告白の時
「紫苑くん、楓ちゃんが呼んでるよ! 校舎裏の木の下で!」
「瀬川さんが?」
「校舎裏の木の下!?」
「それってまさかッ!?」
その日の放課後。終礼が終わると同時に楓は風のように姿を消した。同時に、紫苑を帰宅させないよう、百合が捕まえに来た。
「校舎裏の木の下。意味分かってるよね?」
「そ、そんな風に強調しなくたって……」
「分かってるよねッ!?」
「わ、分かってるって! もちろんだよッ!」
校舎裏の木の下。完全に告白専用ステージである。
「遂にか」
「長かったなぁ」
「ま、待ってよ。まだ油断しちゃダメだって!?」
「何言ってんだ。これで何をどうミスるってんだ?」
「ここまで付き合わされたんだから、僕達も感動のシーンを見届けさせて貰うよ」
「し、仕方無いな……」
確かに、この二人と百合には随分と世話になった。もう他人事ではない。立会人になって貰うのは彼らを置いて他には無いだろう。
「よ~し、行くぞッ!」
「あ、ちょっと待って。あと二十分で夕日の確度が良い感じになるの。楓ちゃんも予行演習があるから、それまで待ってて」
「あらっ」
「細かいな!」
「まるで新条みたいだ」
―――そして定刻。
(……いよいよこの時が来たんだ!)
茜色の夕日が学校を照らすこの時間。紫苑は校舎裏に足を運んだ。
この学校の校舎裏には一本の大樹がそびえ立っており、カップルが告白するための定番スポットとして知れ渡っている。有名なスポットなので、活用方法も計算され尽くしている。
季節毎に決まっている特定の時間に東側から近づくと、夕日が輝いて大樹の下で待つ相手が見えないのだ。間近まで来て始めて相手の顔を見ることが出来るというカラクリである。
ちなみに、この場所で告白するのは、相手から確実にOKの返事が貰える時だけだ。一か八かの告白の場合は体育館裏という別スポットが用意されている。
つまるところ、ここは元々意思確認が済んでいる男女が記念イベントをこなすような場所だ。結婚式で指輪を交換するようなもの。単なる儀式だ。
(……あの瀬川さんが僕に面と向かって返事してくれるんだ! 結果なんて分かってるんだけど、凄く緊張する! でも、頑張るぞ!)
余りにも有名なスポットなので毎日誰か告白していないか巡回しているとんでもない野次馬もいるのだが、体育会系の斉藤が体を張って追い払ってくれた。
斉藤、御堂、百合を立会人に今、楓の告白を敢行する!
輝く光の中に見える人影を目指し、今、紫苑が大樹の元を訪れた。光が適度に弱まり、可愛い彼女の顔を紅く染める。もちろん、そこにいるのは楓だ。
「瀬川さんッ!」
「新条くんッ!」
最初にお互いに名前を呼んで本人確認を行う。
「僕に用事って何かなッ!?」
呼ばれた方が(何の話か分かっているのに)形式上、先に尋ねる。これに返す形で、待っていた方が事前に考えておいたメッセージを告げる手順だ。
楓が今まで胸に秘めてきたその想いを打ち明ける!
「あーあーあーあッ!!! わわわわあーあーッッッ!?!?!?」
(……は?)
奇声を発するだけで意味不明であった。っていうかこれ、もう頭が可哀想な人のレベルなんですけど。
「あ、あの、瀬川さん?」
「ご、ご、ごめんなさい! ド忘れしちゃって!」
「だ、大丈夫?」
「も、も、もちろん! ち、ちょっと見直して良い? こ、こ、こんなこともあろうかと下書きも作ってきたの!」
「い、いいよ」
楓はポケットからスマホを取り出して画面を読み上げようとする。まさかのカンニングだ。
「しししししッ! わわわわッ! わわわわおッわおッわおッ!」
「ちょ、ちょっと! 落ち着いてったら!」
「ご、ご、ご、ごめんなさい! ミミミラーブックに載せてあるの! いい、一緒に読んで貰って良いッ!?」
「良いよ! ほら、見せ……うわっ!? 眩しッ!? ちょっと瀬川さん! 光が反射してて見えないよ!」
「ご、ご、ごめんなななななあっあっあっあっあーーーッ!?!?!?!?」
パタッ……。
脳の血管でも切れたかのように崩れ落ちた。
「はぁ? ちょっと、そんなッ!? 瀬川さんッッッ!?!?!?」
「きゃぁぁぁッッッ!? 楓ちゃんッッッ!?」
「テメェェッッ!!!!!! 新条ッ! 何だよ、この様はッ! もう許さんッ!!!!!!」
「こんなのありえないよッッッ!!!!」
「僕に言われたってそんなッ!? それより保健室連れてくから手伝ってってば!」