レコーディング
「つ、次に行こうか……」
「はい……」
(……気まずくなってしまった)
何で自らヌードになるとか言ってた癖にCGが裸になることを恥ずかしがるのか!? これだから女ってのは意味が分からない! しかし、大事なことが分かった。やはり楓は何が起きたらどういう反応を示してくるか全く読めない。だから、今まで二回キスしているから三回目を期待するのもアリなはずだ、とかそういう筋道だった論理的発想は楓には通用しない。
やはり慎重にいくべきなのだ。女の子を無理に押してはいけない。引いて待つべきだ。
「つ、次は音声を入れていこうか」
「歌えば良いの?」
「それだど全曲歌わなければいけなくなるから、労力削減の為にサンプルをいくつか入れてそこから発話するメッセージを構築する方法を取る。これだと、最初にサンプルの声を入れておけば、後は文章を書くだけで瀬川さんの声で話したり歌ったりしてくれるんだ」
「ほえ~。じ、時代の進歩が凄過ぎてついていけないよ。でも、これで私もテレビに出ている歌手みたいに歌ったり出来るってことよね。凄い♪」
「まあ、流石に合成音声は本物の歌手より劣るから、本来は声優みたいに実際に頑張って全部吹き込んだ方が綺麗な音になるんだけど。でも瀬川さんの歌はいつも音程が外れてるから機械に任せた方が遙かにマシ……痛ッ!? 痛たたたたッッッ!?!?!?」
―――スピーチ・シンセサイザー。
音声合成、テキスト読み上げプログラムとも言う。文字を入力するとコンピュータがそれを音声で読み上げてくれるシステムだ。
声というのは、突き詰めれば音の波形である。周波数、音色などのパラメータを微調整して音声を合成して作成する技術だ。人間が録音した声だと、違う文章を読み上げる都度、録音し直さなければならない。音声合成であれば、ベースプログラムを作成しておけば、以降はテキストの更新だけで完了するところに利点がある。
用途としては、文字を読むことが困難な視覚障害者に向けてスクリーン上の文字を読み上げるバリアフリー目的などがある。昔は機械的なぎこちない声しか出せなかったが、最近は歌を歌わせることも出来るようになった。これを利用してバーチャルアイドルを作成することもある。
もちろん言うまでも無く、カレイドスコープはこの機能にも対応している。ちなみにこの手のバーチャルアイドルの事を「ボーカロイド」と言うこともあるが、あれは日本企業ヤマハの登録商標製品である。カレイドスコープ製の音声合成をボーカロイドとは言わない。
―――。
「じ、じゃあ、ベースとなる音声を吹き込んでいこうか」
「ぷー」
紫苑は机の引き出しからマイクを持ってきた。これをパソコンに繋いで録音開始である。
「カレイドスコープの音声合成は、最初にネットアイドル本人が声を吹き込む。まあ、ゼロから合成することも出来るけど、メイプルリンクの声優は瀬川さんだからね。吹き込んだ瀬川さんの声を基底として使用することで本人の声に近づけるんだ。はい」
紫苑はマイクを楓に手渡した。
「何か吹き込んでみて」
「な、何でも良いの?」
「うん。」
「で、では……」
楓はコホンと可愛らしく咳払いすると、両手でマイクを持って歌うようなポーズで声の入力を始めた。
「ワレワレハ宇宙人でア~ル」
「…………」
紫苑は無言でパソコンに映し出される波形を覗いている。
「何かツッコミなさいよッ!」
「な、何だよッ!? それで良いんだって! 勝手に文章を解析してデータを構成してくれるんだから! 何でも良いのッ!! ほら、続けて」
「その何でも良いってのが女の子は一番困るのッ!」
「そういう人のためにネットの有志がテキストを作ってくれてるからそれを読もうか。はい」
「最初から出しなさいよッ! どこまで私を辱めれば気が済むのッッッ!?!?!?」
「そんなもん、とっくに墜ちるところまで墜ちてるんだから今更関係無……痛たたたたッッッ!?!?!?」