6.日の下に新しきものなし
<リュディガー・シュトラウス視点>
俺が相棒のファイヤードラゴンのレオンと降り立ったのは、王都から飛竜で一日ほど飛んだ場所にある山だ。
ここは、昔から魔物が多くいる事で有名な場所だった。それが、10年程何もないとの報告が上がった。何もない、というのは魔物が一切現れていないという事で。
魔物は、人気のない山奥や森でよく現れると言われている。一度でも魔物を生み出した場所は、以後何度も一定の周期で魔物を生み出すというのが通説だ。それなのに、10年近くも何も現れていないというのは異常だ。
だから、一度は調査の為に魔導院の人間が出たそうだが、山に一度足を踏み入れれば魔術が使えない、と。しかも魔物はいないが、気性の荒い動物はいたそうで、山烏の集団に突き回されて追い出されたのだと泣きながら帰って来た。
それで話が終わればよかったのに、その魔導院の連中を指差して笑ったのがいけなかったらしい。
だってあいつら、いつも威張り腐ってムカつく奴らなんだもん。それなのにお得意の魔術が使えないだけで烏に突かれるようなヘマをして、ぼろぼろになって帰ってくるんだ。笑って溜飲下げてもいいじゃないかと思うんだ。ダメだったけど。
罰として、団長と部隊長から拳骨と説教を食らって、ついでに代わりに調査に行ってこいと命じられた。
正直、誰も俺に成果なんか求めていないってわかってる。魔導院の連中が逃げ帰ったという実績があるだけに、失敗しても何も損はないんだろう。せいぜい帰ってからの訓練が死ぬほどキツくなるぐらいで。
ただ、騎士団も動いたという事実と、出来るけど生意気な新兵の根性を叩き直す為の教育に使われただけだ。
でも、運が良いのか悪いのか。
俺は手がかりを見つけてしまった。
何故かはしゃいで飛んで行ったレオンを追いかけた先に彼女は居た。
濃厚なワインのような赤色を持った、俺よりいくつかだけ年下の少女だった。
うねる髪を頭の高いところで一つに纏めた彼女は、黄金色の瞳を囲う眦は吊り上がって、薄めの小さな唇といい、小さく尖った顎先といい、整ってはいるがキツめの顔立ちをしている。その癖、眉は頼りなく下がっているのが間抜けて可愛らしい。外見と中身が一致していないような違和感が第一印象だった。そして何よりおっぱいが大きい。最高かよ。
突然現れた俺に戸惑う彼女は実に好みだったのに、それよりも彼女の足元で妙にはしゃいで猫にのし掛かろうとする相棒のファイヤードラゴンに意識を取られた。
2年前、まだ俺が平民だった頃。狩りに出た時、孵化に偶然立ち会ってしまったせいで、俺の運命を一気に捻じ曲げた相棒。何をしても俺に付いてくるから、レオンを抱き込む為に俺は貴族の養子にさせられた。いや、それはいいんだ。元々孤児だし、礼儀作法は面倒でも、屋根のある場所で寝れて、飯が安定して食えるようになったんだから、レオン様々だ。
それはさておき、俺以外には一切懐かなかったレオンが。同じ飛竜仲間の間でも中々心を許さなかったあのレオンがだ。
まるで仔犬のように猫にじゃれついて、しかも邪険にあしらわれている。
白黒の珍しい毛並みに、黄金色の目。たしかに美人猫ではあるけれど、そこまで熱心にまとわりつくか?お前、赤ん坊のときでも俺にもそんなしつこく戯れてきたことなかっただろう。
一方の、毛を膨らませてレオンに爪を立てようとしている猫は本気で嫌がっているみたいだし。なにをやっているのやら。
竜騎士の契約によって共有されている魔力と感情から、レオンの興奮と喜びがひたすら伝わっているのが変にこそばゆい。こそばゆいが、話が進みそうに無いので、2フットぐらいの大きさになっているレオンを片手で掬い上げてとりあえず猫と離すことにした。
「レオン、お前は一体何をしているんだ…。お嬢さん方、失礼致しました。自分はリュディガー・シュトラウス。しがない王国の竜騎士です。こちらは我が相棒のファイヤーフライドラゴン、レオンです」
2年間で叩き込まれた礼儀作法で、穏やかに、しかし貴族然と微笑む。見てくれだけは貴族っぽいと養父からお墨付きをもらった金髪碧眼に、少しでも騙されてくれればいい。ちょっと言葉遣い間違えたけど、多分バレてない。お嬢さん方じゃないな。何故か複数形にしちゃったし。お嬢さん、いやご婦人が正解かな?若い娘さんに自分から話しかける事なんてほっとんどねぇからわからなかった。
俺の自己紹介にぱちくりと瞬きをして、慌てたように名乗ってくれた彼女はきっと分かってない。よし大丈夫だったな、よかったよかった。
「あっ、わ、私はレオノーラと申します。この山で魔女の真似事をしています。この子は私の飼猫のネコです」
「猫の、ネコ…」
「うなぁ」
彼女はレオノーラというらしい。魔女の真似事とか気になる事を言ってくれたけれど。その後の猫の名前に引っかかった。ネコとは不思議な音の名前だ。何か意味があるのだろうか?思わず復唱したら、ネコが何だとでも言いたげに鳴いた。自分の名前が分かってんのか?意外と賢い猫らしい。
ふいに俺の手の中でびったびった跳ね回るレオンに驚いて、流れ込む喜びの中に俺をどこか侮るような感情も混じったので窘めた。今までにない気持ち悪い動き。何がコイツをそこまで滾らせているのか。全く謎だ。
そんな俺たちの掛け合いが、彼女のお気にめしたようで、少し困ったように笑ったお詫びにと彼女は俺を家に招いてくれた。やった…じゃなくて、女の子ってそうそう簡単に家に招き入れてくれるもん?
「よろしいのですか、レオノーラ嬢」
「ええ、狭く、汚い我が家でよろしければですけれど。えーと、スト、シュト…シュトラウス様と、レオン様もご一緒に」
分かる。呼びにくいよな、シュトラウスって。俺も最初は言えなかった。お貴族様の名前ってやたらめったら複雑で厄介だよなぁ。
待てよ、ここは可愛い女の子に名前呼びしてもらう好機じゃないか。すかさず俺は畳み掛けた。
「是非、お邪魔させて頂きます。ああ、呼びにくいようでしたら、リュディとお呼び下さい」
「お気遣いありがとうございます。では、お言葉に甘えてリュディ様とお呼びいたしますね」
よっしゃ!俺好みの女の子に名前呼び越えて愛称で呼んでしてもらえた。しかも寛容さ見せることもできたし、上々じゃねぇ?なあ、レオン。
「ギャウ〜」
〇〇○
レオノーラは、かなりの世間知らずな箱入り娘だった。
魔女を名乗っておきながら魔物も精霊も魔術も魔法すら知らないとは。知らないどころか、その存在もちょっと疑ってるみたいで、深窓のご令嬢も真っ青なぐらいに無知。それに何より、俺を家に招くだけじゃなくて、泊めるなんて、これは誘われてると考えてもいいかもしれない。胸がドキドキする。
ここを使って下さいと案内されたのは、彼女の師匠が使っていたという部屋で、書物が山積みになった薬臭い部屋だ。まあ、薬師らしい彼女の家は全体的に薬のにおいがするんだけど。
レオンは薬の臭いが気にならないのか、俺が腰掛けているベッドの上で、へそ丸出しかつ手足を伸ばしてご機嫌で寝ている。俺が信頼されていると思いたいんだけど、初めての場所で気を抜きすぎじゃないか。俺はハジメテの女の子の家にお泊りするという状況に目が冴えて眠れない。明日はレオノーラを連れて王都に帰らなきゃいけないのに。
この山の謎の手掛かりは、レオノーラとの会話で簡単に分かったし、早いとこ帰らないと。
彼女の師匠の魔女ダグマーの研究書に暗号で示された、彼女が呪い子という記述。レオノーラは気味悪がっていたけれど、俺としては内心小躍りだった。だってこれ大手柄じゃね?山の謎に関係なくても、呪いを解く手助けをすることで彼女の好感度は上がる。彼女と研究書を騎士団に持っていけば任務は大成功だ。呪術に長けた知り合いもちゃんといる。俺の所属部隊の守銭奴な狼の獣人な先輩。何故か獣人なのに魔法が使える変わり種。まあ、俺が所属してる部隊は扱いづらい騎士の掃き溜め扱いされてるから変人の宝庫ではあるんだよなあ。俺はレオンがいるから仕方ないけど、変人と一緒くたにされるのは勘弁して欲しい。
ああ、レオノーラに俺も変人扱いされないように、事前に色々説明すべきかな。まあ、明日の飛行デートで話そう。空の上は高いし寒いし、早く飛ぶからレオンに魔法で風圧を軽減してもらっても、女の子には大変だと思う。つまり、俺にしっかりしがみついてもらわないとな。めちゃくちゃ楽しみだ、あの柔らかそうなンン。俺は紳士。下世話なことは考えない。そういう思考回路は何故かバレるし嫌われる。モテる紳士はそんな気を起こさない。良し。
でも、やっぱり期待しちゃうのが男ってもんで、夜長にレオノーラが部屋に訪ねて来ないかなぁとは期待する。初対面だけど、なんか怖い記述見つけちゃったし、怖くてねれないんですぅって来ないかなぁ。
灯りもつけず薄暗い部屋でぼんやりと扉を眺める。すると、コンコン、コンコンと控えめに扉を叩く音がした。
「ッ」
うっそ、マジで夢が現実になる?ハジメテの夜を楽しんじゃう?思ったけど、思っていなかった自体に息が詰まり返事が出来ないでいると、扉ば小さく軋む音を立ててゆっくりと開いた。
そして現れる、ローブ姿の---老女。
「だッ」
「静かにおし!あの子が起きるじゃないか。アタシはただ、確認に来ただけだよ」
小柄で背中の曲がった不審者に、誰だと叫ぼうとしたら小声で叱責された。確認?一体、何を。いや、レオノーラ曰く、彼女は猫と暮らしているだけで、ほかに人間は住んでいなかったはずなのに。
ふ、とこの部屋の本来の持ち主が頭によぎった。けれど、その魔女はとっくに死んでると聞いた。まさか、嘘だったのか?
「なんだい、死人が化けてでちゃ悪いかね。不肖の弟子を取るとおちおち死んでもいられないよ」
意地悪く、ヒヒっと笑った、その言葉を噛み砕いて、飲み込めなくて。腹に、冷たいものを詰め込まれた気分に襲われる。値踏みされている。フードのせいで、表情はよく読めないけれど。俺の、下世話な妄想や打算も、全部を見透かされているようで。俺の不埒な思いが、死人を起こしたのか、それとも、そういう魔法でも、使っていたのか。レオノーラと違って、師匠は本物の、魔女だったのか。
魔女が、一歩を踏み出して、俺は、身構えて。
「なぁに、アンタの悪いようにはしないさね」
フードから覗いた瞳の、黄金の輝きを最後に。
俺の意識は、沈んでいった---…--……。
※1フット=約30cm
ピカピカ騎士は、色んな意味でピカピカ騎士