。
こはるさんが、僕を産んだ人の話をしてくれた日の記憶だ。
“パパが随分と惚れこんでいたからなあ、”
“そうですか。”
さほどの興味も沸かなかった。強がりじゃなくて、残念ながら本音として。
だって仕方ないじゃないですか。
他人の話なんて、楽しくないんですから。
…………────────
────だって、仕方ないじゃない……
夢の外から声がして、起きた。
どのくらい眠っていたのだろう。少なくともまだ三度目の夜には違いないが、室内が真っ暗だ。隣のベッドシーツはきれいなままで、こはるさんの姿は無かった。
かろうじて灯かりが射す窓際に視線を走らせると、座ったまま、テーブルに伏せて眠るこはるさんのシルエットが、ぼんやりと浮かんだ。
「仕方ないじゃない……」
か弱い声が響く。
起きているんだ、酔っ払ってるみたいだけど。
彼女に歩み寄るにつれて目が慣れてきて、窓際に辿りつくころには、しっかりとその姿を捉えることができた。
「……何が、仕方ないんですか?」
しゃがんで目線の位置を合わせると、こはるさんはむくりと頭を起こした。
寝惚けているのか、ビールのせいか、うつろな目をしている。
「あたしは……産んだだけだもの。」
彼女が僕を見ているかは不確かだった。
「どんなに直しても、可愛くないもんは可愛くないんだもの。」
甘えた声が耳にしみこむ。
僕はしゃがんだまま、か弱く嘆く女の人を見据えた。
「あれは、あたしに、愛されようなんてしてないもの、」
泣きそうな目元と薄笑った口元が、アンバランスに震えた。
僕はたぶん、気付いていた。
こはるさんの本当の『嘘のほう』と、偽物の『本物のほう』に。
いいや。僕が勝手に決めつけていただけかもしれない。
彼女が虚勢を張っていたと、どうして見透かしてやれなかったのだろう。
父に甘えて縋る彼女を、どうして認めてやれなかったのだろう。
彼女の存在そのものを、否定してやれなかったのだろう。
「ねえ、七生、……あんたが、あたしの子だったら、良かったのに、」
それこそ、仕方なかったんだ。
「そしたら、ぜんぶ、変われたのに、」
僕は彼女を、
母親にするわけにはいかなかったんだ。
「……あんただったら、あたしだって……」
とっくに共犯だった。
僕らはいつのまにか一緒に、直しても直しても満足のいかないおもちゃで、遊び続けていた。
ゆらりと手がのびて僕の頭を撫でた。
最初は片手で、続けて両手で。髪がぐしゃぐしゃと乱れる。優しさも母性も無い、いたずらのような手つき。
彼女を真似て髪を撫で返してみると、覗いた右耳でピアスが光った。撫で続けるうちに、こはるさんはうつろな目に瞼をふせて、もう一度、眠りについた。
こはるさん、
満足するまで遊びましょう。
何度だって、誘拐してください。
「………だから子供は嫌いだよ。」
煙草の香りがしない。
翌朝、僕は保護された。
初めての保護だった。警察の人が乗り込んできた音で目を覚まし、呆然と部屋を見渡すと、こはるさんの姿は無かった。
彼女の逮捕を聞いたのは、それから数日後のことだった。
罪状は僕の誘拐と、交際相手への脅迫と、実子への虐待。
父が被害届を出し、あの少年も証言したらしい。その証言のおかげで、父と病院側が重い罪に問われることは無かった。
加害者だった彼女が今度は別の事件で被害者として報道されたのは、それからまた数年後のことだった。
刑期を終え、事業を再開してしばらく経ったころ、部下とのトラブルにより殺害されたのだと画面越しに知った。
ふと誘拐されていたときに、会社での彼女はどんな人物なのだろうと、想像してみたことを思い出した。あの頃の僕の憶測は、両方共違っていたらしい。
制服のポケットから剥き出しの煙草を取り出した。
思い出しながら指に挟み、唇に咥えて火を点ける。どのくらい燃えたらいいのだろう。
……ああそうか、点けながら吸うのか。
口の中が一瞬でまずくなる。
喉のあたりがもわっとして咳き込むと、頭が朦朧とした。
煙が纏わりつく。香りに惑わされながら、僕は懲りずに煙草を縮めた。
この香りが馴染むころ 俺のおもちゃを取りに行こう
一生 遊び続けるために
一生 手元に 置いてやるんだ
朦朧としながら、朦朧としながら、吸い続けた。