3.猫の肌を狙う如し
吾輩、敷いては吾輩を抱いたご主人に突っ込んできたのは真っ赤な鱗の蜥蜴であった。
「う、にぁああ」
「ギャオンッ」
咄嗟にご主人の腕を踏み台にして、羽付き蜥蜴の顔に跳びかかって爪を立てた。
成猫としてちょっと小柄な吾輩より二回りほど大きい羽付きの蜥蜴が弾丸かくや、文字通り飛び込んできたのである。いくら妖力が多い吾輩であっても、普通に身の危険を感じた。そんな中、ご主人を後ろ足で引っ掻かなかった吾輩を褒めて貰いたい。
顔にくっきり三本線を刻んでやったのに、何故か吾輩を番認定したらしい赤い羽付き蜥蜴は吾輩に戯れつこうとする。吾輩といえば、そんな不届き者に毛を逆立て威嚇しているのであるが、一切気にかけていないのが腹立たしい。
「レオン⁉︎突然どうしたんだーーっ」
「ひっ、あ、あの…どちら様でしょうか」
ガチャガチャと金属の擦れ合う音を立てて、羽付き蜥蜴が来た道から男が現れた。なるほど確かに甲冑ピカピカの筋肉ダルマだ。髪も金色でピカピカだ。あまりに眩しくて、きゅっと瞳孔も締まる。
ご主人も現れた大男に怯えてしまっているではないか。
コイツも引っ掻いてやろうかと、騎士の男に気をとられた途端。羽付き蜥蜴が隙を突いてのしかかって来おったので、慌てて避ける。獣にとって上に跨がられるというのは屈辱の極みであるのだ。
『ねえねえ可愛いボクの運命の番さん!お名前は?ボクはねぇ、レオンっていうの』
『吾輩から離れろこの羽付き蜥蜴!その喉咬み千切ってやろうか!!』
『ワガハイ?ワガハイちゃんって言うの?ボクはファイヤーフライドラゴンのレオンだよ!蜥蜴じゃないよ』
『貴様など羽付き蜥蜴で充分だろうがこの孺子めッ』
ギャオギャオにゃあにゃあ。マウントを取ろうとする羽付き蜥蜴との攻防は、羽付き蜥蜴がピカピカ騎士に片手で掬い上げられたことにより終了した。
「レオン、お前は一体何をしているんだ…。お嬢さん方、失礼致しました。自分はリュディガー・シュトラウス。しがない王国の竜騎士です。こちらは我が相棒のファイヤーフライドラゴン、レオンです」
「あっ、わ、私はレオノーラと申します。この山で魔女の真似事をしています。この子は私の飼猫のネコです」
「猫の、ネコ…」
「うなぁ」
文句あるのかピカピカ騎士よ。吾輩のことを一目でお嬢さんと判断した眼力は褒めてやらんでもないが。ご主人の名付けに関しては、生まれ持ってのものだからご主人に責任はないぞ。
ジト目でピカピカ騎士を見上げると、騎士の片腕に抱えられた羽付き蜥蜴がビッチビチ魚宜しく身体をくねらせ始めた。
『あああワガハイちゃんが見てる!リュディ!離して!このコ、ボクの運命の番だよ!やっと見つけたんだ!』
「わ、こら。暴れるんじゃないレオン。いつもはもっと礼儀正しいだろう。何をそんなに興奮しているんだ」
『だからぁ、ボクのお嫁さんを見つけたんだって!万年独り身のリュディより先に結婚するのは悪いけどね』
「よくわからないが、今無性に腹立たしいことを考えたな。そういうのはわかるからな」
目の前で繰り広げられた羽付き蜥蜴とピカピカ騎士の漫才に、ご主人はちょっとポカンとして。
「くっ…ふふ…ふふふ。仲が、よろしいのですね」
「みぁ」
笑った。ご主人が楽しそうに笑った。ふむ、これで先ほどピカピカ騎士がご主人を怯えさせたことはチャラにしてやろう。羽付き蜥蜴の無礼は許さんがな。
それに、ピカピカ騎士と羽付き蜥蜴が繋がっていると聞いて少々心配していたが、どうも感情を僅かばかり共有する程度で獣語を理解している訳でもなさそうだ。ならば、そこまで警戒する必要は無いか。いや、別の意味での身の危険は感じるが。
因みに当然ご主人も獣語を習得していないので、ギャウギャウ叫んでいる羽付き蜥蜴にピカピカ騎士がまじめに返事をしている様子にしか見えていないのだろう。確かに良い大人がすることではないな。絵面が面白い。
「ッこれはお見苦しいものをお見せしました。申し訳ない…」
「ふふっ。いえ、こちらこそ失礼しました。もしお時間があれば、笑ってしまったお詫びにお茶をお出し致しますので、中へどうぞ」
「にゃあ⁉︎」
むむっご主人、此奴等を屋敷の中に入れるのか⁉︎吾輩がいるとはいえ、ヒトはご主人一人しか居らぬのに。昔のご主人なら懐に短銃か刀か何かしらの武器を携帯していたが、今のご主人は身を守る術を真っ当に持たぬではないか。
「よろしいのですか、レオノーラ嬢」
「ええ、狭く、汚い我が家でよろしければですけれど。えーと、スト、シュト…シュトラウス様と、レオン様もご一緒に」
「是非、お邪魔させて頂きます。ああ、呼びにくいようでしたら、リュディとお呼び下さい」
「お気遣いありがとうございます。では、お言葉に甘えてリュディ様とお呼びいたしますね」
「ギャウ〜」
貴様も容易く頷くでないピカピカ騎士。何どさくさに紛れて愛称で呼ぶのか。それとご主人、その羽付き蜥蜴も招くのか!?羽付き蜥蜴もご機嫌に鳴くでないわ。
不機嫌に尻尾でぺすんと地面を叩いても、誰も気づかぬ。
「ふにゃん」
別に拗ねてなどない。
○○○
ご主人の屋敷の中は、いつも薬草の臭いがする。吾輩は順応出来る優秀な猫又なので、苦手なハーブ系の臭いにも慣れることができるのである。健気と褒めてよいぞ。
何時もなら、ご主人と一人と一匹きりの聖域なのだが、不躾な珍客が実に無粋である。
小さな椅子に窮屈そうに座り、膝に羽付き蜥蜴を乗せたピカピカ騎士が怨めしい。怨めしいが、その羽付き蜥蜴はきっちり確保しておいてもらいたいものだ。
吾輩は薬草棚の特等席で避難もとい、高みの見物である。吾輩は無遠慮な子供が一等嫌いである故。苦手ではない、嫌いなのだ。彼奴等は容赦なく吾輩の尻尾を引っ張るからな。
ええい、こちらを凝視するな羽付き蜥蜴め。何か気力やらそこらへんのものが減りそうではないか!
「わざわざすみません。…レオノーラ嬢のご家族はどちらに?」
「ああ、二年ほど前に養い親が亡くなってからは、ネコと二人暮らしです」
「そ、れは失礼しました…」
「いいえ、女一人で山暮らしは珍しいそうですから」
二人の間には小さな木製の卓と、ご主人が手ずから淹れてやった薬草茶。せっかく淹れてもらったと言うのに、手を付けやしないのが鼻に付く。
吾輩のじっとりとした視線と目があって、慌てて薬草茶の匂いを嗅ぐ羽付き蜥蜴。
『リュディ、大丈夫だよー。変なの入ってないよぉ』
「お茶、頂きますね」
ふん、あの羽付き蜥蜴が毒味役か。飲んではいないから毒嗅ぎ役か?どうでもよいが、全くこの無礼な輩共は何をしに来たのか。
「ん、美味しいですね。これは、イグモタ葉を?」
「ええ!よくお分りですね。疲労回復、滋養強壮に良いんですよ」
ついでに鎮痛、消炎、新陳代謝の促進も効果アリだな。後は利尿作用。是非とも憚りに行って帰ってこないで貰いたい。当然、羽付き蜥蜴と共に。
「そういえば、レオノーラ嬢は魔女の真似事をされていると仰っていましたね」
「はい。養い親が魔女でしたので、一通りの知識を教えられました」
「素晴らしい。得意な魔術はなんでしょうか?」
若干身を乗り出して、ピカピカ騎士が食い気味に聞く。そのまま身を倒して鎧の腹で羽付き蜥蜴を潰して仕舞え。
一方、ご主人はポカンとびっくり間抜け面。
「えっ」
「えっ?」
「魔術って、あるんですか?」
「は、はい?」
「え、えッ、だって、ダクマーお婆ちゃん魔術なんか使えないって、魔法なんて夢物語だって…えぇ?」
間違いない。ご主人や魔女は精霊を介する魔術が使えないし、吾輩が居るからご主人にとって魔法なんぞ必要ない夢物語だ。
「……失礼ですが、その魔女殿には何を教わったのでしょう」
「山の歩き方、薬草の効能と見分け方、調薬の方法、薬の使用法、保存法…あとはえっと…」
「いえ、もう結構です。いいですか、それを行う人間を世間一般では薬師と言います」
「やっぱり⁉︎何度お婆ちゃんは薬師じゃないのって聞いても、自分は魔女だ。弟子のアンタには生きる術をくれてやるって言ってたので、ずっと魔女って薬師のことだと思ってたんです…」
「それは、何というか…」
魔女は一言も嘘を付いていない。魔女は魔女だし、魔女は薬師としてご主人が生きる術を授けた。何も問題ないことである。
「あ、あはは…えっと、ところでリュディ様は、この山にどのようなご用件だったのでしょう」
微妙な空気を払拭する為、ご主人は笑って話題転換することにしたようである。被っていた猫は落下寸前。吾輩が代わりに頭に乗ってやるわけにもいかぬからもう少し耐えて欲しい。
コメカミを押さえるピカピカ騎士がちょっとだけ憐れだ。
「自分はこの山に、近年一切魔物が出現していないという報告を受けたので調査に来たのですが…」
「魔物も本当にいるんですか⁉︎」
「ご存知、ない?」
「見たこと無いです。そっかぁ、街のおじさん達、私をからかってたわけじゃないんだ…」
ご主人、ここは感心するところじゃない。見てみろピカピカ騎士の頭痛が更に酷くなったようだぞ。羽付き蜥蜴もこっちを見るのをやめてピカピカ騎士の気を使っているぐらいだ。うむ、よくやったご主人。
「精霊もいなきゃ魔物もいないなんて、どうなってんだこの山は…」
「ぎゃぁーうー」
まあ、そのだいたいの原因は吾輩であるがな。
日本猫の平均体重:3〜5kg
飛竜(小型化)の平均体重:5〜7kg
※ロックフライドラゴンを除く