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瀬川さんはネットアイドルになりたい  作者: 大橋 由希也
第一章 ネットアイドルへの野望
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秘密の共有

「新条くんって私のこと、こういう目で見てたんだね。可愛い顔してるけど、やっぱり男の子なんだね」

(……ヤバいよヤバいよヤバいよヤバいよ!)


 放課後、十七時四五分。


 夕日が差し込むみんないなくなった教室に男女二人だけが残っている。机を向かい合わせて座った両者は、女の子の方は済ました顔でスマホの画面を操作し、男の方はヘビに睨まれたカエルのように動けないでいる。


 この少年は、新条 紫苑、十七歳。片思いの女の子を盗聴、盗撮して加工して好き勝手にエロ素材に活用していることが当の本人にバレた。

 せっかく学校では優等生の好青年で通してきたのに! 特に好きな彼女にはずっと親切にしてきた。表向きには何の問題も起こさず過ごしてきたのだ。家でこっそり、誰も知らない所で秘めた思いを創作活動にぶつけて何が悪い!


「こんなに詳しく。カメラのズームアップ機能を使って毛穴まで詳細に確認して。体中のホクロの場所と形と大きさまで。凄いよ、新条くん。私の全身を隅々までよく見てる。見えない所は考察で深く深く掘り下げて。私自身でもこんな所まで知らないのに。たぶん、神話の時代から現在に到るまでの人類の歴史の中で一番私の体を良く知ってるよ。よく頑張ったね♪」

(……な、何だよ、そんなの当たり前だろ! 僕は普通だよ! 何も悪く無いよ! 男ならみんな誰でもそういう気持ちで女の子を見てるって!)


 と弁解したいが、普通の男はここまでやらない。完全に常軌を逸脱したストーカーである。しかも今までそういう下心を持たない、純粋で善良で親切なの草食系の男の子、というキャラ作りをしてきたのだ。本性が露見したダメージは甚大である。


「ちっぽけな私の十七年足らずの人生で一番の発見だったよ。学年で一番の優等生の新条くん。明るくて親切でみんなから人気のある新条くんが、実は頭の中ではこんなこと考えてたなんて。頭の中で留めておけば絶対にバレない。ネットに出しちゃったらバレるリスクが生まれる。そんなこと天才の新条くんなら分かってたよね? でもどこかで自分を晒け出さずには居られなかった? 他の誰よりも優秀でも自分の中の性癖には勝てなかったんだね」

(……性癖の無い男なんていないよ! 僕はただ健全なだけだよッ!)

「可愛い顔して、よく今までみんなを欺き続けてきたね。みんな新条くんはこういう事を考えない聖者ヨハネ様みたいな清らかな男の子だと思ってるよ」

(……そんな人いるわけ無いしッ! 勝手な思い込みだよッ!)


 猫がネズミを嬲り殺すように淡々と心の一つ一つを突き刺してくるのは、瀬川 楓。黒髪ロングヘア、眼鏡っ娘の清純な美少女だ。性格は暗いとは言わないが引っ込み思案。運動は苦手。成績は優秀。志望校は東大。どこか天然でトロい所がある。守ってあげなければいけない女の子である。


 と思っていたが、事情が変わった。


「今の私は心底、救われた気分なの。まるでイエス様に救済された哀れな子羊のように。だって神様からあらゆる才能を与えられて、世界中からキラキラのスポットライトを浴びて生きている新条くんに比べて、私はたかが学校のテストの点数と進学先の大学の受験に合格できるかどうかで必死になっているだけの名も無き子ネズミ。生まれた瞬間から違うステージで生きている。新条くんはいつも神様から祝福されている神の子で、私は雑民。ずっとそう思ってた。でも、敬虔に生きていてばきっと奇跡は起きるんだね。新条くんが実は裏でこんな俗物的な趣味を持っていて、しかもその対象はこんなちっぽけなこの私だった。今まで私が抱いてた劣等感という心の枷が一挙に取り払われた。こんなに心が洗われることって他にこの世にあるかな? 背中が軽くなって、今にも天に舞い上がりそう。私の頭上に天使が舞い降りてきた」


 と言って、彼女は胸の前に手を組み、上空を見上げて目をキラキラさせる。


(……何がイエス様だよ。大げさ過ぎだよッ! 普通だよ、普通ッ! 一般家庭の子供だし、節度もあるし、至ってノーマルッ! 変態性欲者みたいに言うんじゃないッ!)


 と自己弁護するが、紫苑は自分でもどこかちょっと他者と違う所があるかな、くらいには思っていた。教室のドアの隙間から行う覗き見が趣味。変態かもしれない。


「この事実を掴んでいるのは私だけ。そしてチャンスを掴むことが出来るのも私だけ。もう新条くんは私を無視することは出来ないよね? 最大最強最後の切り札。頑張って良かった。神様はちゃんと救いの手を差し伸べてくれるんだ。私はこの世界で生きている価値のある人間だったんだ……」

(……昨日までの瀬川さんはこんな子じゃなかったのに! って言うか、頑張ったって、何を? 今まで僕に勉強を教えて貰いたいとか言って接近していたのは僕の弱みを探す為のスパイ活動だったってこと? どんな女だよ! そっちの方こそ究極の魔女だよ! そっちがそういう魂胆ならこっちだってッッッ!!!!!!)


 紫苑の両目が一瞬ギラリと光った。このまま女に調子に乗られていては男として情けなさ過ぎる。やるべき時はやるべき。学校の成績だの、社会性だの、そんなものは些末なことだ。人間として、男として、その真価を見せる時が今なのだ。


「そしてもう一つ分かったことは、新条くんはこの状況でも逆ギレするような性格じゃないってこと。人は追い詰められたら何をするか分からないと言うもの。こんな誰も居ない放課後の教室で私と新条くんの二人っきり。いざ新条くんにその気になられたら私にはどうしようも無い。けど、そこは信用してたの。新条くんはそんなことする人じゃないって。きっと優しくしてくれる。長い付き合いだもの」

「そ、そんなことするわけ無いでしょッ! だ、だって……」

「だって?」

「だって……、瀬川さん、可愛いしッ!」

「ッッッ!?!?!?」

(……言っちゃった!)


 紫苑は顔つきは可愛らしく性格も優しいが、ここぞという所では男らしく在りたい! と思っている。恥ずかしがりながらもキッと前を見据えて、両拳を握り締め、正面に構えている。よく頑張ったと言えるだろう。男らしい、立派な姿だった。


(……魔女だろうが何だろうが、僕の気持ちは揺るがないぞ! 僕は瀬川さんが好きなんだッ! そっちはどうなんだ? これだけの間柄なんだぞ。実はそっちだって僕の事が好きだったりするんじゃないのか!? それとも僕を単なる友達としか思っていないのか、どっちなんだッ!?)


 紫苑と楓は学校で毎朝二人きりで勉強するのを一年以上も続けている関係だ。他の生徒とは一線を画している。押して押せないことは無いという紫苑の判断だ。


 しかし、紫苑は今までずっと人畜無害の草食系を演じてきた。こんな真剣な顔をする所を楓は見たことが無い。驚いた楓は仰け反り、顔を赤らめ言葉を詰まらせる。しかし、すぐに姿勢を元に戻し、フッと不敵な笑みを浮かべて決死の覚悟を決めている紫苑の顔を覗き込んでくる。


「お、驚いちゃったよ。新条くんはそういう事が言えないからこんなことになっているのかと思っていたけど、やっぱり男の子なんだね」

「ぼ、僕は普通の男だよ! 男はみんなああいうことを考えているんだ! 何も変なことは無いんだッ!」


 紫苑は必死に戦うが、やはり惚れた弱みがあって、どことなく踏み込みが甘い。楓は紫苑が知りたい核心部分は巧妙に躱してくる。知力そのものでは紫苑が圧倒的に強い。しかし恋の駆け引きでは楓の方が優れる。秀才少女の知られざる才能が天才少年を上回っていた。


「普通の男の子なら、もちろん女の子の秘密も知りたいよね? 私も新条くんになら見せてあげても良いんだよ?」

「えっ!?」


 女の子の秘密と聞いて、ドキッと動揺してしまった。楓の気持ちも気になるが 秘密って何? 何を見せてくれるの? 期待せずにはいられない。ぜひ見せて!


「新条くんのこの秘密を守る為には作戦が必要と言ったよね? 神様に誓いを立てる以外に秘密を守る為の一番の作戦。それは秘密の共有だと思うの。もちろん裏切ったら相手の秘密を暴露する。相互確証破壊。核ミサイルを撃ち込んだら直後に反撃されて両国が滅亡する運命にあるアメリカとロシアのように。一方だけが優位な状況は永遠には続かない。お互いの弱み、秘密を握り合うこと。それでようやく世界の均衡は保たれるものだと思うの」

(……そんな均衡、持ちたくないよッ! でも秘密は知りたい)

「私の秘密、それはね」


 楓は持っていたスマホを操作し、また何かの画面を映し出して紫苑に向けた。一体何が移っているのだろう? 恐る恐る覗き込むと、どうやらそれはWebサイトのようだった。全体的にピンク色が目立つ作りになっており、タイトルはこう表示されている。


『メイプルのお部屋』


 どうやら個人のブログのようだ。下の方に進んでみると、楓の写真が掲載されて日記も書かれている。メイプルとは彼女の名前である『楓』を英語に翻訳したものである。


「こ、これ、瀬川さんのブログ?」

「私ね、ネットアイドルになりたいの」

「ネ、ネットアイドル~~~!?!?!?」

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