理由
「はぁ? バレたぁ?」
「遂にこの日が来たんだね。まあ、みんないつかこうなると思ってたけど」
翌日の昼休み、教室の隅っこで紫苑は友達を集めて一緒にお弁当を食べていた。紫苑が日頃特に仲良くしているのは二人の同級生だ。昼休みになるといつも机を合体させて三人で会話しながら弁当を食べている。
「別にいいだろ。秘密なんていつかはバレるもんだ」
紫苑の左前に座るのは、体育会系の高校生、斉藤だ。サッカー部に所属しておりガタイが良い。スカッと威勢の良い性格である。
「最初から好きだったんでしょ? この勢いで告っちゃいなよ? みんなそれを期待してるよ?」
笑いを堪えながら聞いているのは、右前に座る小太りの男、御堂だ。直球のアニオタで根性も曲がっているが根は良いヤツである。
紫苑はいつもこの二人と一緒に昼ご飯を食べている。この二人は紫苑が楓に片思いであること、およびネットでは委員長大好きペロペロ神であることを知っており、事の顛末がどうなるのかをずっと前から着目していた悪友だ。
(……はぁ、何でこんなことになっちゃったんだろ)
二人とは楓との接し方についても今までも何度も相談してきている間柄である。前代未聞の大ピンチに紫苑は緊急会議を招集したのだった。教室の反対側の隅では楓も友達と一緒にお弁当を食べている。あっちまで声が聞こえないヒソヒソ話で進行する。
「御堂の言うとおり、さっさと告っときゃ良かったんだ。手を伸ばせばすぐそこに目当ての女がいるのに、何でわざわざ画像にするのか意味分からん」
「告ってフラれた時のことを考えてだよ。僕は傷つき易いんだ」
「気持ちは分かるけどね。パソコンの中で済ませておいた方がノーリスクだし都合が良くて楽しい。でもアニメのキャラは架空の産物だから何しようが何も起きないけど、君の方は三次元に本物がいるからね。あんなことやってるのがバレたら名誉毀損、人権侵害、児童ポルノ法違反で即逮捕。ププ」
「しかしお前、何でわざわざネットに呟いてたんだ? こんな風に足が付くだけじゃねえか。家のパソコンと頭の中だけにしまっておけば絶対バレねーってのに」
「それが僕の性分なんだよ……」
「厄介な性分だなぁ……」
(……この二人の言うことは分かるけど、人間には抗いがたい衝動というものがある。僕はそれが人一倍強烈なんだ)
天才少年として通っている紫苑だが、その能力の真相はバイタリティの強さだ。関心を持った事柄に対して人並み外れた強烈な集中力を発揮する。ゲームが好きなゲーマーは徹夜でゲームすることも苦にならないが、紫苑は日常的にその状態になっている。
偉業を成し遂げる為に最も重要な要素は情熱と行動力、バイタリティである。紫苑はそのバイタリティにおいて並外れて優れている。圧倒的行動力。それが天才少年の正体だ。
しかし、英雄色を好むという諺があるように、バイタリティに優れる偉人というのは恋愛においても人並み外れて燃える傾向にあるらしい。良識ある優等生の紫苑も同様で、楓に対する恋の炎を抑えることは到底不可能だった。
でもフラれるのが怖くてその情熱を本人にぶつけられないなら、代わりにネットにでもぶちまけるしか無いだろう。
天才クリエイターにして純情少年、新条 紫苑の悲しい習性だった。
(……ちゃんと個人情報を載せないように気をつけてたんだけど。ネットってのはどこから個人特定されるか分かったもんじゃないな。ネットに迂闊な書き込みはしてはいけない。僕としたことが調子に乗ってこんな初歩的なミスを犯すとは。なんてこった)
と後悔するが後の祭りである。
「で、バレて瀬川はどんな反応だったんだ?」
ネットアイドルの件は秘密だ。辻褄が合うように嘘を言わなければならない。
「だ、黙っておいてやるからパソコン教えてくれって」
「それだけか? エラいすんなり済んだな」
「案外悪い気しなかったってことじゃないの? 大チャンスだよ! パソコン教えるってことはどっちかの家に行くってことでしょ?」
「僕の家ってことになったよ。瀬川さんが僕の家に来る」
「瀬川がそうしたいって言ったのか?」
「うん」
「ええッ!? 瀬川さんってそんなに積極的なのッ!?」
「アイツが男の家に行くとか、とてもそうは見えねえ。クラスで一番大人しいだろ。一人で男の家に上がり込むようなキャラじゃねえって。一体何なんだ、そのギャップは?」
「僕にも分からないよ。女の子の頭の中なんて宇宙よりも謎だよ。全然意味分かんない」
「やっぱり瀬川さんも君の事が好きなんだよ! 自分の部屋という密室で好きな女の子と二人きり。これで告白すれば決まりだよ!」
「そんな都合良く行くわけないだろ」
少し前であれば紫苑は有頂天でハメ外しまくりであっただろうが、告白を中途半端な所で失敗した今は戦意が低下していた。
「何だ、元気無ぇなぁ。嬉しいことばっかりの話じゃねえか。ましてやあの瀬川だぜ? みんな羨ましがる話だってのに」
「そうだよ! 二次元にしか興味の無い僕だって瀬川さんなら話は別だよ! アニメから出てきたみたいに可愛いし、清純だし、声もアニメっぽいし。せ、瀬川さんの部屋ってどんな所なのかな? きっと綺麗に整理整頓されていてベッドにはぬいぐるみが置いてあって枕には瀬川さんの臭いが。ウヘヘヘ」
「み、御堂ッッッ! お、お、お前~~~ッッッ!」
「う、う、嘘だって! 僕がそんなことするわけ無いだろ! 君を元気付けてあげようと思っただけだって! ぼ、僕は君みたいな危ないヤツとは喧嘩しないからね!」
「ならいいんだ。ちょっと気になる言い方だけど」
「デカい声出すとアイツに聞こえるぞ」
「そ、そうだ。気をつけなきゃ」
紫苑は窓の方に視線を送る。今は九月中旬。外はまだまだ夏の残暑が残っており、密閉されてクーラーの効いている教室内とは違い外は暑そうだ。何てことを考えていそうな顔をしているが全く違う。窓ガラスに反射して見えている楓の様子を伺っているのだ。直接見ると視線を感じて怪しまれる可能性があるから、窓ガラスを反射させて見ているのだ。反射ガラス砲作戦。やることがイチイチ手が込んでいる男である。
(……やっぱり瀬川さん可愛い)
クラスメイトの友達とお弁当を食べている楓は、従来の清純で明るい可憐な印象を留めている。あんな可愛い彼女に実はあんな裏の顔があったなんてッ!? と一時は驚いたが、落ち着いて考えると裏の顔というのは不適切な表現だろう。
紫苑が学校では明るく親切な優等生で、家ではネットでこっそりペロペロ神をやっているのと同じ。楓もまた、学校など公的な場所では可愛くて本当に良い子である一方、家ではネットアイドルに血道を上げている。裏の顔があるのではなく、プライベートがあるだけだ。
プライベートの顔は通常、他人には見せない。そして、彼女は学校では見せないプライベートの顔を自分にだけは見せてくれた。普通の人には見せない秘密を自分にだけは教えてくれたのだ。
秘密の共有。
これは大きい。
憧れの片思いの女の子、と思っていたこの前までよりもずっと親近感を感じる。いや、親近感というより、運命共同体。そう、何か見えない力で結びついている気がする。こんなの自分の願望でしか無いことは分かっているが、そう思わずにはいられない。
やっぱり自分と楓は運命の赤い糸で結ばれているんだ!
「で、でもさ、可愛いってのは本当だよ。体も細いし、成績も優秀だし。でもちょっとドジっ娘なところがあって、親しみが持てる。話し易いんだ」
「だよね、だよね。凄く良い子だよね♪」
「彼女が好きな男ってかなり多いはずだよ。でも付き合おうとする男は一人もいない。それは何故か?」
「コイツが張ってるからだ。瀬川が好きなヤツは他にもいるだろうけど、本気度が違う。お前には誰も敵わねえよ。瀬川の相手はお前でいい。これは男子の総意だ。お似合いのカップルだよ」
「そ、そう?」
「今までも朝の始業前は毎日教室で二人っきりだったんでしょ? 二人はもう付き合ってるも同然って解釈している人も多いよ。そして今回、偶然にも君の本音は向こうに伝わった。ハッキリ言って出来レースだよ、これ」
「向こうもお前の事は嫌いじゃねえんだ。さっさと告っちまいなって。楽になるぜ」
「そ、そんなこと言ったって、何て言ったら良いのさ? ペロペロなんて言えるわけ無いし……!」
「アホかッッッ!!!!!!」
「思っていることを普通に言えば良いんじゃない? 君は一体どうして彼女が好きになったのさ?」
「どうしてって言われても……。う~ん……」
理由を聞かれても、好きなものは好きとしか言いようが無い。しかし二人からの圧力も強い。記憶を振り絞って理由を考えてみる。
「べ、別にそんな立派な理由なんか無いんだ」
「立派じゃない理由ならあるのか?」
「瀬川さんって毎朝早く来て勉強してるでしょ? 頑張り屋さんだなって……。毎日それを見ているから、そのうち……」
「…………」
「…………」
ドラマ性が全然無い。
「つまらないでしょ? 芸術家である僕がこんな地味な理由を言って瀬川さんに個性の無い男だなんて思われちゃったら僕は一体どうしたら」
「それで良いんだよッッ!!」
「何でそれが言えないのさ、君ってヤツはッッッ!?!?!?!?」
「ええええッッッッ!?!?!?!?」
「余計な事は考えるな! 思ったことをそのまま言うだけで全て上手く回る!」
「土曜日に瀬川さんと会ったら、絶対それを言うんだよッッッ!!!」
「ま、まあ、頑張ってみるさ……」
かくして、決行は土曜日。紫苑の部屋で楓のサイト構築を手伝う機会に再び告白して両思いを狙う作戦となった。