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過去ログ5・保健室

「う~ん」

(……ハッ!?)


 目を開くと、目の前には白い天井があった。ぼーっとしているうちに、徐々に記憶が蘇ってくる。そうだった。自分はありえない失態を連発しまくって、遂に気絶したのだ。


 足下を見ると、自分の足は白いシーツに埋まっている。ここは保健室。ベッドの上らしい。一息ついて視界を横に動かすと、そこに人がいることに気付いた。


「新条くん……」

「やあ。おはよう。はは……」


 困ったような顔をして笑う紫苑。ずっと側に居てくれたらしい。自分が目を開いた後も、自分をビックリさせないように静かに待っていてくれたのだ。


「ご、ご、ごめんなさい、私ったら!?」

「おっと! 急に起き上がって貧血でまた倒れるとかやりそうだ。ゆっくりゆっくり。今更慌てても何の意味も無い」

「は、はい……」


 先手を打ってくる。起き上がろうとした自分の予備動作を見切ったらしい。まだ少し横になっていることにした。


「僕が一人で日直の仕事を始めちゃって、プレッシャーをかけちゃったかな? ごめんね。良かれと思ったんだけど。瀬川さん、いつも忙しそうだから」

「ううん。こちらこそいつも色々……」


 状況から考えて、紫苑が自分を保健室まで運んだのだろう。意識の無い間にどうやって運ばれたのか? 凄く気になるが、恥ずかし過ぎて聞けることではなかった。顔を半分だけシーツに埋めて恥ずかしさを誤魔化す。


 それに、あのミスだ。うっかり父親の姓を書いてしまった。自分の姓を間違えるなど、通常あり得ない。絶対に何か違和感を感じているはずだ。


 だが、それについては特に問い正そうとはしない様子である。触れないでおいてくれるのだろうか。ホッと全身の力が抜けたように安心する。


 次に、今、周囲がどういう状況か気になった。


「あ、あの、今、時間……」

「十時過ぎだよ」

「そんなに……」


 二時間近く寝ていたのか、とビックリする。授業も二時間目が始まってしまった。


「ご、ごめんなさい。新条くんまで授業をサボらせちゃって」

「別に良いさ。瀬川さんをここに置いて教室に戻る方が気まずいからね」

「でも……」


 ひたすら申し訳無いばかりだ。


 しかし、自分も授業を休んでしまった。紫苑は優秀だから少々授業をサボっても問題無いのだろうが、自分には休んでいる余裕なんて無い。不安と罪悪感で一杯になってしまう。


「ついでだから午前中全部サボっちゃおうかな」

「ダ、ダメだよ、それは!? 私ももう大丈夫だから!」

「三時間目と四時間目は体育だよ? 流石にキツくない?」

「う……」


 確かに、大した理由で倒れたわけではないにしても、ここから体育は出来る気がしなかった。


「はい、カバン」

「えっ?」


 何故か自分のカバンが保健室まで持ってこられていた。中には教科書、ノート、筆箱も一通り詰め込まれている。


「一時間目の数学と、二時間目の英語。三時間目と四時間目の体育をサボればリカバリーできる。分からないことがあれば教えてあげるよ」

「でも、サボリはマズいよ……」

「体調がイマイチだから代わりに勉強していたって言えば誰も文句言わないさ。僕も何だか急に体調が……。ゴホッゴホッ」

「でも……」

「大丈夫だって。あと、それから……」


 紫苑はポケットからスマホを取り出した。


「連絡先教えて貰って良いかな? 今日みたいな時に連絡出来ると都合良いしね」

「は、はい! ぜ、ぜひ!」

(……大チャンスッ!!)


 ずっと紫苑と連絡先を交換したいと思っていたのだ。授業のサボリとかそんなもの全部吹き飛んでエサに飛びついた。


「ミラーブックのアカウントがあると良いんだけど」

(……ハッ!?)


 連絡先交換と言っても、電話番号やメールアドレスを個別に交換するなど今時ありえない。今時の連絡先交換と言えば、SNSでお友達登録をすることを意味する。それでメールアドレスも、その他誕生日も自己紹介も全部一緒に交換出来る。


 しかし、楓の本当のミラーブックアカウントは恨み、辛みで腐り果てている。あんなものを紫苑に見せられるはずが無い。と、最初にあれを思い浮かべてしまうのは長年の習性だ。


 あの最低なアカウントは中学時代の名で作られたアカウントである。高校に入った今は瀬川性でアカウントを作り直している。


 百合と友達になった時に新しく作ったのだ。


(……ありがとう、百合ちゃん。命の恩人♪)


 こうして楓は無事に紫苑と連絡した。


「それじゃあ、数学から始めていこうか。今日の宿題は……」


 それから、三時間目と四時間目は保健室で数学と英語の勉強だった。紫苑の家庭教師で、ずっと分かり易い勉強の時間だった。


 この時、楓は既に紫苑に対する恋心を自覚していた。しかし、自分の気持ちが届くことは絶対に無いことも、楓は悟っていた。


 学校随一の天才少年と、補欠合格のノロマな馬鹿女では全く釣り合いが取れない。


 紫苑と両思いになる為には、特別な価値を持った女の子でなければならない。そう、例えば、誰もが憧れるような大人気のアイドルであるとか……。


 自分なんかと関わっても誰も幸せになれない。今の自分は東大への進学で精一杯。それ以上を望むなんてこれっぽっちも考えられない。


 自分はほんの少し、同じ教室で同じ空気を吸わせて貰えれば、それで十分幸せ。それが自分の身の丈にあった一番の幸せだと思った。



―――そして現在。



「削除完了っと」

「沢山消したね」


 中学一年の時から脈々と書き続けてきた独り言記事。今、その全てが削除された。


「さよなら、今までの私。なんちゃって♪」

「楓ちゃん……ッ!」


 楓の方は悪戯っぽい笑みを浮かべ、百合の方がウルウル来ている。今までの二人の関係とは全く逆だ。


「これで準備完了だよ。私は新条くんに告白する! 決行は今日の放課後。校舎裏で!」

「楓ちゃんはそこで待ってて。私が紫苑くんを呼んできてあげるから!」

「ありがとう、楓ちゃん。よ~し、気持ちの準備は出来たし、後はメッセージだよね。頑張って考えなきゃ☆」

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