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瀬川さんはネットアイドルになりたい  作者: 大橋 由希也
第一章 ネットアイドルへの野望
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メイプルのお部屋

(……ネットアイドルになりたいだって!?!?!?)


 ネットアイドルとは、その名のとおりインターネット上でアイドル活動を行う者のことである。


「瀬川さんもネットアイドルやってたんだ……」


 紫苑は聞いたことがあった。最近の女の子の間では、こうやって自分のブログやSNSを利用してネットアイドル活動することが大ブームなのだ。アイドルと言っても本物のアイドルのように事務所に所属せず個人で好きにやるだけなので内容は千差万別である。本格的に歌やダンスまで公開している者もいれば、スマホで撮った写真を載せるだけの者、ペットの動向を記述するだけとか何がアイドルなのか分からない活動をする者など、混沌としている。

 紫苑にしてみれば自分の顔写真をネットに公開するなど冗談ではないが、実際に女子の間では空前の大ブームだ。三人に一人くらいはやっているんじゃないだろうか? 赤信号もみんなで渡れば怖くないのか、これだけ参加人数が多ければ精神的な敷居も下がるのだろう。


 楓の見せたページのデザインには見覚えがあった。これは女の子の間で大人気という噂のネットアイドル特化型SNS『カレイドスコープ』だ。

 ネットアイドル活動を行うための機能が充実しており、ブログや音楽、動画をアップロード出来る他、普通は専用ソフトウェアを使わなければ不可能なデータ加工機能までSNS内で提供しているという高機能ぶりが売り物である。ネットアイドルになりたい願望を持つ凡人がやりたことを全部実現してくれる素晴らしいサービスだ。


 それにしても、まさか楓もネットアイドルとしてSNSアカウントを開設していたなんて。知っていたら毎日くまなく読んでたのに! しかしこれの何が秘密なのだろうか? ネットアイドルを名乗り、自分で写真をアップロードしている。それは公開情報であって秘密でも何でも無いだろう。ページを見ても一件もコメントが来ていない。一体何をしたいのか……。


「最初のお願いはね、まず新条くんに私のアカウントをお気に入り登録して貰いたいの」

「す、すぐするよ!」


 言われなくてもやるに決まっている! 紫苑も自分のスマホを取り出し、教えて貰ったアドレスにアクセスしてお気に入り登録する。紫苑は日頃はログインしていないが、アカウントだけは元々持っていたので、お気に入り登録までの手順はスムーズである。

 紫苑がお気に入り登録すると、楓のスマホからピローンと音が鳴った。


「き、来た!? 来たわ!」

「来たって? メール? それともプッシュ通知? お気に入り登録があると連絡される設定になってるんじゃない?」

「そうよ。やったわ。お気に入り件数、一。凄い……。本当に増えた……」


 お気に入り登録されたらお気に入り件数が一件増えるなど当たり前だろう。しかし楓は恍惚として涙ぐむほど嬉しかったらしい。


「そ、それで、瀬川さんの秘密って?」

「それはね……」


 楓は紫苑の方に向き直ると、ガクッと肩を落として俯きがちに話し始めた。


「私のブログ、読者が居ないの……」

「それで?」

「それで、じゃないよ、新条くんッ!」

「うわぁッ!?」


 突然立ち上がって激高する楓。情緒不安定にも程がある。


「ネットアイドル始めたのに読者がゼロ! こんな屈辱って他にある!? テストで言えば0点、人間関係で言えば友達ゼロ。スポーツで言えば百戦百敗。こんなの生きている価値が無い。朽ち果てているも同然ッ! 他のネットアイドルはみんな何万人も読者がいてあらゆる賞賛の言葉を浴びて持て囃されているのに、何で私だけが、こんな……こんな……」

「ど、ど、どうしちゃったのさ、瀬川さん!」


 何とか落ち着かせてから話を聞いてみると、彼女がネットアイドルを始めたのは一ヶ月程前らしい。日頃は勉強で忙しい楓だが、ネットアイドルがブームになっていることはクラスの友達から聞いて気になっていた。ネットアイドは自分の出来る範囲で始めればいいから、勉強の合間の息抜きで写真を撮ってブログを更新する程度なら負担にはならない。


 こうしてこっそり始めたまでは良かったが、全くアクセス数が増えないのだそうだ。


 アカウントの内容が詰まらないことが原因だと考えた楓はネット上における流行を調査した。調べてみると、確かにネット上には個性豊かで面白い人が大勢いる。比べて自分は何の面白味も無い単なるガリ勉女。こんな自分がネットアイドルになろうと思ったこと自体が荒唐無稽で愚かなことでだったか、と絶望していた所に見つけたのが『委員長大好きペロペロ神』であった。破廉恥極まりないハンドルネームで破廉恥極まりない発言と行動ばかり繰り返すのがウケて神として祭り上げられている。その内容を詳しく調べてみると、この委員長とは自分のことではないか! 首元にあるホクロの位置まで正確に記述されており、それに関して物理学の観点から深々と考察して未来予測まで行っている。自分の周囲でここまで精密な計算をやってのける頭脳を持つ者など紫苑しかいない! こうして身元特定にまで至ったのだと言う。


(……ちっ、そんなバレ方だったのか。僕がこんなネット初心者に特定されるなんて。僕は現実でペロペロなんて言ってたら周囲から白い目で見られるのが分かっているからネットでコソコソと場を弁えて楽しんでたんだ。それをわざわざ探して覗き込んで来るなんて。女は大人しくカレイドスコープの中だけに引き籠もってりゃいいんだよ。男のコミュニティに首突っ込むんじゃないッ!)


 と言いたいが既に後の祭りである。


「自分の正体を隠しつつクラスメイトの女の子を素材に数々の淫行創作を繰り返して人気を得てフォロワー百万人を達成した委員長大好きペロペロ神様から見れば、自分自身の写真を赤裸々に公開してまで読者を得ようとしてお気に入りゼロでしか無い私はさぞかし無力でちっぽけで滑稽で哀れなカメムシだよね」

「そんな風に思ってないよ! って言うか、気にし過ぎだって。ネットアイドルなんて休み休み適当にやってればいいんだよ」

「ダメよ。私が読者数ゼロのネットアイドルだなんてバレたら、私がこの世の中のヒエラルキーの最下層であることが明らかになってしまう。早急にお気に入りを増やさなければいけないの。そう、最低でもこの学校のネットアイドルで一番お気に入りが多くなければならない。手段は選んでいられない。それくらい命を賭けているの。これが私の秘密。人を殺してでもこの秘密は守らなければならない……。真の天才の新条くんには分からないよね? 虚飾で取り繕わなければ生きていけない私みたいな愚かな人民の気持ちが」


 分かるわけ無いだろうッ! 何かに取り憑かれているとしか思えない。クラスで一番の美少女で成績も女子で一番で友達だってちゃんといるのに、何でSNSのお気に入り数なんぞに劣等感を感じるのか。もしからしたらこういう性格だから勉強にも美容にも努力を欠かさないのかもしれない。


「でも私は最大最強最後の切り札を手に入れた。新条くん、貴方には私のプロデューサーになって貰って、私を世界最高のネットアイドルにして欲しいの」

「はぁ?」


 ネットアイドルのプロデューサー? そんなこと言われたって何をすれば良いのか全然分からない。世界最高とか、ハードルも高過ぎる。っていうか、さっき学校で一番程度であれば十分とか言わなかったっけ? この調子じゃ際限なくハードルが上がりそうだ。そもそも、そんなにバレるのが嫌ならさっさと消せばいいのにと思うのだが。


「私にはもう後が無いの。だって、インターネット上にアップロードされた情報はもう永久に消えないんだから。私はもうネット上にブログを開設してしまった。ここで閉鎖したら、私が読者数ゼロのネットアイドルだったという事実だけが永久にインターネット上に残り、私は一生笑い者になって生きていかなければならなくなってしまう」

「消えないのはネットで拡散された情報だよ! 拡散されないうちに消してしまえば誰のパソコンにも残らないし、検索エンジンのキャッシュだってそのうち消える。誰も見ていないアカウントなんて速攻消せば何も残らな……」

「あわよくば自分もネットアイドルになれると思って軽い気持ちで始めたは良いものの、まるで鳴かず飛ばずのままで簡単に放り出す。人はそれを落伍者と言うの。新条くんはそんなに私のダメさ加減を明らかにして落伍者の身に貶めたいの?」

「い、いや、別にそういうわけじゃ……」

「何より、誰も見てなかったとしても、神様が見ているの! 神様に見放されちゃったら私はもうおしまいなの! 何とかしなさいよ! 私には神の救済が必要なの! 新条くんが助けてくれなければ私は生きていけないの! 神なら神らしく私を助けなさいよ! ペロペロ神なんでしょ!? あんな投稿しておいて今更何を怖じ気づいてるのよ! 好きなだけ私をペロペロすればいいじゃない! ハッキリ言いなさいよ! ペロペロしたいんでしょ? ペロペロ! ペロペロ! ペロペロ!」

「わ、分かった! 分かったって! 協力するから! だからネットのハンドルネームを現実で叫ぶのはやめ……ッ!」

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