7.猫に木天蓼お女郎に小判
なんとか上手くいったようである。吾輩は気絶したピカピカ騎士を見下ろしてほっと息を吐いた。
吾輩は猫又である。猫又といえば、人に化けて人を化かすものである。吾輩の長い猫又生の中で、人に化けたことは片手で足る程度にしかないが、なんとかピカピカ騎士を化かせたようだ。
魔女の残した研究書を読む為に、ピカピカ騎士に充てがわれた魔女の部屋に入らねばならなかった。そこで賢い吾輩は、この部屋の正しい主に化けることにしたのだ。部屋に訪う時間も、吾輩達化生のモノが動きやすい丑三つ刻迄待った。万全の状態に整えた吾輩は完璧に魔女に化けることができたのである。吾輩は興味もなかった故に顔も碌々覚えておらぬが、魔女は頭巾付きの外套を常用していたので、バッチリである。そもそもピカピカ騎士も魔女の顔を知らぬしな。
古来よりニンゲンは死んだと思っている者が化けて出ることを怯えるものだ。成仏出来ない魂などそこらに居るのに。見えないと信じることができない連中が多いのはヒトの感情の揺れから力を得る妖怪にとっては有り難いことである。ただ、見えぬ精霊を信じて魔術を使う癖に、見えぬからと死霊を信じぬのは全く持って不思議なことであるが。
兎角、吾輩は上手くピカピカ騎士の居る部屋に侵入し、驚かせて気絶させる事に成功したのだ。
大快挙である。吾輩、記憶改竄の用意をしておったのに、何もせずにピカピカ騎士が気絶した。おそらく、魔女が化けて出たことが信じられず思考が止まったが故の気絶であると思われる。あと、吾輩の記憶改竄のために膨らませた妖気に若干当てられたのもあるやもしれぬ。
ちなみに猫又に記憶に関する能力などないので、頭に直接吾輩の妖力を流して揺さぶって混乱させるという方法しかとれぬが。化生に出逢って気が触れるというのはよくある話であるので、問題はないだろう。
煩わしい羽付き蜥蜴も、ヘソ天で寝ておるし邪魔はない。背中に羽が生えている癖に、ソレを下敷きに寝れる根性は吾輩よく分からぬが。背中に羽のある化生連中は俯せが基本姿勢であるというに。明日、否、最早今日であるが、此奴はご主人と吾輩を無事に乗せて飛べるのか不安にもなるというものだ。ふむ、明日の飛行の為にも体勢を整えてやるべきだろう。
吾輩は心優しいので、そっと羽付き蜥蜴の首根っこを引っ掴んで、ピカピカ騎士の胸の上に置いてやった。重みでピカピカ騎士が呻き始めたが、そこまで煩くも無いので気にする必要もなかろう。
漸く腰を落ち着けて、研究書を読めるのだ。
読んでいる最中だったのであろうか。未だ机の上に出しっぱなしであった研究書を手に取り、ざっと目を通す。こんな時も、猫の暗闇を見通す目は便利である。
そして内容は、研究書というより日記に近いものだった。
やはりご主人の魂が人よりも何十倍も大きく、それに伴って魔力が多いこと。その為、魔物に狙われやすいことが記されていた。それ故に呪い子と呼ばれていたと。ご主人は山の麓で拾われたのではなく、扱いに困ったニンゲンが魔女に押し付けた存在であったと。魔法か魔術を教え、自分を守る術を身につけさせようとしたけれど、既に問題はなくなったと。ご主人が三つの時に高熱を出し、生死を彷徨ってから、何も寄り付かなくなったと。
ご主人の呪いについてはイマイチ解らず。けれど吾輩の事には一切触れていないので、吾輩は元あった場所に本を戻した。吾輩の杞憂であったようだ。
ただ、年寄りの手は乾いてページをめくり難難いものであったので、やはりご主人に化けて色仕掛け風味で化かすべきだったかと反省はしたが。
○○○
翌朝、血色の悪いピカピカ騎士と、ご機嫌で煩い羽付き蜥蜴に連れられてご主人と山の頂上付近へと登った。
ピカピカ騎士は昨夜の件は夢だったと思う事にしたらしい。ご主人にそれとなく魔女について聞き出そうとしていたが、魔女と薬師を混同していたご主人である。魔女の教鞭の強さは語れれども、魔女の魔女たる所以は一切分からないのだ。ピカピカ騎士が求めるような情報など叩いても出ない。魔女の姿も割と万人が想像するような魔女らしい格好だしな。ただの猫に化けた吾輩と昨夜の魔女が結びつくはずもなかろう。
くあり、ひとつ大欠伸。
ご主人の腕に抱かれての移動である。ご主人の荷物はピカピカ騎士が持ってくれている。ついでに、吾輩に戯れ付いて鬱陶しかった羽付き蜥蜴もピカピカ騎士が抱えてくれている。ふむ、このピカピカ騎士、なかなかに使える奴ではないか。
吾輩の縄張りの頂上付近は、ぽっかりと拓けた場所がある。昔から居る動物共の言い分には、かつてこの山で魔女と強い魔物との一騎打ちが行われたらしく、その名残でここは大きな木の生えぬ拓けた場所となったそうな。どこまで本当かは吾輩には分からぬ。
「ここですね…レオン、頼む」
「ギュア」
ピカピカ騎士の腕から降ろされた羽付き蜥蜴が軽く鳴くと、プルプル身体を震わせ、その身の魔力を膨れ上がらせた。メキメキと身体を軋ませる音が聞こえる。体内の仕組みから組み換えているのだろう。吾輩ら妖怪の変化は存在を摩り替えるようなものなので、あのような身体に負担を掛けるような変化は見ていて興味深い。
数秒後、羽付き蜥蜴は羽付き巨大蜥蜴となった。真っ赤な鱗が光に反射して眩しい。存在事態も煩いとは。
「う、わぁ…おっきい……」
「ええ。レオンは約20フットまで大きくなることができるんです。…怖いですか?」
「いいえ…何というか、凄く、かっこいいですね」
うっとりと羽付き巨大蜥蜴を見つめるご主人…うん?ご主人⁉︎何故こんなでかいだけの羽付き蜥蜴に見惚れるのだ。ご主人鱗が好きだったのか?吾輩の毛皮ではいけないのか?
愕然とする吾輩、ひいては吾輩を抱えるご主人に、あろうことか忌々しき羽付き蜥蜴は巨大な顔を寄せてきおった。
『どうどう?ワガハイちゃん。ボクこんなに大きくなれるんだよ!凄いでしょ?かっこいいでしょ?』
『黙れこのでかいだけの羽付き蜥蜴が!ご主人の寵愛は吾輩のものだ、貴様なんぞに奪われてたまるか‼︎』
『ええ〜』
毛を逆立てフシャーッと威嚇してやると、ピカピカ騎士が気付き羽付き巨大蜥蜴を叱った。やはりピカピカ騎士は使える奴であるな。
「こらレオン。急に顔を近づけるんじゃない。今お前は大きいんだから、びっくりするだろうが。…レオノーラ嬢、申し訳ありません。ネコ殿も」
「いいえ、レオンちゃんが元気ないい子なのは分かっていますし…確かにびっくりしましたけど、迫力があって…やっぱりドラゴンつて素敵ですね。私、お伽話でしか知らなかったので、とってもわくわくしてるんです。ね、ネコもちょっとびっくりしちゃっただけだよね」
「うにぃ…」
そういう訳ではないが、ご主人、今撫でるのは反則だ。ご主人の按摩は極上なのだから、何でも良くなってしまうではないか。耳後ろを掻くのはやめてくれご主人。時と場所を考えてくれご主人。
とろんと脱力した吾輩の喉が嘶くのを確認すると、ご主人はにっこりと笑ってくれた。
「ネコももう大丈夫そうですし、参りましょうか」
「ふなぁご」
流石、ご主人はご主人である。
※猫の指の数は基本、前脚で5本×2、後脚で4本×2の計18本。
稀に前脚の指か6本あったりするなどの多指猫もいる。