過去ログ3
楓、高校一年生。
進学校に入学した楓は、現在のクラスメイトである紫苑や百合と出会うことになった。
『○月×日、晴れ。今日は待ちに待った入学式。私は進学校に通うエリート高校生。と言いたいんだけど、補欠で入った私は学年で一番下。周りのみんなはキリッとしているし、中学校と雰囲気が違う。みんな頭良さそう。ちょっと怖い』
『○月×日、晴れ。今日二回目。新入生代表は、新条 紫苑くん。新入生代表ってことは、入試で一番成績が良かったってことだよね。補欠入学の私から見れば神様みたいな人です。ああいう息子さんがいるご両親は鼻が高いんだろうなぁ。ふと昔のことを思い出しちゃう。私があんな風に優秀だったら、お父さんとお母さんは離婚しなかったんだ』
『○月×日、晴れ。今日三回目。お友達が出来ました。西沢 百合さん。実は高校生にもなって生まれて初めてのお友達です。百合ちゃんと呼んでくれて良いと言ってくれました。凄く明るくて可愛いです。ネットアイドルも始めたそうです。さっそくファンになっちゃいます。私は根暗だからああいう風にはなれません。ああいう子のいる家庭は、きっと和気藹々としていて夫婦円満なんだろうなぁ』
『○月×日、晴れ。今日四回目。とても色々あった一日でした。印象に残ったのは、男の子では新条 紫苑くん。女の子では西沢 百合さん。この二人は格が違います。私が新条くんだったら、私の両親は離婚しなかった。私が百合ちゃんだったら、私の両親は今でも仲が良かった。お父さんとお母さんは、本当はああいう子供が欲しかったのかな? 二人を見ていると、そんなことを凄く思ってしまう。昔を振り返っても仕方が無いよね。東大目指して頑張ろう』
『○月△日、晴れ。新しい生活が始まって浮かれてはいられない。私は東大に行かなければならないんだから。私は朝早く学校に行って勉強することにした。一番下の補欠入学なんだから当然だよね。そしたら新条くんもう来ていて勉強していた。怖くて身体が震えた。何でもう来てるの? 首席入学の天才なのに。立ち竦む私に爽やかな笑顔でおはようと語りかけてくる。悪びれた所がどこにも無い。心が綺麗で純粋な人だ。それが私には冬の雪夜よりも恐怖だった。この人は、私がかつて感じた苦しみ程度の話は片手間で解決して楽しく生活出来る人だ。私が感じる苦しみを永久に知ることの無い人だ。そして次第に、地獄の業火のような怒りが沸いた。こんな気持ち、生まれて初めてだった』
『○月□日、晴れ。今日は私が一番。後から新条くんが登校した。少し心の平静が保てた。これからは毎日絶対に新条くんより早く登校して勉強しよう。登校時間だけは、新条くんより私の方が早い。私のこの気持ち、新条くんに見透かされていないだろうか? こんな気持ち、誰にも知られたくない。特に新条くんにだけは絶対に嫌だ』
『○月○日、晴れ。早く学校に来ても成績が上がらなければ意味が無い。この学校は進学校だ。中学校の頃と同じように勉強していても成績が向上しない。高校はたったの三年しか無い。危機感を感じる。心の平静を保とう。それで集中力が上がる。お母さんに晩ご飯にサンマをリクエスト。青魚は頭に良い。頭の根っこを良くしなければならない。ただただ、東大のことだけを考えよう。それしか私には道が無いのだ』
『×月×日、曇り。成績が上がらない。必死に勉強してようやく最低限というレベル。東大どころか現状維持で精一杯。周りはみんな頭が根っこが良い。何もかもがあの人に及ばない。あの人だったら絶対にこんなことはあり得ないのに。劣等感に苛まれる』
『×月○日、曇り。ふと気付くとあの人の事を考えている。あの人は優秀だ。そして明るくて人当たりも良い。ちょっと変わり者でユーモアもある。私には無い何もかもをあの人は兼ね備えている。クラスのみんなに親切だ。私にも親切だ。眩しい。許せない。私より優秀な人は沢山いるのに、あの人だけは本当に許せない』
『×月△日、曇り。行き詰まっている。同じところをずっと勉強している。でも意味が分かんない。集中力が下がっている。頭がおかしくなっているのが自分でも分かる。生理中なのも関係ある。でもあの人のせいもある。いつも脳裏にあの人がちらつく。だから集中力が下がる。あの人をこの世から消し去りたい。今の私なら後ろから包丁で刺せるかもしれない。それくらいおかしくなってきている。憎しみで胸が一杯になっている』
『×月□日、曇り。とんでもない事をした。体育の授業を仮病で休んで教室に戻り、新条くんのノートを盗んでスマホで盗撮した。新条くんのノートを見れば成績向上に繋げられると思ったからだ。そして気付いたが、新条くんは授業中に授業の勉強をしていない。一人でずっと先の勉強をしている。それでもノートに絵を描くくらいの余裕がある。しかもその絵画が異様に上手い。天使をモチーフにした可愛い女の子の絵だ。新条くんはこういう女の子が好きなんだ。新条くんは別世界の人だから、授業も、学校も、こんな窃盗女も、何もかも眼中に無いのだ。私だけが、一人で勝手にあの人を恨んでいる。気持ちが滅茶苦茶になって、泣きながら全ページを盗撮した。後で画像を見たけど、何が書いてあるのか全然分からなかった。ただ、私がどうしようも無い馬鹿女だということだけは分かった』
『父は成功者だった。優れた成績で大学を卒業し、大企業で若くして出世し部下を大勢持った。独立して会社を興し、成功を収めた。次に父は子を望んだ。私には分かっていた。父は口にこそしなかったが、父が本当に欲しかったのは自分の後継者に相応しい優秀な男子だった。私は生まれた時から間違っていた。それでも優秀であればまだ許されたのかも知れないが、私はそれすらも駄目だった。何故父のような優秀な人から私のような娘が生まれたのか。口には出さずとも、それが父の本音であると母は誰よりも敏感に感じ取った。それが父と母が離婚に到った本当の理由だ。そして今、父の望んだ理想の男の子が同じクラスにいる。新条 紫苑。私はあの人が許せない。この世で一番、許せない』
『△月○日、雨。落ち込んでいる。勉強が手に付かない。何やってるんだろう、私。窃盗までして。母は私が心優しい人間に育つことが第一だと言ってくれるが、その結果がこれだ。父だけでなく母まで裏切ってしまった。新条くんも許して欲しい。一方的に逆恨みするこの私を。父にも、母にも、新条くんにも、何もかもに謝りたい。跪いて謝りたい』
『△月×日、晴れ。新条くんが勉強を教えてくれた。私の手が止まっている。体調も悪そうだと心配してくれた。新条くんは私のことを見てくれていた。教え方も上手だった。絡まった糸がほぐれるみたいに良く分かった。また何か分からないことがあったら教えてねって言ってくれた。十字架を下ろしたように肩が軽くなった』
『また泣いてしまった。私はどうしようも無くちっぽけな人間なんだ』
『□月△日、晴れ。今日も新条くんに教えて貰えた。成績も上がってきた。感謝の気持ちで胸が一杯。東大も大事だけど、今は新条くんにお礼がしたい。でも新条くんは神様みたいな人だ。こんな私が新条くんの為に捧げられるものと言ったら、身体しか無い。……って、完全に売春婦の発想だよね。私って人間としての根本が間違ってて、死んでから神様に何とかして貰わないとどうにもならない……。新条くんはいつも清く正しい。私のような汚れた女は嫌いなはず。何か良いアイデアは無いだろうか?』
『□月□日、晴れ。新条くんに助けて貰う日々の毎日。一方的にお世話になるばかりの出来の悪い私。そんな私に神様が機会を与えて下さいました。明日は日直当番。しかも、新条くんと一緒に日直当番になったのです。日頃助けて貰ってばかりの私だもの。日直くらい頑張らなきゃ! 明日は日直最優先! 頑張ります!』
そして運命の日がやってきた。