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2.猟よく猫爪を隠す

 

 この世界では、魔物や精霊(せいれい)と呼ばれる化生がヒトと近しくある。

 ヒトの中にも以前の世界と同じような人間と、以前の世界には居なかった獣の特性を持つ獣人がいる。他にも精霊とヒトが混じり合って生まれたエルフやドワーフやらの亜人とやらも存在するらしいが、そういった連中は基本的に固まって隠れ棲んでいるから滅多にお目にかかれないそうだ。

 

 吾輩はたしかに思った。ご主人が幸せであれば良いと。

 ご主人の幸せとは何かと考えれば、ご主人が安心安全に暮らすことである。そこで吾輩はご主人に、というよりヒトに気づかれぬようにご主人の住む山を吾輩の縄張りにしてやった。


 精霊も魔物も、吾輩からしてみれば全く持って同類なのであるが、ヒトに害を成す連中の事を大まかに魔物と仕分けているらしい。まあ、化生の連中は基本的に力の上下関係が生死に直結しているので、吾輩のような力有り余っている存在に逆らう阿呆は早々いない。

 だから、吾輩の縄張りたるこの山中に置いて魔物というものは(ほとん)ど居なくなり、尚且つ吾輩の大切なご主人の目の前に現れる不届きな化生など皆無といって差し支えなくなった。

 ついでにそこら辺に居て、生物が内包する生命力。吾輩が妖力と呼ぶモノで、こちらの世界では魔力とやらと呼ぶらしいが。と引き換えに魔術とやらを使わせる精霊も少なくなったために、魔術が使いにくい土地になったのも、ご愛嬌である。


 ご主人が異世界なのに魔術が使えないなんて、と肩を落として居たのは命の危機に比べれば些事(さじ)であろう。

 そもそも、吾輩の匂いがべったり染み付いているご主人は例え精霊の多い場所でも、精霊共が萎縮(いしゅく)して碌々魔術を使えないのからな。尤も、精霊共を媒介せず、自分の魔力を行使する魔法とやらなら使えるやも知れぬが、養い親の魔女も教えなかったことをわざわざ知る必要はあるまい。


 かようにご主人を甘やかす吾輩を見て。吾輩の正体に気付いていたらしい魔女は鼻で笑ってはいたものの、ご主人には死ぬまで何も言わなかった。故に吾輩も魔女に何もしなかった。魔女と吾輩は割と互いにどうでも良い関係を築けていたと思う。魔女は魔術使いではなく魔法使いだったので、精霊が居ようが関係なかったのもあったが。

 まあ、そのせいでご主人が魔女という存在と薬師を同一視したのは、かの魔女にとっても計算外だったことだろう。尤も、ご主人に魔法を教えなかった魔女の責任なので吾輩の知ったことでは無い。魔物やら魔術・魔法の存在に関して懐疑的なのも吾輩の預かり知らぬことである。


 ふと、屋根の上で日向ぼっこに勤しんでいた吾輩を、首後ろを逆毛に撫でられるような不快感が襲った。何者かが、吾輩の縄張りに踏み込んだようだ。

 場所は山の頂上付近か。今吾輩がいるのは山の中腹にあるご主人の屋敷だ。小屋といった方が正しいが、ご主人が住んでいるならそこは屋敷なのだ。ご主人は屋敷で日課の調薬をこなしている。当然、ご主人が侵入者に気付くべくもない。

 ピンと尻尾を立て、忙しなく耳を動かす。ひくひく動かした鼻腔に、知らぬヒトと化生、それぞれ一匹づつの臭いが掠めた。猫の嗅覚はヒトよりは優れているが、犬より劣っているものだ。遠く離れた存在を嗅ぎとれる程吾輩の鼻は優秀ではない。猫又としての存在により吾輩が嗅ぎ取ったのは、縄張りに入り込んだモノ共の魔力である。

 嗅ぎ取った魔力からは、侵入者共がそれなりの力を持っていることを示していた。


『ネコ様、ネコ様!侵入者!侵入者!』

『人間ノオス!飛竜ノオス!二匹来タ!』

『知ッテル!アイツ竜騎士ダ!オレ知ッテル!』


 ぎゃあぎゃあ山烏等(やまがらすら)が頼んでもいない報告に来た。普段は吾輩を恐れて近寄らぬ癖に、有事の際はこうして真っ先に獣語(けものことば)で告げ口しにくる()い奴等だ。


『ふむ、竜騎士と言ったか。その一対しかおらんのか?騎士や侍と言う連中は群れるモノであろう』

『二匹シカ居ナイ!騎士、調査ッテ言ッテタ!』

『精霊居ナイ!魔術使エナイ愚痴ッテタ!』

『キット左遷!オレ知ッテル!使エナイ奴、一匹デ放リ出ス!』

『オレモ知ッテル!捨テ石ッテヤツダ!』


 鳥頭共からして、中々に酷い評価である。しかし、この山に一体何を調査に来たのか。山には普通の動物とご主人ぐらいしか碌に住んではおらぬし、ご主人曰く珍しい薬草はあるにはあるそうだが、有り難がるのは薬師ぐらいなものだろう。


『……ただ単に斥候だと思うが。ご主人を害しそうな奴等か?』

『ワカンナイ!』

『知ラナイ!』

『見テクル!』

『オレ等偉イ?ネコ様オレ達食ベナイ?』

『元より食べぬ。偵察が出来たら偉いがな』


 腹も空いておらんのに貧相な山烏を食う気は無い。吾輩は肉より魚派である。

 それよりも、相手が人間なら、獣道を辿ってご主人の家まで来るやも知れぬ。

 どうするかと逡巡。けれど、吾輩はあくまでも飼い猫なのだ。とりあえずは山烏等の報告を待とうと再び屋根に身を伏せた。



 ○○○



『報告!報告!』

『男前ダッタ!筋肉ダルマ!』

『鎧ピカピカ!毛モピカピカ!』

『飛竜オッカナイ!オレ達邪魔ダッテ!』

『飛竜、ネコ様ノコト聞テキタ!オレ達黙ッタ!』

『褒メテ!食ベナイデ!』

『だから食べぬと言うに。しかし貴様ら碌々偵察出来ておらぬでは無いか。偵察というのは気付かれずに相手の情報を得るものだぞ』

『オレ達偉クナイ?』

『偉くないな』

『『『ソンナ〜』』』


 本に(かしま)しい連中である。

 端から期待はして居なかったが、男前の筋肉ダルマでピカピカとは一体何なのだ。

 何故か項垂れている山烏等を尻目に首を捻る。吾輩は猫故に深く考えることは苦手であるのだが。


『ところで、飛竜とはどんなヤツなのだ?』

『赤イ!』

『大ッキイ!』

『今ハ小サイ!』

『なるほど、縮小化できるのか。他には?』

『オッカナイ!』

『オレ知ッテル!アイツ火噴ク!』

『ピカピカ騎士ト繋ガッテル!』

『オレ達食ベラレル?』

『吾輩は知らぬ。本竜に聞け』


 元の世界にも龍と呼ばれるモノはいたが、彼奴等は基本水生だったので、こちらの竜が火を噴くというのは物珍しく思う。

 龍と吾輩との関わりはほとんど無かった。せいぜいご主人に付いて、龍が神として(まつ)られている(やしろ)(おとな)った時に挨拶するぐらいである。吾輩は礼儀正しい飼猫なので、見るからに旨そうな(魚類)であっても、ご主人の手前大人しくできるのである。


 それはそうと、今はこの山に来た侵入者だ。

 騎士と繋がっているというのがよくわからないが、思考か感覚かを共有しているのだろう。昔、使役している妖とそのようなことをしていた陰陽師がいたから見当がつく。因みに、その陰陽師は吾輩の正体に気付き、吾輩を悪しきモノと決めつけて調伏せんとしていた鬱陶しい奴だった。最終的には当時、野盗のまとめ役だったご主人が、()()()()その陰陽師の家に押し入って火を付けたので事なきを得たが。今は懐かし、良き思い出である。


 ふむ。そうすると、竜騎士から吾輩の正体が暴かれる可能性があるということか。

 ……面倒な。

 吾輩はだらだらとご主人に甘やかされて居たいだけなのに。どのように追い払うか、いや、素知らぬ顔をしていれば良いか。

 ぐるぐると巡る思考に頭が()だりそうである。


「…ネコ?さっきから騒がしいけどどうかしたの」

「みぁ〜う」


 山烏等が騒ぐから、ご主人が外に出て来てしまったではないか。

 ひと睨みして山烏等を追い払い、軽やかに放物線を描きながらご主人の元へと飛び降りる。


「なぁお」


 抱き上げるようにと足に(すが)って請えば、意図を理解したご主人が腕を伸ばしてその豊かな胸に迎えてくれた。うむ。吾輩とご主人は以心伝心であるな。


「何かあったの?」


 グリグリと指先で顎を撫でられれば、ゴロゴロと喉がなる。

 残念ながら、何かがあったのではなく、これから起こるのであるが。


 がさがさと草を分け、落ち葉を踏みしめる音がする。まだ吾輩の耳にしか届いていないようだが、どうやら裏道を辿って来た竜騎士とやらのご登場である。


「ふにゃん」

「どうしーーーえっ」


 先んじて其方に顔を向けて鳴いてやれば、一拍後、ご主人が体を裏道へ向け。


『見つけたボクの(つがい)ーーー!』

「きゃあっ」

「ふぎゃああああああん」


 吾輩に向かって赤色が突進して来た。

犬の嗅覚:人間の百万倍ほど

猫の嗅覚:犬の十分の一ほど

人の嗅覚:全容は未だ不明

※一説によると人の嗅覚は犬並みだとか。

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