4.有っても無くても猫の尻尾
化生とは、突如として現れるモノである。
生きとし生けるものは全て目に見えぬ力を生成し持っている。それは所謂、生命力というやつで、この世界では魔力と呼ばれるものだ。
この力は、普通に生きているだけで微量に身体から漏れ出す。人から、動物から、植物から、この地上そのものからも。その漏れ出した力が澱んで凝り、形を成すか、又はその近くの親和性の高いモノに取り憑くかしたものが化生である。まあ、吾輩のように体内の力が溜まりに溜まって化生に転じる輩もいるが、それは例外の一部という奴である。
兎角、そうして生まれた化生は、通常の生物とは異なり、自分で力を生成することが出来ない。だから、生物を襲うのである。
生物を襲い、その身に宿す力を喰らう。
この世界の精霊のように、ヒトに力を貸す代わりに力を奪ったり、魔物のように血肉ごと力を奪ったり、方法は化生それぞれである。
しかなしながら、ヒトというのは実に我儘なもので、自分らは動物を喰うくせに動物や魔物に喰われるのは嫌だという。
弱きモノが喰われるのは自然の摂理だというのに。理不尽なものだ。
そして、その理不尽で我儘な理屈の下、ピカピカ騎士は来たらしい。
この山周辺は、かつて魔物が多く跋扈する危険地帯であった。しかし、ここ十年ほど前から魔物の出現情報を一切聞かず、何があったのかを調べに来たのだと、ピカピカ騎士は言った。原因を解明して応用するつもりなのは言わずと知れたこと。そんなに魔物に襲われるのが嫌か。自分らの手で倒せぬことはない癖に。
まあ、原因は化生のモノが獣に聞かねば解らぬであろう。ピカピカ騎士の頼りの綱になりそうな羽付き蜥蜴はふにゃんふにゃんにふやけた孺子であることだしな。
「…ですので、なにか心当たりがあればお聞きしたいのですが」
「うーん、ご協力したいのですけれど…私は物心着いた時から一度も魔物や精霊を見たことが無いんです。ですので、心当たりと言っても…」
心当たりなどあるわけがなかろう。この、吾輩と養い親の魔女によって純粋培養されたご主人に。
ピカピカ騎士の為に素直に頭を捻る今代のご主人は優しい。前のご主人達なら、金銭を要求して、かつ眉唾物な適当を伝えていたことだろう。尤も、そんなのに引っかかるのが阿呆なのだが。
「………ダクマーお婆ちゃんの魔法研究書、なら有りますけど」
「それを見せていただくことは!」
「えっと、リュディ様…困っていらっしゃるようですし。お婆ちゃんも、生きてたらきっと許してくれると思います!」
許さないぞあの魔女は。だいたい魔女や術者にとっての研究書は生命線らしいからな。命の次に重いらしいぞ。それをほいほい流出させるとは、流石ご主人。善人ぶってもやる事が外道である。
少々お待ちくださいと、元気よく席を立って研究書を取りに行くご主人。ピカピカ騎士はご主人が居なくなったのをいいことに、やれやれと溜息を吐きおった。
「全く、世間知らずのお嬢さんだな…悪い子じゃなさそうだが。なあ、レオン。お前、なにか解らないか?さっきから浮かれた感情しか伝わってこないんだが…」
『だってボクの運命の番を見つけたんだもん!ここはワガハイちゃんの縄張りだから魔物も精霊も居ないんだよ!ワガハイちゃんすごいんだよ!魔力溜まり、全部ワガハイちゃんの魔力で薄めてあるの!たっくさんワガハイちゃんの匂いがするの!』
「何か伝えたいのは分かるんだけどな…異様にそこの猫気にしてるよなぁ」
羽付き蜥蜴のはしゃぎっぷりが鬱陶しいが、頭の緩そうな幼い口調の癖に頭は悪くないらしい。羽付き蜥蜴の意図をぼんやり汲み取ったピカピカ騎士が此方に目を向けて来た。
…こっちを見るなっちゅうに。
「ぅカッ」
「うわっ」
びくりと肩を揺らしたピカピカ騎士。
うむ、威嚇したからには、こういう応えが無ければな。
○○○
あまり時間をかけずに、ご主人は数冊の本を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました!これがダクマーお婆ちゃんの研究書です」
「これが…」
机に置かれたうちの一冊を手に取って捲り、ピカピカ騎士は眉を潜めた。
「これは…薬のレシピ、ですか?」
「お婆ちゃんは魔女でしたから…」
ご主人とピカピカ騎士が二人して頭を付き合わせ、本を見て唸っている所。ひょいと棚の上から首を伸ばして…も、見えんな、遠い。仕方ないのでご主人の膝を目掛けて軽やかに飛び降りる。
「うわあ、ネコ?どうしたの」
「ギャぉン」
「ッシャァ!」
「うおっ」
距離が近づき甘ったるい声を出す羽付き蜥蜴を短く威嚇。目標ではない方に飛び火したが、ピカピカ騎士はその羽付き蜥蜴を押さえ込んでいてくれ。
改めて、魔女の残した研究書を覗き込むと、たしかにそこには変哲も無い調薬の方法が書かれて有った。吾輩は勤勉な猫であるので、例え異世界のヒトの文字も、12年もかければ習得できるのである。
ピカピカ騎士が机に本を広げている為、逆さに本を読む形となっている。しかし、だから気付けた。
ご主人に文字を教えられるほど達筆だった魔女の字が所々乱れているのに。
それを逆さ、つまり吾輩が覗き込む方から見ると別の文字になっている。
流石は魔女。自分の死後、研究書が読まれても良いように暗号化していたか。まあ、吾輩はご主人の飼猫であるので忖度せず暴くが。割と単純な暗号なので、本気で隠しているわけでもなかろう。
ふみっと、吾輩の薄紅の肉球で暗号文字を示し、己の中で整理しながら読み解く。
「あ、こらネコ!邪魔しちゃダメでしょ」
ご主人が吾輩の腕を外そうと掴むが、邪魔をしないで貰いたいものだ。魔女が余計な事を記して居ないか気になるではないか。
えーと、何々?
タ・チ・ヨ・ツ・タ・ム・ラ・ヨ・リ
立ち寄った村より、か。
エ・イ・ジ・ヲ・モ・ラ・イ・ウ・ケ・ル
えいじ…嬰児のことか、を貰い受ける。口減らしか何かで押し付けられたのか。
「レオノーラ嬢、待ってください。このネコ殿の脚がある場所の文字が歪んで居ます!同じ文字でもこちらは普通なのに」
うるさいな、ピカピカ騎士。集中させろ。
ソ・ノ・エ・イ・ジ・ヒ・ダ・イ・セ・シ・
マ・カ・ク・ヲ・モ・ツ
その嬰児肥大せしまかくを持つ。
魔角?いや、魔核だな。魔物だと凝った力の核だが、この嬰児はヒトだろうから魂のことになるだろう。
オ・ゾ・マ・シ・キ・ノ・ロ・イ・ゴ
悍ましき呪い子。…急に不穏になりおった。
ソ・ノ・ナ・ヲ
その名を、
「あっこっちから見るとその字が違う字に読めます!」
「何?」
「だって、これ私の名前ですもの」
猫の鼻と肉球の色は同じことが多い。