愛の境地
(……やっぱり僕達は相思相愛なんだ。僕はもう確信した。間違い無い)
翌週の月曜日の昼休み、紫苑はいつものように斉藤、御堂と昼食を食べていた。
(……瀬川さんも僕の事が好き。でも返事は待って欲しい。何故だ?)
あそこまで行ったのなら普通は「私も好き」が返事だろう。だが楓の場合はそれが返事ではないらしい。何故なのか? 土日を通してずっと考えてみたが、結局分からなかった。
しかし、それが答えだと確信した。
(……理由は無い。気持ちの問題だ。それしか無い!)
可能性として考えたのは、好きであっても交際を継続出来ないパターンだ。例えば、間もなく遠くに引っ越ししてしまうとか。余命三ヶ月であるとか。自分達の気持ちがどうであろうと運命に逆風が吹いてしまっている状況だ。
しかし、そんな様子は全く見えないし、ありえない。楓には東大への進学という一大目標がある。従って進学校であるこの高校から転校するなんてあり得ない。例えば親が転勤するとかそういう状況になったとしても、楓はこの学校に留まれるよう手配されるに決まっているのである。
ましてや余命三ヶ月なんてなおさらありえない。東大どころの話じゃないだろう。
楓は東大への進学が第一である。勉強に専念しなければならない時期だから、勉強以外の余計な面倒が持ち込まれるはずが無いのだ。
そして、ふと思った。それか?
東大進学に必死だから、交際まで考える心の余裕が無い。
単なる気持ち。気分の問題。これしか無い!
(……SNSバレからもう数ヶ月。瀬川さんはまだ混乱しているんだ! ハッキリ言って瀬川さんは要領が悪い。気持ちを整えるまでの時間が普通の人の三倍遅い女の子だ。男から急に告白されてどうしたら良いか分からなくなってしまった。ましてや勉強も忙しい。その状態がずっと続いている! ここは沈静化の一手だ。焦らず、落ち着いて瀬川さんの気持ちが整うのを待つ。彼女のペースに合わせるんだ。そうすれば、最後には絶対に良い返事をくれる。間違い無い!)
昔を振り返れば、楓は入学当初は決して成績優秀ではなかった。この学校は進学校だ。全員頭が良い。不器用な楓がこの学校のペースに合わせていくのはかなり厳しかっただろう。
だが、入学当初から継続的に努力を重ね、今ではかなり成績を上げてきた。この前の模擬試験では東大にB判定だった。ゆっくりではあるが、確実に歩みを進めている。自分にはそんな頑張っている楓の姿が凄く眩しく見えたのだ。
何も心配はいらない。普通の人より歩みが遅いだけ。最後には絶対に上手く行く。
「おい、新条」
「ん?」
ボーッとしていたらしく、斉藤が声を掛けてきた。
「さっきからずっと上の空だぞ。この前、ちゃんと決めてきたんだろうな?」
「メイプルリンク? うん。リリースしたけど評判は上々。結構期待出来るんじゃないかな」
「それもあるけど、大事なのはそっちじゃないでしょ?」
「瀬川さん?」
「二度目も家に来たんだ。もちろん決めてきたんだろうな?」
「フッ、もちろんさ!」
「おおっ!?」
斉藤と御堂は身を乗り出して次の言葉を期待した。
「僕ね、ずっと待つことにしたんだ。僕達って両思いだから♪」
「は?」
「ま、まだ決まらないの?」
「いや、もう決まった!」
二人は呆れているがが、紫苑の決心は固まっていた。
「問題なんて何も無かったんだ。やっぱり僕達って最初から両思いだったんだよ。ただ、ちょっと恥ずかしくてね、気持ちを表に出すのは遠回りしちゃっかな? でも、そんなのは些細な問題だよ。僕達を阻む問題なんで何も無いよ。だって、僕達は両思いなんだから♪」
「いや、そうだけどよ……」
「一体いつまで続くのさ、これ……」
二人は呆れて果てているが、紫苑の決心は固まっていた。
自分と楓は、もう気持ちは通じ合っている。後は、自分達がちょっと進んだ関係になる為のちょっとした一歩を踏み越えるだけの話だ。
ただ、楓は少しゆっくりな所のある女の子だ。普通の十倍くらい長く待つことが大事。それで全てが上手く行く。それが自分が辿り着いた愛の境地だ。
―――そして、一ヶ月が経過した。